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旅に出る前に山梨県の状況はどうかと簡単に考えて出かけた。私も製材業の三代目、幼少のころから周囲の森や森人と出会い森の大切さやその美しさに心を打たれたものだった。高校生を過ぎ家業につこうと思ったが、一心数年修行に出た。それは外材と北海道産材専門の製材所であり、地域の産材の製材は見る間に無くなっていった時期でもある。だからここの時代は昇仙峡以外の森は見ることが無かった。父母で支える田舎の製材業は生き抜くために壮絶な戦いの場にあった。しかし内地材は外国産材に駆逐され、開発波が田舎に押し寄せ無造作に多くの美林が消失していった。木材市況は暗闇であり、私は木材加工と森を育てる仕事に切り替え、消費も一般の人々を相手にするように転換。現在も細々と生きている。この数十年の隙間で山梨県の森林は行政の必要の少ない事業のために大きく様変わりをして風光明媚な地域も今でも林道建設で破壊されている。それは林業を生かすための道路より、新たなゴミ投棄場所を新設しているともいえる。目的が林業か活性ではなく保全ではなくただ事業費の消化である。 |
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