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間違いだらけの「森林危機」の論じ方
『「森を守れ」が森を殺す』田中敦夫氏著 藤森健二氏発行 株式会社洋泉社発行所 1996
『緑のダム、人工のダム』(亀田ブックサービス)を書かれた新潟大学の岡本芳美教授によると、基盤岩層の上にある土層は、中腹部でIメートルほどだという。ここに溜まる水の量など、山全体からすればわずかに過ぎない。しかも、豪雨が降ればあふれるし、水が滞留している期間は短く、さらに深い層に水を透過させる役割を持つだけだという。渇水期に湧く水は、森林土壌からではなく、もっと深い母岩部の小空隙に染み込んだ水分である。岩といっても、実際は節理と呼ぶ割れ目が走っていて、かなり深くまで水が染みるようだ。
割れ目のような小空隙は毛管作用もあって水をなかなか逃がさないから、永く保水し徐々に吐き出す。この空隙の量が渇水期の流出量を決めるが、これは母岩の性質や風化の度合いによって決まるから森林の有無とは関係ない。
そのほか水源涵養機能説の説く蒸数量の違いも、森林の方が歩が悪い。森林は、自ら生長するために水を消費する。光合成を行うには水が必要なのだ。裸地と森林では森林の方が表面積が広いから蒸発量も多い。事実、先の山本徳三郎の言い分か正しいことは、その後に行われた数々の実験で確かめられている。どれくらい森林が水分を奪うのかは、条件があまりに多岐にわたるので軽々しく決めつけられないが、目本の山の場合なら年間二百ミリ前後だと考えられている。
森林が空気中の水分を捕らえるという仮説も、谷間など特別な地形ならば可能性はあるが、それも森林による蒸発散量より多いとは思えない。
では、山に森林は必要ないのか。
「林地は禄地や草地に比して、蒸発散量は多いが、洪水成分を緩和し、流域からの土砂流出量を 著しく軽減しています。また、蒸発による局地的な損失は、広域的に見ればほかの地域への降水の湧源を供給していることにもなります。それに山地を森林で覆わなくてはならない最大の理由は、土壌浸食を防ぐ点にあると思います。下流の土砂災害の防止や養分保持に森林は無くてはならないのです」(福鴬さん)
森林に降った雨は、いったん土に染み込み一部は溜め込まれるが、再び土中をゆっくり移動する。そして森林が自ら消費するとともにゆっくりと吐き出す。だから一気に川の流量を増やさない。流量の変化を穏やかにするのだ。これは洪水調節作用である。
落葉層やふかふかの森林土壌は、降雨を受け止めるクッション作用が大きい。豪雨でも水滴で表土を削られずに済む。そして流れる際も、根が土を抱えているうえ、枝葉・根が水の勢いをなくすから土壌を削ることも最小限に抑える。いうならば、保水力ならぬ「保土力」があるわけだ。
福嵩教授の研究によると、禄地と百年生の森林を比べた場合、流量の変動幅は、森林があった方が約半分になるという。また時間変動量もずっとなだらかになる。
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