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甲陽軍艦抄 一話一言(大田南畝)
晴信公軍中にて御使の衆十二人はむかでの指物なり白地にては黒地に金にても面々覚悟次等此十二人はいくさの時の御使衆成り〔第二十九品〕加藤駿河末の子他名になり初鹿ノ傳右衛門指物に香車と云字を書たるに信玄公御無與なされ候〔第三十五品〕氏康公くしま上総子に相州玉縄の城を被下北条左衛門大夫武道のために八幡の縁日潔齋する故か武功の誉度々にをいてあり既に指物はきねりの四方に八幡大菩薩とかきて氏康公の先をいたす氏康河越夜軍の御手柄も此左衛門大夫河越の城にこもりゐて菅領八萬あまりの人数を引請城をおとされざる故氏康公利運にならさるに付北条左衛門大夫を関八州にて黄八幡と申也云々〔第三十六品〕紺紙金泥の法華經の母衣を被成指物にて〔第三十八品〕此矢島久左衛門は蓑輪落城の時長野衆なるが白き練をもってわっこの梯( )を指物にして〔第三十七品 〕 |
山梨県歴史研究室
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