サブやんの気まぐれ調査研究

日本の里山は崩壊します。守るのは私たちです。行政主導の時代は終わり新たな取り組みが求められています。

林業事始

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 <韓国はものづくりのふるさと>

 私は低迷していた木材流通と、日本の樹木活用に疑問を持ち、当時の納入会社が韓国で冷蔵用パネルを製作する工場を造るという話を聞いて、韓国に連れて行ってもらった。韓国といえば、北杜市いや山梨県いや日本を代表する、淺川巧翁の活躍した場所でもある。
 浅川氏のことは別項として、闇雲に行きたかった。零細企業のために、渡航費も無い。そこで完全節制と節約をした。タバコも酒も交際も最小限にして出かけた。

 まず訪れたのは2万坪の敷地の中に広がる日本古来の山村風景と生産現場が息づいていた。私は動向の諸氏に理解を求め、他の観光をやめて、ここに2日間釘付けとなった。

 建築技術。生産技術。どれをとっても私が求めていたすべてがそこにあった。

<韓国民族村サイト>
http://search.yahoo.co.jp/search?fr=slv1-tbtop&p=%b4%da%b9%f1%a1%a1%cc%b1%c2%b2%c2%bc

 数年、資金を蓄えて韓国への生活が続いた。その中で私は、日本建築と日本工芸と韓国のそれの違いを発見した。

 ○ 日本は「良い建築に良い木材を探した
 ○ 韓国は「粗末な材料でも最大限活かした」

 この違いが、私を勇気付けた。
 今でも良材が優秀な建築を生むという過信がある。
 材料は何であっても、技術と工夫で美しい建徳美術を生み出す。
 それが韓国である。


 <以下次号で>
 

弱者を追いつめる林政

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 税金を使って、配下諸団体の温存を図る林野庁の施策は、自らの手で日本の森林と森林作業に携わる人々の生計場所まで奪い取る補助事業を展開している。

 これは言い過ぎで偏見でもない。現在着実に進行していることである。

 最近の傾向は顕著で、全面補助で間伐や皆伐採植林作業を実施する。生産の場から離れた里山民有林の保持に苦慮する農林家は、負担の少ないこの制度に委ねる。これはいたし方がないことであるが、この作業は完全なる「随意契約」であって、民間業者では行政近くに位置する人々が参加することができない。

 したっがて手荒い作業が展開される。それは山を守り育成するという基本からはなれ、作業場所の確保や補助金の受託作業に他ならない。

 私たちのような零細林業者も日本にはまだ生息している。直接山を預かり低賃金で手入れをして生計をたてている方々も居られる。この作業費などは、山林所有者負担である。

 したがって補助金片手に誘えば、所有すrことに困惑している所有者は、その方向に靡く。そしてこれまでこつこつ林業に携わっていた人々の仕事は失われる。

 このようにしてまた民間森林作業者の生計は失われていく。こうした人々は林野庁の枠外であって、その動向さえ掌握されていない。

 

 山林所有者や小さな作業者がなぜ生きれる道を切りひらかなっかた。考えなかったかのか不思議な世界である。

 しして片手では特殊周囲組織や団体を創設してまたはそうした環境は整え、里山森林との距離を遠くしていく。

 日本でもその補助金などを直接所有者に還元しているところ業界紙などに紹介されているがうらやましい限りである。
 こうした取り組が日本全体で行われていかないと、将来多くの憂いを残すことなる。

 弱者救済も林政の為すべきことではないのだろうか。

 林野庁の方々、実態調査を実施してください。同属からあがる報告ではなく、足と目で確かめてください。

 いかに現在の林政が民間から離れているのか確認できます。

 補助金は使いようによっては天使でもあり、悪魔にも成り得る。

 

 

里山の崩壊は身近に

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<調査報告>
●H19年台風8号の爪痕
http://blogs.yahoo.co.jp/sabutyan64/folder/1642409.html

 人家からそんな遠くない地域の現状です。これは山梨県ではありません。こうした森林はどこでも起こりうるのです。

 今流行の「森林浴」・「認証林」などの机上の言葉遊びどころではないのです。

 山梨県にもこうした期間箇所や予測されるところは無限にあります。また必要もない林道建設は、借金財政の中、その補修や整備も滞り、崩壊が進んでいます。

 汚点や失政を省みない行政は、新たに目隠しのような施策を打ち出して、人々を翻弄しているのです。
 林業界ほど閉鎖的で、古い体質の行政機関は少ないのです。

 したがってこのような事態が起きても成す術がないのです。飽和状態の中でさらに国民にもっとも受け入れやすい「植林善行もどき」を振りまき、知識の少ない国民はその波に乗らされ、「植林」という最も簡単でもっとも難しい作業に駆りだされるのです。

 あなた方は自らが植林した樹木を育成や保全行為していますか。

 良い例が山梨県北杜市須玉町で開催された「植樹祭」の現地にその答えがあります。
 市町村の森は荒れ放題。植林された樹木の多くは鹿の害から逃れるために、防御網の中で偏平足な異常な成長をしています。小河川の片隅には、植林の折に切り捨てられた唐松材が小山のように詰まれ腐食が始まっています。

格好の良いことや、都合の良いときだけ、お互いが満足感を味わうことに慣らされてきた国民は植林放置や、育ちすぎた肥満木ややせ衰えた唐松植林、それに暗い森の象徴たる「桧植林」を繰り返して、その育林は空想の世界の存在となっていのが現実なのです。

 私はたびたび訪れ。着られた巨木にみずがき山を重ねて見ます。

 みずがき山には原始林が似合ったのです。

 行事のために施行のために日々里山は崩壊し、砂漠化しています。

 おきていることを直視して、政治的な展開しないと、すでに手遅れです。

 私は山人の一員として、ここまで落ち込んだ林政を見るとは考えたこともありませんでした。

 林野庁の奮起を期待します。
 「荒れた里山全国一斉調査」
 「林政の無駄遣い」
 「国民の目線で林政を」
 「天下りの廃止」
 「必要悪の外部団体を一挙に整理する」
 「職員を現場で徹底教育し直す」

さらに
 「随時契約の廃止」
 「特定団体への便宜の廃止」
 「意味のない補助金の廃止」
 「補助金多様団体の公開」
 「無駄な経費と建物の公開」

などをすっきりしてから
 「森林浴」や新たな取り組みをしてください。

 貴方方は国民に何をしてきたのですか。
 
 ここまで国民から木材を引き離してしまった責任は重いのです。  

  

 

簡単な木の歴史

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 <日本人は木とともに生きてきた>
簡単な木の歴史

 木の歴史をたどるために二つの方法がある。それは日本各地で発掘された遺跡や遺物と文献資料である。まずは日本を代表する『古事記』および『日本書紀』の中に書かれている樹種は53種もあって、27科40属把も及んでいるという(大野俊一氏「日本林学会誌」)
今日いわゆる有用樹種といわれているヒノキ(桧)、マツ(松)、スギ(杉)、クスノキ(楠・樟)などを始め、10数種類がそのなかに把含まれている。
他にも中国の文献に、日本に来たか聞いたかは定かではないが『魏志倭人伝』の中にも日本に生息する木の種類が見える。

『魏志倭人伝』(弥生時代後期・3世紀)
記された日本の木
照葉樹―タブ・クス(楠)・カシ(樫)
針葉樹―カヤ(栢)
疎開地―コナラ(小楢)・クヌギ(橡・椚)・カエデ(楓)
低木―カカツガユ(?)・クサボケ(草木瓜?)・サンショウ(山椒)・ササ(笹)
その他―タチバナ(橘)・シュロー(棕櫚)

『日本書紀』にみる木の説話
『日本書紀』神代の巻、スサノオノミコト
からくに(韓郷)しま(島)にはこがねしろがね(黄金白金)あり、(中略)髪髭を抜きて散(あか)つ。即ち、スギ(杉)となる。また、胸の毛を抜き散つ。これヒノキ(檜・桧)になる、尻(しり・かくれ)の毛は、これはマキ(槙)の木になる。眉の毛は、これはクスノキ(樟)になる。
すでに、してその用いるべきものを定める。(中略)「杉及び樟、この両の樹は、もって浮宝(舟)とすべし。桧は、瑞宮(みずのみや)・宮殿)をつくる材にすべし。槙は(中略)棺にすべし。
神が人民のためにスギとヒノキとマキとクスノキを生んで、ヒノキは宮殿に、スギとクスは舟に、マキは棺に使えと、それぞれの用途を教えたというのである。
これはある時代まで立証できることで、多くの発掘遺物の中に木棺などがあり、その木の種類が槙であったとの報告もある。古墳時代には鎧(よろい)や冑(かぶと)でさえ木を用いていたのである。
桧を宮殿の用材にした後の世でも生き続けていて、神社仏閣(伊勢神宮など)をはじめ総桧造りの家屋に憬れる人は多い。こうした木の用途は住む地域や付近に生息する木の種類によっても大きく左右する。神話の世界ではあっても当時、クスの舟が水上の交通に重要な役割を果たしたことは、大阪周辺地域から発掘された古墳時代の舟の材質の中の多くはクスノキであるという。
次は一頃日本列島に植え続けられた杉だが、垂仁天皇の御代に杉の舟が作られたという記録がある。
弥生時代の遺物については、山梨県の登呂遺跡が有名で、湿地地帯から数多くのものが出土して、木の歴史解明に大いに役立ったものである。田舟、田下駄もスギ材であった。(別記)
縄文時代前期の福井県三方町の鳥浜貝塚から出土した丸木舟は全長約六メートル、幅八十センチメートルという大きなものである。山梨県の富士五湖のうち山中湖や本栖湖の固定からも発見され、一時は陳列されていたが、いつの間にか見えなくなった。(こうした多くの資料は、ホームページでも公開されているので参考にしてほしい)
近畿地方刀前方後円墳から出土する木棺は、ほとんど例外なくマキ(槙)で作られていたことが、学者の研究によって明らかにされている。
先にも少し述べたが、加工しやすい木材の用途は他方面にわたり、一部では偽書扱いされている『古事記』『目本書紀』の記録は、考古学的な調査によって裏付けされている箇所が多く見られる。武器・道具は、ほぼ一定の樹種によって作られていて、唐古遺跡(弓はイチイガシ(櫟樫)、農具はアカガシ(赤樫)、櫛はツゲ(柘植)で作られていた。現在でも「お六櫛」として木曾上松には工場もあり生産されている。山梨県と違い長野県では漆技術や木地師の継承もあり、数は減ってきているが、頑張って欲しい。
当時から戦争のための武器は木製品が多く遺跡の出土品から、
弓―カシ、トネリコ、ヤチダモ、サカキ、クワ
石斧―ユズリハで、サカキ、ヅバキ、シイノキ、ヤチダモ、トネリ
食椀類―トチノキ、ケヤキ
これらは現在まで継承されている。
住居の土台にクリが使われていた例としては、多くの発掘事例が報告されているが、私が驚いたのは青森県の三内丸山遺跡の見学に出かけた折に見た、巨大建造物骨格柱に使われていた栗の木の存在である。もしこの時代に栗は腐りにくいという知識があったとすれば驚きである。この栗神話にも近い考えは、私たち周辺の日本家屋建築知識としていき続けている。里山には栗を植え、桧を植え、杉を植えて家屋建築の用材として用いた。最近ではこうしたことはすくなくなった。特に山梨県のように何でも取り入れる県民性では、県の住宅関係でも外材を多用している。岐阜県のある地域を通過した折に集落の中に洋風の建物など一軒もなく、その風土にマッチした風情はなんともいえない安らぎを覚えた。
 時代はずっと新しくなるが、甲府の江戸時代の水道には多くの赤松材が用いられていて、赤松が水に強く地下にも強い赤松の特徴が生かされていた。
桧によく似ている木にサワラがある。一種独特の香りがある。風呂桶はほとんどこの木で作られていた。関西ではコウヤマキをもって最高の風呂桶材としていた。私の近くの山林にもサワラ林がある。大木で山梨県でも珍しい存在で、いつかこの木で風呂桶をつくって見たいと考えている。

日本列島を襲った外材の嵐は、こうした歴史豊かな日本の残すべき伝統知識と技まで失ってしまった。すっかりとはいわない現在の樹木や木材特質の知識は一般人が共有する財産であった。

森林美学と作業美学

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 最近の林業で最もかけているのは森林舞楽と農村美学である。これは農林水産省の農地林地の構造改善の名目の団地化が一因している。現在手の入ってる農地や田圃は、四画立地あり、かって作業の合間に安らぐ場所さえない。
 農家や林家が懸命に戦う作業と自然が美がマッチして、その地域風土に似合った景観を擁していた。
 農村や山村の景観形成は、それは森林美学・山村美学といってもよいような独特のもので現在の白川郷のような景観は、私たち山梨県にも数多くあった。
 家から畑や田圃にそしてその向うにあるある里山が生活基盤としてあった。そこに存在するものは生活や生産の場で、その形状維持こそが次代への贈り物でもあった。ところが四角田圃の無味は著しく田舎の景観を破棄した。

 いまだ農政や林政の及ばないところで残るくらいで、日本列島改造論は日本中に及んだ。林野庁にはこうした森林美学や山村美学などいう考えは持っていない。それは林芸ともいうべきもので、森林樹木の形成や生産体系それに遠くから眺めてもうとりするような景観形成がそこにあった。作業従事者も自らの林業へのこだわりがあり業があった。それはそれが財産であり誇りであり、競い合いであり、業者間の凌ぎあいでもあった。

 現在のように補助金行使のための施行おからはこうしたことは考えられない。金を出すほうもいただくほうもこうした日本列島を形成する美学を持たないのである。
 大型の機械を導入させ、森への優しさを必要としない作業を進める現在の林政や農政からは見えてこない。現在過去に作り出した景観を保ち復元したところに観光客が多いのは、そこに行けば自らや地の中に流れている祖先の自然景観に対して哀愁と愛着があるからに他ならない。しかし中には作りすぎたり、運営する人にそういう感覚のない場所は廃れている。

 林業や林政にたいする人は作業全般にわたる森林美学を学ぶべきであり、そのためにはあらたなことばかりかんがえるのではなく、明治以降の林政関係者の書物を読むこと振り返ることをしなければならない時期に来ている。歴史は繰り返すの言葉のように、その中に現在の林政関係者不勉強が読み取れる。

 最近では荒廃して荒廃せた里山森林が多くなり、その復活は並大抵のことではないのだ。特定の業者のための特定の紐付き補助金の垂れ流しはやめて、国民一人ひとりが復活再生に向けて立ち上がるべきである。

 ビジョンを持たない行政施策からは森林美学や作業芸術ながは決して生まれない。

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