与板町のプロフィル
<直江大和守実綱(直江山城守兼続)ゆかりの地>
与板町は、新潟県のほぼ中央、三島郡の中心に位置する古くからの、緑豊かな城下町で、霊峰弥彦山を望み、母なる川美しい信濃川沿岸に発達した人口約一万の金物の町である。
金物の起りは戦国時代にさかのぼり、上杉謙信の四天王の一人直江大和守実綱(直江山城守兼続の祖父)が、天正六年(1578)に春日山より兼光・兼辰の流れをくむ刀剣師を与板に伴い来たときから金物業が発達した。
徳川時代には、牧野氏・井伊氏が城主となり、代々城下町として栄え、信濃川を利用する舟便の港として賑わい、豪商が群出し、ますます盛んになった。
享保年間、与板の大工道具は、土肥のみ(土肥助右衛門作)又は兵部のみとして、広く天下に知れわたり、文化文政の頃には、刀剣師坪井幸道師が京にのぼり、六代目吉道の門に入り、後に江戸に出で、水心子正秀師の門をたゝき、帰郷して刀剣を製作し、全国にその名を馳せた。
戦国の世より400年をも鍛えに鍛えられた伝統の与板金物製品は、打刃物として自他共に認められており、刃物としては、堺・播州の三木をしのぐ主産地で「打刃物の与板」と業界では呼ばれ、全国各地に打刃勅の町として有名である。
科学の進歩と共に、伝統ある生産方式は、改良と進歩を重ね、昨日より今日、今日より明日へと、町及び業界が一体となって、特産与板金物の振興発展に取組み、その道は前途洋々たるものがある。
与板町
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パンフレットにカンナや道具の名称が明細に記されているが、正確に名称と役割のわかる人も少なくなっている。ありがたい大切なパンフレットである。
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