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円野町歌田呂翰氏所蔵の木曽義昌書状(『甲州夏草道中記 下巻』山梨日日新聞社)
急度奉言上候
偽旧冬廿二於千其表被達御防戦
敵数千金為討捕由於千愚者式安堵仕候
弥当地在陣候之条
相応之子細可蒙仰侯具山村可申上候之間
金省時候恐惶謹言
追而塩五十斤進上候以上
正月五日 木曽義昌(花押)
甲府御陣所
参人々御中
これは、元亀四年正月五日に、信玄の女婿であり、木曽福島の城主であった義昌が、旧冬二十二日の三方原合戦の戦勝を祝賀し、併わせて当時としては貴重品であった火薬を五十斤進物として届け、文中にて、一層の軍務を仰せ付けられたいと申し出ているものである。
この時の甲州勢の意気、信玄の満足思いやるべきで、数十年ならずして、この義昌が勝頼の時代に叛乱の発頭人になろうとはだれが想像したであろう。
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