サブやんの気まぐれ調査研究

日本の里山は崩壊します。守るのは私たちです。行政主導の時代は終わり新たな取り組みが求められています。

山梨県の文化財検証

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

イメージ 1

○この写真を見れば一目瞭然である。この当時は松の在地は盛り上がった土地の上にあり、水捌けがよく砂地ではないがそれなり永続延命できる状況であった。それが手前に観光用の庭園(底はコンクリート製)をつくり、そこに集まる水がすべて赤松の注がれるようになった。私たちが永久保存で掘り起こしたときにその主根の殆どは腐っていた。驚きだった。弱まった樹勢に虫害が発生して枯れ死した、が真実である。まだ国指定記念物の悲哀は続く、薬剤処理してそのまま放置する。それが文化財の生りの果てである。現在固体再生している。現在も北杜市では多くの天然記念物を治療と称して掘り返しウレタン補修しているが、それがすべて正しいとはいえない。過剰保護は人間と同じで樹木の生命を縮めることにもなる。

○舞鶴の松
http://search.yahoo.co.jp/search?fr=slv3-tbtop&p=%E8%88%9E%E9%B6%B4%E3%81%AE%E6%9D%BE&ei=UTF-8

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

 <写真の国宝仏像は紛失していて現在行方不明>


 山梨県で指定された下記の記念物の現状はどうであろうか。私はいまだその大半を見ていないが、中には放置、枯れ死、損壊、過剰保護などが見受けられる。これはその物件が観光から見放された時に急速に進む傾向も見られる。
 鳴沢風穴などはその最たるもので、情けない。


 天然記念物(てんねんきねんぷつ)----『山梨百科事典』----

動物、植物及び地質、鉱物で、わが国で学術上価値を文化財法護法により天然記念物に指定するが、動物ではその生息地、繁殖地、渡来地など一定の地域も指定され、特異な自然き寛象の生じている地質鉱物も指定対象になる。
山梨県では国据置の天然記念物には、ライチョウ、カモシカをはじめ風穴、富士山原姶林など35件あり、県指定では、フジマリモ、コノハズク及び社叢、マツ、サクラの草木類88件が指定されている。
特別天然記念物は国宝、天然記念物のうち国指定のものは重要文化財、県指定のものは県文化財にあたる。

<特別天然記念物>

鳴沢の溶岩樹形(鳴沢村)1925年3月29日
http://search.yahoo.co.jp/search?fr=slv3-tbtop&p=%E9%B3%B4%E6%B2%A2%E3%81%AE%E6%BA%B6%E5%B2%A9%E6%A8%B9%E5%BD%A2&ei=UTF-8

<天然記念物>◇国指定
ライチョウ(南・中・北巨摩郡)1923年3月7日
http://search.yahoo.co.jp/search?fr=slv3-tbtop&p=%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%81%E3%83%A7%E3%82%A6&ei=UTF-8

山高の神代櫻(武川村山高北小路)1922年10月12日
http://search.yahoo.co.jp/search?fr=slv3-tbtop&p=%E5%B1%B1%E9%AB%98%E3%81%AE%E7%A5%9E%E4%BB%A3%E6%AB%BB&ei=UTF-8

富土山原始林(鳴沢村、上九一色村)1926年2月24日(自然林)
http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E5%AF%8C%E5%9C%9F%E5%B1%B1+%E8%87%AA%E7%84%B6%E6%9E%97&ei=UTF-8&fr=slv3-tbtop&x=wrt

山の神のフジ(富士吉田市上富田)1928年1月31日
http://search.yahoo.co.jp/search?fr=slv3-tbtop&p=%E5%B1%B1%E3%81%AE%E7%A5%9E%E3%81%AE%E3%83%95%E3%82%B8&ei=UTF-8

精進の大杉(上九一色村精進)1928年1月31
http://search.yahoo.co.jp/search?fr=slv3-tbtop&p=%E7%B2%BE%E9%80%B2%E3%81%AE%E5%A4%A7%E6%9D%89&ei=UTF-8

本国寺のオハツキイチョウ(身延町下山本町)1929年4月2日
http://search.yahoo.co.jp/search?fr=slv3-tbtop&p=%E6%9C%AC%E5%9B%BD%E5%AF%BA%E3%81%AE%E3%82%AA%E3%83%8F%E3%83%84%E3%82%AD%E3%82%A4%E3%83%81%E3%83%A7%E3%82%A6&ei=UTF-8

上沢寺のオハツキイチョウ(身延町下山鶴巻)1929年4月2日
http://search.yahoo.co.jp/search?fr=slv3-tbtop&p=%E4%B8%8A%E6%B2%A2%E5%AF%BA%E3%81%AE%E3%82%AA%E3%83%8F%E3%83%84%E3%82%AD%E3%82%A4%E3%83%81%E3%83%A7%E3%82%A6&ei=UTF-8

吉田胎内樹型(富士吉田市上吉田剣丸尾)1929年12月17日
http://search.yahoo.co.jp/search?fr=slv3-tbtop&p=%E5%90%89%E7%94%B0%E8%83%8E%E5%86%85%E6%A8%B9%E5%9E%8B&ei=UTF-8

船津胎内樹型(河口湖町胎内剣丸尾)1929年12月17日
http://search.yahoo.co.jp/search?fr=slv3-tbtop&p=%E8%88%B9%E6%B4%A5%E8%83%8E%E5%86%85%E6%A8%B9%E5%9E%8B&ei=UTF-8

鳴沢氷穴(鳴沢村軽水)1929年12月17日
http://search.yahoo.co.jp/search?fr=slv3-tbtop&p=%E9%B3%B4%E6%B2%A2%E6%B0%B7%E7%A9%B4&ei=UTF-8

神座風穴付蒲鉾穴及び眼鏡穴(鳴沢村神座)1929年12月17日
http://search.yahoo.co.jp/search?fr=slv3-tbtop&p=%E7%A5%9E%E5%BA%A7%E9%A2%A8%E7%A9%B4%E4%BB%98%E8%92%B2%E9%89%BE%E7%A9%B4%E5%8F%8A%E3%81%B3%E7%9C%BC%E9%8F%A1%E7%A9%B4&ei=UTF-8

大室洞穴(鳴沢村神座)1929年12月17日
http://search.yahoo.co.jp/search?fr=slv3-tbtop&p=%E5%A4%A7%E5%AE%A4%E6%B4%9E%E7%A9%B4&ei=UTF-8

西湖蝙蝠穴及びコウモリ(足和田村青木ケ上京)1929年12月17日
http://search.yahoo.co.jp/search?fr=slv3-tbtop&p=%E8%A5%BF%E6%B9%96%E8%9D%99%E8%9D%A0%E7%A9%B4%E5%8F%8A%E3%81%B3%E3%82%B3%E3%82%A6%E3%83%A2%E3%83%AA&ei=UTF-8

竜宮洞穴(足和田村青木ケ原、)1929年12月17日
http://search.yahoo.co.jp/search?fr=slv3-tbtop&p=%E7%AB%9C%E5%AE%AE%E6%B4%9E%E7%A9%B4&ei=UTF-8

富士風穴(上九一色村精進青木ケ原)1929年12月17日
http://search.yahoo.co.jp/search?fr=slv3-tbtop&p=%E5%AF%8C%E5%A3%AB%E9%A2%A8%E7%A9%B4&ei=UTF-8

富岳風穴(上九一色村構造青木ケ原)1929年12月17日
http://search.yahoo.co.jp/search?fr=slv3-tbtop&p=%E5%AF%8C%E5%B2%B3%E9%A2%A8%E7%A9%B4&ei=UTF-8

本栖風穴(上九一色村本栖)1929年12月17日
http://search.yahoo.co.jp/search?fr=slv3-tbtop&p=%E6%9C%AC%E6%A0%96%E9%A2%A8%E7%A9%B4&ei=UTF-8

鎌田川ゲンジボタル発生地(昭和町河畔〉1930年10月3日
http://search.yahoo.co.jp/search?fr=slv3-tbtop&p=%E9%8E%8C%E7%94%B0%E5%B7%9D%E3%82%B2%E3%83%B3%E3%82%B8%E3%83%9C%E3%82%BF%E3%83%AB%E7%99%BA%E7%94%9F%E5%9C%B0&ei=UTF-8

雁の穴(富士吉田市上吉田)1932年10月19日
http://search.yahoo.co.jp/search?fr=slv3-tbtop&p=%E9%9B%81%E3%81%AE%E7%A9%B4&ei=UTF-8

イメージ 1 イメージ 2 イメージ 3 イメージ 4 イメージ 5

イメージ 5

 私は何度となく昇仙峡を訪れ調査を繰り返してきた。ここを最初に訪れたのは中学一年生のときのキャンプでその時は千代田小学校の校舎と校庭がその会場であり、その時に昇仙峡の入り口付近を散策した。
 あれから数十年。以来何かあれば訪れてきた。現在は道路も良くなり、車も飛ばす。観光地ではあるが一昔前のほうが何か味も情緒もあったような気がする。かっては太い足の馬車が名物で、大量の馬糞を目の前に名のついた川の石を見ながら上ったものだ。かって昇仙峡や山火事やマツノマダラカミキリ虫の媒体するマツノザイセンチュウにより枯れる赤松が多かったが、終息するどころか、最近またその被害赤松が急増している。
 これは除去作業も岩場でしかも急斜面絶壁であり手がつかない。しかしそれえが観光地であれば訪れる人への危険物ともなり、早急の対策が望まれる。しかし新聞報道では観光客アップの一手として仙ケ滝へのライトアップを計画されているという。それはそれで結構のことであるが、危険赤松の崩落はどんな状況で起こるか予測がつかないものもある。総点検して危険の予告除去対策をすることが懸命である。観光地しかも国立公園を襲う虫害赤松その処理残材が昇仙峡のイメージダウンにもつながる。総合的な対策をしないと、いずれ人の近づけない危険地帯ともなりうる。

 写真の説明を少しすると、画面で多少茶色から赤色に変色しているのが「虫害赤松である」

イメージ 1

イメージ 2

 私は何度となく昇仙峡を訪れ調査を繰り返してきた。ここを最初に訪れたのは中学一年生のときのキャンプでその時は千代田小学校の校舎と校庭がその会場であり、その時に昇仙峡の入り口付近を散策した。
 あれから数十年。以来何かあれば訪れてきた。現在は道路も良くなり、車も飛ばす。観光地ではあるが一昔前のほうが何か味も情緒もあったような気がする。かっては太い足の馬車が名物で、大量の馬糞を目の前に名のついた川の石を見ながら上ったものだ。かって昇仙峡や山火事やマツノマダラカミキリ虫の媒体するマツノザイセンチュウにより枯れる赤松が多かったが、終息するどころか、最近またその被害赤松が急増している。
 これは除去作業も岩場でしかも急斜面絶壁であり手がつかない。しかしそれえが観光地であれば訪れる人への危険物ともなり、早急の対策が望まれる。しかし新聞報道では観光客アップの一手として仙ケ滝へのライトアップを計画されているという。それはそれで結構のことであるが、危険赤松の崩落はどんな状況で起こるか予測がつかないものもある。総点検して危険の予告除去対策をすることが懸命である。観光地しかも国立公園を襲う虫害赤松その処理残材が昇仙峡のイメージダウンにもつながる。総合的な対策をしないと、いずれ人の近づけない危険地帯ともなりうる。


.

過去の記事一覧

標準グループ

私は言いたい
私は言いたい
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
検索 検索

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事