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森林機能の分業化(「水と緑と土」 富山和子氏著 中央新書 1973刊)
富山和子氏略歴(著書より)
富山和子(とみやま・かずこ)1933(昭和8)年,群馬県に生まれる。1957(昭和32)年、早稲田大学仏文科卒業。
1967まで講談社に勤務。1979「川は生きている」で26回サンケイ児童出版文化賞受賞。
現在,水利科学研究所顧問,自然環境保全審議会委員.中央森林審議委員などをつとめるほか,立正大学短期大学部教授でもある。著書『知性への挑戦・青梅裁判』(隣人社)『自動車よ驕るなかれ一日本自動車文明批判』サイマル出版社。『水の文化史』(文拳春秋)主要論文「北海道防風林の地元民感覚」「水の政治,経済.社会牲」
私たちはいまになって、人間が自然の力を借りて生きることを放棄したことの重大な意味を、かみしめねばならなくなっている。おそらくこの社会が犯した最も大きな誤算は、水に対する考えかただったにちがいない。水を自然から切り離して扱おうとした堤防万能主義、ダム万能主義によって、水はいよいよこの国土に足りなく、一方ではいよいよ暴れ廻るようになってしまった。
人間がこの国土に住みついてからこのかた、つねにその力を借りて生きてきた森林という自然の偉大な働き手を、なぜこの社会は拒否してしまったのだろう。
森林は水を貯え、水源を涵養する。森林はまた土砂の流出を防ぎ、山崩れやがけ崩れを防止してくれる。緑色植物が太陽エネルギーを用いて行なう光合成で、大気中の二酸化炭素と根から吸い上げる水とを植物有機物として固定すると同時に、その余った酸素を大気中に放出することはよく知られている。2億年もの間、その酸素供給老として働きつづけてきた陸上の主役もまた、森林だったのである。
森林は気温を調節してもくれる。森林の中は冬暖かく、夏は涼しい。真夏の日中東京の都心部の温度は舗装や人工熱汚染のため場所によっては50度を越えているが、皇居や公園の森林の中だけは水面と変わらぬ気温を保っている。風を防ぐため設置された防風林は、同時に豪雪や濃霧からも土地を守ってくれる。北海道旭川地方の水田地帯では、防風林が農地々冷害から守っている。また帯広地方では、防風林は豪雪から道路や農地を守り、さらにオホーツク海沿岸では、春の季節風を防ぐばかりでなく濃霧をも防いでいる。防風林ひとつが、まさに一人何役もの仕事をつとめてくれている。
森林は野鳥をはじめ野生の動植物を保護し、彼らもまた森林に力を貸して土壌という新たな自然の生産力を培っている。それら自然の森羅万象がとどこおりなくくりかえされてこそ、人間はこの地上に生存する権利を維持できる。森林はむろん木材も提供してくれる。それらどれ一つの楼能を見ても、人間に必要不可欠のものばかりではなかったか。
もとよりこの社会が、自然の横能を全面的に不要としてきたとは必ずしもいえなかった。森林にその機能を発揮してもらい、人間がそれを利用したいがため設置された保安林という制度もあった。しかしそのような制度にあってさえ、保安林は森林法第二五条により11種頼もの単一目的に分類され、実務上は実に17種類もの保安林に分けられて指定されている。水源涵養保安林、土砂流出防備保安林、土砂崩壊防備保安林、飛砂防備保安林、防風保安林、水害防備保安林、潮害防備保安林、干害防備保安林、防雪保安林、防霧保安林、雪崩防止保安林、落石防止保安林、防火保安林、魚つき保安林、航行目標保安林、保険保安林、風致保安林などである。そして、その指定の理由が消滅したときは、農林大臣は遅滞なくその部分につき保安林指定を解除しなければならないことが、森林法第26条で定められている。
たとえば農地が宅地化したところでは、対象となるべき農作物がなくなったことにより防風保安林指定は解除される。ダムができれば、水源涵養の目的は消滅したとして水源滴養保安林の指定は解除される。まさに、降った雨はいま直ちにそっくり欲しいとする水思想の体現であった。
防風林は農地を守るばかりでなく、毎日の学童の通学の道を守り、その地域住民の日常生活のすべてを風から守っていたはずであった。さらに風を防ぐ以外にも気温を和らげ水源を滴養し、木材も生産し、すでにその地域の自然環境の一部としてはかり知れない役割を果たしていたはずである。(富山和子「北海道防風林の地元民感覚」、水利科学研究所『北海道の防風・防霧林』所収)
また水源涵養保安林とはいえ、水源を涵養することも土砂の流出を防ぐことも、土砂の崩壊を防ぐことも、本来一体のはずであった。たとえばダムが建設されたことにより水源涵養の必要性がなくなったとしても、指定が解除されて開発が進められた場合、土砂は流出してダムを埋め、土砂崩壊という事態も起こる。人間が森林を失うのはこの際勝手だといえるけれども、それによってダムを失い、目的とする水までも失うのである。しかも、あのバイオソト・ダムの大惨事の教訓もある。
この社会が自然に対して捧げた最大の善意である保安林制度にして、このような森林棟能の分業化、自然を無機化する発想をもってのぞんでいたわけである。まして他のあらゆるとき、あらゆる場合に自然が無機化して扱われ、やがて姿を消していくことになったのも当然といえた。
今日では緑が欲しいと叫ぶ団地の主婦の中にさえ、「でも落葉は困るのです」と本気で発言する者もいる。事実、多くの場合住宅地の緑化には落葉樹が敬遠されている。建築家は緑豊かな都市を設計するために街路樹の本数をふやすことは考えても、周囲を舗装で固めてしまうことに抵抗を抱かない。蝶々は欲しいが毛虫は困る式のこの発想、挨や虫を毛嫌いして自然から自己に都合のよいものだけを引き出そうとするこうした発想の中から、あの「公害に強い木」も誕生したのである。
森林法が制定されたのは明治30年、あたかも河川法が制定された翌年のことであった。
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中国資本が日本の水源地を買収 危機感強める林野庁、調査開始
中国の企業が西日本を中心に全国各地の水源地を大規模に買収する動きが、昨年から活発化していることが、林業関係者への取材で分かった。逼迫(ひっぱく)する本国の水需要を満たすために、日本の水源地を物色しているとみられる。
買収話が持ち掛けられた地元自治体などが慎重姿勢を示しているため、これまでに売買交渉が成立したり、実際に契約締結に至ったりしたケースはないというが、外国資本の森林買収による影響が未知数なことから、林野庁は都道府県に対して一斉調査を始めるなど危機感を強めている。
奈良県境に近い山あいにある三重県大台町。中国の企業関係者が町を訪れた。水源地となっている宮川ダム湖北を視察した上で、「いい木があるので立木と土地を買いたい」と湖北一帯の私有地約1000ヘクタールの買収を町に仲介してほしいと持ち掛けた。また約3年前には、別の中国人の男性から町に電話があり、同じ地域の水源地の買収話があったという。
2010/9/23(木) 午後 9:24 [ 高砂のPCB汚泥の盛立地浄化 ]