|
原発 開発のための意図的プロパガンダ
「地球環境・読本』「別冊宝島101」掲載 吉岡斉氏著(九州大学教養学部助教授)
核融合開発においても、原子炉開発の慣例がそのまま準用されてきた。核融合の実用化までのタイムテーブルが最初に描かれた官庁文書として、前述の、一九七五年の「第二段階計画」の付表がある。
これは異様なタイムテーブルである。なぜなら、あるステップの装置が完成したのち、チェック・アンド・レビューを実施し、それに合格してはじめて、次のステップの装置の開発にゴーサインが出される、というのが「チェック・アンド・レビュー制度」の原則であるが、表2は、前のステップの装置の完成をまたずに次々と次世代の装置の設計・製作が開始される、というストーリーになっているからである。
原子力委員会は「第二段階計画」の発表の際、「核融合研究開発の推進について」(七五年七月)という文書を公にした。そこには当委員会今世紀末ないし、来世紀初頭に核融合動力炉を実現することを究極の目的とし、そこに至るまでの研究目標を段階的に設定し、これを目指した研究開発を国として強力に推進すべきであると考える」との一節がある(傍点は引用者)。
おそらく原子力委員会は、石油危機という当時の社会情勢を最大限に利用して、核融合開発の飛躍的スケールアップを図るために、意図的に非現実的な「実用化目標時期」を設定して、「核融合の実用化は間近である」との印象を国民(とくに財政当局者)に植えつけようとしたのであろう。ここでも原子力関係者の得意とする「意図的プロパガンダ」が顔をのぞかせている。そして、この文章の内容と何とか辻棲を合わせられるタイムテーブルを作成したら、表2のような「チェック・アンド・レビュー制度」の禁制を犯す異様なタイムテーブルになった、というのが事の真相であると思われる。
ともあれ「第二段階計画」のタイムテーブルは、もともと非現実的なものであった。だから原子力委員会核融合会議(またはその分科会)がそれ以降に発表したタイムテーブルが、改訂されるたびに加速度的に「実用化目標時期」(実証炉の運開時期)を後退させていくのは、当初から予想された事態であった。
とはいえ、核融合会議長期戦略レビュー委員会が一九八一年三月に発表した報告書−「自己点火条件の達成をめざして」という副題がついているーまでは、曲がりなりにも実用化までのタイムテーブルが示されていた。ところがそれを最後として、核融合会議の報告書にタイムテーブルが記載されることはなくなり、それ以外の官庁文書からも一九八二年以降一斉に、核融合のタイムテーブルは姿を消した。(ただし原研が一九七五より毎年刊行している『核
融合研究開発の現状』だけは、一九八八年版からタイムテーブルを復活させている。だがこれは研究所の生き残りのために何としても、傘下のナショナル・プロジェクトとしての核融合の生存と成長を図らねばならない、という原研の苦しい台所事情のあらわれではなかろうか)。
日本の政策当局は一九八〇年代に入って、エネルギー問題に対する冷静なセンスを身につけ、核融合の実用化などという空論を、真面目に受け取らなくなったのであろう。石油ショックの嵐が収まり、その精神的後遺症も快癒に向かうにつれて、第二の核融合ブームもまた終焉したのである(ついでに言うと、第三次オイルショックが今世紀中に仮に到来しても、核融合開発に再び熱い政治的関心が向けられることはなかろう。
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用




