新!サブやんの気まぐれ調査研究

サブやんの気まぐれ調査研究の続編です

日本名所旧跡図版写真

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姫路城(「日本の名城」人物往来社 昭和34年刊)一部加筆
城の起源
築城の歴史
天守閣をめぐっての秘話
建物と築城についての伝説 石臼《姥ケ石》
城主の切腹場であったという腹切丸
守護神刑部大神の怪異伝説
城の起源
姫路という地名の起源は《播磨風土記》に《日女道(ひめじ)丘》の名が見え、ひめじ即ち蚕子で、いま城のある丘に二つの峯があって姫山、鷺山と呼ばれ、ちょうど蚕繭に似た形をしていたからであろう、ということだが、はっきりしたことはわからない。  熊本城、名古屋城とともに、かつて日水三大名城と呼ばれた姫路城は、別名《白鷺城》とも呼ばれ、太閤丸、二の丸、天守閣など多くの建造物が現存する。
築城の歴史
最初ここに城が築かれたのは、遠く後醍醐天皇の建武中興にさかのぼる。即ち元弘三年(1333)播磨の赤松則村が護良親王の令旨を奉じ、打倒北条幕府の義兵を挙げて上洛の途中、この姫山に陣を構えて小寺頼季に守らせた。世にこれを《元弘の乱》というが、正平元年(1346)則村の二男赤松貞範がその縄張の跡にはじめて城を築いた。これが初代の城地であるが、貞範は同四年に新たに庄山城を築いて移り、小寺頼季を目代に置いた。吉野時代になって小寺、山宅、赤松の三家が嘉吉と応仁の乱にその域を奪いあったが、応仁元年(1467)赤松政則にいたって木丸、鶴吉丸、亀居丸を築いた。  文明元年(1469)政則は新たに置塩城を築いて移り、以来属将小寺氏を目代として守らせたが、その後、天正八年(1580)羽柴秀吉が三木城主の別所長治を滅ぼして黒田孝高の進言により姫路城に入り、これを居城として三層の天守を築いた。ついで慶長五年関ケ原の役で軍功をたてた池田輝政は幡磨国を与えられて姫路城に移り、五層の天守を築いた。更に池田氏の後を受けて元和、二年伊勢の桑名から水多忠政が転じ、西の九、三の丸の増、改築を行い天下の名城にまで完成した。  その後は幕府の親藩松平、榊原、本多、榊原、松平の順に居城し、最後には寛延二年(1749)酒丼忠恭が上州厩橋から移封して十五万石を領し、代々伝えて明治維新にいたった。  まことに城の盛衰は人の輿亡である。この間、歴代城主は幾変転したが、いまのような大規模な名城を完成したのは徳川家康の女婿で橘麿、備前、淡路の三カ国八十七方石を領し、世に《西国の将軍》とうたわれて、その権力と財力を築城にかたむけた池田三左衛門輝政である。  慶長六年(1601)、輝政は家老の伊木長門忠繁を普請奉行に、桜井源兵衛を大工の棟梁に命じて工事を起し、約九年の歳月と延べ五千万人もの人員をつかって慶長十四年に竣工した。  城は姫路平野の中央、四十五メートルの姫山を利用した平山域で、縄張は、螺旋状に三重に旋回させ、内、中、外の堀をめぐらして堅固に構えられた。天守閣は外部五層、内部六階の大天守と三つの小天守杉渡櫓で巧みに連絡した、日本でただ一つの連立式天守である。一階は三百三十畳敷で、これより上は次第に二百四畳敷、百六十一畳半敷、百二十三畳敷となり、六階は七畳敷となっている。六階の床は海抜八十ニメートル余、城下の平地より六十七メートル余の高所にあり、展望がよくきいて紺碧の瀬戸内海に浮ぶ島々はもちろん、快晴の日などは遠く四国まで望むことができるという。
天守閣をめぐっての秘話
ところで、この天守閣をめぐって秘話が残る。いよいよ城普請も竣工したある日、棟梁の桜井源兵衛は妻を連れて天守閣を
検視したところ、「お城は立派に出来上ったが、惜しいことに巽の方に少し傾いています」と妻から指摘された。源兵衛は唖然として、蒼白となった。「女の眼にも分るほど傾いているとすれば自分の墨が過っていたに違いない」そう思うと残念でならなかった源兵衛は、独り天守に登り、八分鑿(ノミ)をくわえて城から飛び下りついに自害し果てたと言い伝えられている。 
清水門の古碑がこの源兵衛の墓だと伝えられていたが、《穂積文書》によると、本多忠政時代の船場川改修記念碑で、源兵衛の墓ではない。  このほかに人柱伝説があるが、これは城が完成すると、秘密を保つために大工棟梁などを生埋めにして人柱とした。その生埋めにしたところを埋門というのであるが、これは後世つくられたもので、もとからあった伝説ではない。
建物と築城についての伝説 石臼《姥ケ石》
ついでに建物と築城についての伝説を紹介してみよう。重ず乾の小天守の石垣に石臼が一つ積込んである。これは秀吉が天守を築く時、城下に焼餅を売る貧しい老婆が「せめてこれでも何かの用になりませぬか」と石日を差し出したもので、秀吉は大変その志を喜んで万垣の用材に使用した。このことがたちまち評判となって諸方から石材が集まり、城の普請が非常にはかどった。そしてこの石臼を《姥ケ石》と呼んだという。しかしいまの城は輝政の築いたものでまた石垣には墓石や石橋の石など、いろいろな石が積んであって疑間も残るが、古くから伝わる伝説である。
城主の切腹場であったという腹切丸
その昔城主の切腹場であったという腹切丸というのがある。これは俗称で正式には《帯郭櫓》という。中世の《詰の城》、《詰の丸畑などというのは城主の最後の場所を意味したもので、近世の天守閣もそれと同じ意味をもっている。だからこの櫓を切腹の場所とするのは間違いで、もし敵の重囲をうけて防戦のかいもなく、落城をまえに大将が切腹するとしたら、当然天守で行うのが作法であった。

守護神刑部大神の怪異伝説
その姫路の天守には、かつて守護神刑部大神が祀ってあったが、これをめぐっていろいろの怪異伝説がある。もともと刑部大神は四十九代光仁天皇の皇子で、配流になった刑部親王を祀ったものだと宝永十二年の序のある《播磨鑑》(平野庸脩)に出ている。そして親王の女の富姫がここに来たので、この土地を姫山といったというが、祭神には説が多い。伝説が生れた原因は、慶長年間、池田輝政が病気になったとき、いろいろの奇験があったので、八天道を建てて祈祷したが、これがため怪奇物語が作られたのであろう。寛延二年(1749)松平明矩が奏請して正一位を授けられ、この時から刑部の文字を長壁とあらためた。
長壁伝説 宮本武蔵の妖怪退治など
長壁伝説の中で一番奇想天外で面白いのは宮本武蔵の妖怪退治であろう。しかしこれは伝説であって史実ではない。宮本武蔵は通説では美作国吉野郡(いまは英田郡という)讃甘村大字宮本で生れたと《新免家侍覚書》《東作誌》などに書いてある。だが《二天記》《武芸小伝》などに宮本武蔵を播州人と記し、また《古老茶話》には「播州明石の産」と書いてある。播州方面では姫路に近い竜野町近辺の石見村字宮本が武蔵の出生地で、それにあまり遠くない印南郡米田村が養子宮本伊織の出身地であると、いい伝えている。いずれにしても宮本武蔵は姫路の近くで天正十二年(或いは十年)に生れている。さて伝説は文禄二年(1593)というから正史の上では武蔵九歳のときのことなり、年齢的にあわないが、この話は史実ではない。とにかく武蔵は時の姫路城主木下家定の足軽烏組へ、滝本叉三郎と変名して足軽奉公に入った。烏組というのは御天守番である。このころ天守には妖怪が出るという評判が高く、組の足軽はいずれも夜の番を嫌っていたが、新参の滝本はいっこうに平気なので、毎夜他人に代って番を勤めていた。そのうちいつか家老の木下将監の耳に入り「彼はただの足軽ではない。新免二刀流の名人官本武蔵であろう」ということがわかって、あらためて城主家定の前に呼び出されて以後、木下家の客分にとりたてられることになった。
そのうち、武蔵は城主から天守の妖怪退治を命ぜられたので、ある夜、龕燈(ガンドウ)を一つ持って天守に上った。三階の階段にさしかかると、突然もの凄い火焔を吹き下ろしガラガラッと地震のような物音がした。「さては妖怪め、御参なれ」と腰の志津三郎兼氏の太刀に手をかけて様子をうかがっているとたちまちもとの静けさに戻り、何の異変も見えない。四階の階段にかかると再び火焔を吹き下ろし、地震のような音がしたが、剛毅沈勇な武蔵はやがて天守閣上にのぼり刑部明神の祀ってある祠前に立った。が、何ごともない。  そこで夜の明けるのを待っているうちに、いつかウトウトしていたが、「英雄、英雄……」と呼ぶ声にはっと眼をさますと、十二単衣に緋の袴をつけ、檜扇をもった官女姿の美しい姫が現われて、
「われこそは当城の守護神刑部明神なるぞ。近ごろ妖怪変化住いをなし、人カをおびやかすにより、退治なさんと思えども心にまかせざりしところ、その方今宵退治に参りしため、妖怪は怖れをなして既に逃去ったり。よってその褒美にこの宝劔を取らすぞ、みだりに人に見せぬがよい」といって忽然と消えた。  宝劔は白木の箱におさめた郷義弘の業物であった。あくる朝、武蔵は事の次第を家老将監に報告し、将監より城主家定の耳に入れたところ、その郷義弘の名剣は城内の宝蔵より何ものかが盗み出したものとわかり、武蔵に嫌疑がかかって、詮議が終るまで家老雨森縫之助にお預けの身となったという筋である。  しかもこの物語は減蔵の仇討はなしがくっついているから、講談と殆んど同じ作り話であろう。


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