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西道中で見た武田氏関係の文書(『甲州夏草道中記 下巻』山梨日日新聞社)
西遊中でも多くの貴重な古文書を見学したが、モの中で興味あるものを佐藤八郎道中講師は次のように一、二説明した。
「「双葉町柳本春雄氏所蔵の信玄朱印状。」
自辛来歳両棟別共御赦免
然而御普請役隠田等之事軍役衆可為同前之旨御下知侯(候)間
存其旨厳重可令降参
御扶侍者如此間可被下者也但如件
元亀弐辛来年 山県三郎兵衛尉
卯月十九日 原拠人佑
朱印 泰之
六科郷 矢崎源右衛門尉
武田信玄の西上の大計画が漸やく実現の域に近づき、領国内の軍備を極度に充実し、総動員体制を完了しつつある当時の姿が思いやられる。宛て名の矢崎源右衛門は恐らく同人クラスの在地武士と思われるが租税の負担を軽減する代わりに、その費用を以って出陣に要する戦備を厳重に整備せられたい。
というので両棟別、普請役、隠田、軍役、降参の扶特等により戦国大名武田氏の権力構造の一端がうかがわれる。山県、原は当時の同職であった。
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