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●写真スライドショー(明野処分場周辺)
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明野ゴミ最終処理場について考える
私は戦う人々は立派だと思う
官にたてつく庶民の行動は一揆とか暴動とか言葉のイメージは悪いが、考える立場によってその捉え方は違う。この分野を扱う行政部門は現在山梨県で懸案事項を抱えている部署で、特に最近の政府の馬鹿げた方針で実施される花粉症対策の「大量杉伐採」や逆効果も考えられる、「間伐」など山梨県の自然や森林に深刻な影響を与える森林作業の机上論の部署でもある。
山梨県では現在でも使用可能な木材が山地に棄てられている。これは持ち出す費用や持ち出しても流通に乗せられないからである。今度の花粉症対策の杉材伐採などは東京都石原知事の思いつきの事業で、生きるもの、森林そのものを「粗大ゴミ」「用棄物」と捉えている証拠である。こうした愚策を自慢そうに話す麻生総理大臣を現場を見せてやりたい。
私も山梨県山林野を調査研究しているが、必要の少ない林道や観光道路用林道などの周辺には大量のゴミが散乱あるいは投棄されていて、その膨大な量は今度の処分場では収まらない状況である。また公共事業でも造成下部には大量のゴミが埋まっている現場も目にする。さらに深刻なのは工事造成地伐採の木材も埋められ沢地に放置されている。また大量の伐り捨て間伐材放置や、大型機械による森林事業は破壊事業ととれる地域もある。無造作に造成された地域への植林行為など将来のまったく見えない事業展開で、過去も未来も見えてこない。
自ら木材粗大ゴミ放置事業を展開している山梨県が今回のようなゴミ処理の担当であることに危惧することは当然でもある。こうした問題の解決には「県民がどう考えているか」などの意識調査やアンケートを実施することも恐れてはならない。いつの時代も政治のつけを庶民に押し付けることは賢明とはいえない。
また私がこれまで強く指摘している「赤松虫害薬剤処理放置材」と「ビニール」の大量放置はいかに考えても行政のすべきことではない。また過去においては市町村単位での処分ゴミの埋立地も随所にある、中には公然と県有林内や国立公園内に積み重ねられている場所もある。
大型伐採では多くの貴重な植物や動物の住処を失い、大量伐採で地下の水は流露を失い山地を彷徨う。
こうした中での明野処分場担当部署であるから、いつも歯切れの悪い信憑性が見えないから住民に疑われる起因となっている。
現在でも進む自然森林悪化の中枢行政は、地域のためでなく、中央官庁のくだらない奥行きの無い無策にも等しい林政展開に奔走する。言葉を最大限檄すれば「残飯林政処理班でもある。したがってその残飯木材が山梨県を覆っている。私は土砂崩れの取材に訪れ、通行可能な道を探していたとき、沢に大量の粗大ゴミや生活ゴミが棄てられている場所を見た。その膨大の量は言語を絶するものであった。
森林ゴミ問題は真剣に考えるべきであるが、独自の予算をもてない山梨県では中央官庁と足並みを揃えて、執るに足らない事業をこれからも繰り返すことになる。
明野のかたがたが町民のために、将来の子供のために戦う姿は行政とっては頭の痛い問題であるが、そこにはともに生きるために話し合う姿勢が大切で、行政理論と民衆理論の差を埋めておかないと今後のこうした事業への足枷ともなる。
有史以来に日本では地域庶民の中央官庁への抗争が繰り返されてきた。一揆や暴動も多くあったが、視点を変えればこうしたことで日本の政治は保たれてきた。明野浅尾地域の人々の訴えを事業推進の邪魔と捉えず、進歩の糧であるくらいの賢明さをもって対応することが大切ではないのではなかろうか。
古来から行政は度重なる一揆や暴動で方向を是正するきっかけとなった。いつの時代でも政治家や官庁それに豪商たちの考えと庶民の意識差が深いことを示す。
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