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現在の行政の森林管理や森林事業はまったくの魑魅魍魎で、相次ぐ不祥事や逃避林政の連続からは真剣さや森林を守るとか国土を守るとかの発想は失せてしまって久しい。
これは出口の研究や諸施策の遅れが今となっては取り返しのつかない現状を生み出し、次々に出る森林事業は未来もそれに過去も振り返らない最悪の事態を迎えている。
植林森林はいずれ主に建築材として使用を考えて実施された尊い事業であり、その日の目をみるまで弛まざる管理と育成が求められるものである。多くの植林植林は植えてから日々育成のための活動が始まる。今と違って民有林は農林家の冬季間の仕事であり、山林所有者に何かあれば親戚や地域の人々が替わって森林作業をした。短期間の農業収入はある程度見込めても、林業生産は永年の月日を要するもので、現金収入は薪や炭がそれで、建築用材にするには、他の森林より良材を作ることを求められる。良い木材は高単価で売れる。そのために育林技術も切磋琢磨して向上して、気候や地形も伴い名産地を創出していった。
現在のような「企業の森」「ボランテイア作業」は聞こえは良いが、そこから決して良材は生まれない。生まれない、生むことを棄てた林政の現れである。気休め林業、飯事林業とも言い得る。
それでも人間社会では振り返ることが必要である。しかし林政にはこの部分が欠如している。例えば流行のように木製品の土留めや災害防止策を設置した森林道路や崖などでこうして使用された木材製品はまったく機能失っていて取替え作業や抜本的な対策が求められる。中には大災害の予備軍となっている場所さえある。
伐り棄て間伐残留材も言葉を変えれば粗大ゴミの大量破棄現場でもある。育てることを忘れた林野庁はこうした荒業を面積消化で率先垂範して配下に割り当て、割り当て消化の都道府県はその内容や事業を証左の間もなく、人力入り機械力導入して、山地の破壊を繰り返してきた。機械力導入に適した山地はともかく、里山森林での機械はなじめない。機械が入っただけで、さまざまな災害要因を生み出す。
こうした森林事業を行き当たりばったりであり、それによって優良木材の産出とはならない。現在の森林事業が続く限り里山森林は荒廃の一途を辿ることになる。
森林事業は評価もされにくい。だからといって日替わりランチのような施策の連続では国民の理解は得られない。
補正予算も新規事業でなくこれまでの修復予算としても良かった。たまには立ち止まって反省し、また進むことが林政に求められる。
○ 写真は林道側壁(急傾斜)へのH鋼立て込み丸太皮付き使用土留の現況
木材の屋外使用が乾燥地で10年湿地では数年が耐用年数、したがってこのような工事が全国で実施されていれば、ここから数年で回収すべきで、それは補正予算では足りない。
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