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原子力発電のしくみ
『エネルギー・環境・生命』ケミカルサイエンスと人間社会 鈴木啓三氏著 化学同人
原子力発電(原発)は,原子炉中で核分裂によって発生する熱を使って水を蒸気に変え,その蒸気で発電機を回して電気をつくる方法である.この蒸気を発生させるのに,火力発電では化石燃料の化学エネルギーを使うが,原発では核分裂の核エネルギーを使う.これが両者の異なる点である.原子炉というのは,核分裂連鎖反応を制御しながら連続的に起こすことができる装置である.
核分裂で放出される中性子がもつエネルギー量はばらばらである.低遠の中性子は相対的に低いエネルギーをもち,高遠の中性子は高いエネルギーをもっている.低速の中性子も高速の中性子もウラン−235の核分裂を起こすことができるが,低速の中性子のほうが核分裂を起こす確率が高い.そのために減速剤が用いられる.減速剤としては軽水(普通の水),重水(重水素IHからできた水),黒鉛などが一般に使われている.
核分裂連鎖反応速度を制御したり,原子炉を停止する必要が生じた場合には,中性子をよく吸収することのできるカドミウムやホウ素の化合物でできた制御株を用いる.
原子炉の燃料となる核種として,天然のものではウラン−235のみであるが,天然ウランには0.72%しか含まれていない.現在実用化されている原子炉では,天然ウランを濃縮してウラン−235の濃度を3%程度にして用いることが多い.炉心にある燃料株は,酸化ウランの粉末を人差し指大に焼き固めたものを,直径1cm, 長さ3〜4mのジルコニウム合金の薄いさやの中に詰め込んだものである.この細長い株が約200本,小さなすき間を残してぎっしりと束ねられたものが燃料集合体である.100万キロワット(kW)級の原発では,この集合体が100〜200体も集められている(図1.11).したがって,一つの炉心には2万〜4万本の燃料株が備えつけられていることになる.(略)
日本では,沸騰水型原子炉(BWR)と,加圧水型原子炉(PWR)が採用されている(図1.12,1.13).両方とも,核分裂反応で熱くなったウラソ燃料を冷やすのに軽水が用いられており,軽水炉といわれている.この軽水は同時に中性子の減速剤の役割も果たしている.
炉心を通りぬける水は1次冷却水と呼ばれる.PWR型では,この1次冷却水は外部から遮断された閉じた回路の中を循環し,その熱だけを蒸気発生器と呼ばれる熱交換器で2次冷却水に伝える.その熱を受けて2次冷却水は蒸気となり,発電用のタービンを回す.これに対して1次冷却水を炉心で沸騰させ,そのまま蒸気にしてタービンを回す型がBWR型である.
1次冷却水の閉じた回路は,どちらの型も共に高圧に保たれている.BWR型の場合,70気圧で沸点は約300℃になっている.それに対しPWR型では,炉内が150気圧ぐらいに加圧されているので,340°C以下に抑えられている炉心では水は沸騰することはない.
PWR型の場合,原子炉内を回る1次冷却水と,タービン系統を回る2次冷却水とが隔離されているので,システムが正常ならば,炉内が放射能で汚染されてもタービン系統まで汚染されることはないという特徴をもつ.一方のBWR型の場合には,炉内を回った水が直接タービン系統にも回ってくるため,タービン系統の放射能汚染が問題となる.
核燃料は,燃やしているうちに次第に燃えにくくなってしまう.そのため,PWR型では燃料の1/4,BWR型では1/3が毎年取り換えられる.再処理工場では,使用済み核燃料は核分裂性同位体(再利用される)とそれ以外の放射性廃棄物とに分離される.放射性廃棄物の安全な長期保管の問題は,まだ完全に解決されているわけではなく,原子力発電にとってたいへん重要な課題の一つとなっている.
原発の場合,原子炉の中で発生したエネルギーのうち,電力に変換されるものはその1/3程度である.最近の火力発電では,この変換効率は40%ぐらいであるから,この点では原発は火力発電に劣る.効率を上げるためには,タービンを回す水蒸気の温度を高くすればよいのであるが,原発の場合には炉内温度を高くするとウラソ燃料捧が傷むので,安全上限界があるわけである.
一方,発生したエネルギーの2/3は,タービンを回したあとの水蒸気を海水で冷やすという過程を通じて海に棄てられる.そのために周囲の海水の温度は上昇し,その影響が問題となる.
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核分裂からエネルギーを得るしくみ
『エネルギー・環境・生命』ケミカルサイエンスと人間社会 鈴木啓三氏著 化学同人
次節で述べる原子力発電の仕組みを理解するためには,まず核分裂からエネルギーを得るしくみを学ばなければならない.そのためには,さらにさかのぼって原子の構造について知る必要がある.
原子を構成する粒子の発見 原子が物質を構成する最小の粒子であるという従来の考え方は,まず電子の発見により打ち破られた.1897年,イギリスの物理学者J. J. トムソソ(ケンブリッジ大学・キャベソディシュ研究所)は,真空放電の実験から電子の存在を発見した.続いて1911年,その弟子のE.ラザフォードは原子核の存在を明らかにした.このあとラザフォードは,原子核のプラスの電気の正体が陽子(水素の原子核)であることをつきとめ,また1932年になって,ラザフォードの弟子J,チャドウィックは,原子核の構成粒子として中性子を発見した.
核分裂からエネルギーを得るしくみ 原子の構造
『エネルギー・環境・生命』ケミカルサイエンスと人間社会 鈴木啓三氏著 化学同人
原子は電子と原子核からなり,原子核は陽子と中性子がそれぞれ何回か集まって,核力によってかたく結合したものである(図1.7).電子は最小単位のマイナスの電気量(電荷)をもった粒子であり,陽子のプラスの電荷の大きさは電子のマイナスの電荷と同じである.中性子は陽子とほぼ同じ質量(電子の質量を1としたとき,陽子および中性子の質量はそれぞれ1836,1839である)をもち,電荷はもたない.一つの原子では陽子数と電子数は同じで,原子は全体として中性である.原子番号とは,陽子の数(=電子の数)に相当する.原子の質量の大部分は原子核に集中しており,原子核に含まれる陽子の数と中性子の数の和を質量数という.原子の種類は,その原子核をつくっている陽子の数と中性子の数によって決まる.原子番号がZで質量数がy1の元素(原子の種別名)Eの場合,
(記号)と書き表される.
核分裂の発見 チャドウィックが中性子を発見したことによって原子の全体構造がほぼ完全に明らかになったわけであるが,中性子の発見がもたらしたものはそれだけではない.実はこれがウランの核分裂を導き出す引き金となったのである.
イタリアのE.フェルミは,新しく発見された中性子を弾丸にして,ウランを照射する実験を行った.その結果,化学的性質のまったく異なった幾種類かの放射性生成物のできることを発見した.さらに,原子核にぶつける中性子の速度を,水やパラフィソなど水素を多く含む物質の中をくぐらせて減速すると,より強い放射性物質をつくり出すことができることをも発見した.「中性子照射による新放射能の発見」によって,フェルミがノーベル賞を受賞したのは1938年である.
フェルミの実験は,世界の物理学者たちを強く剌激した.ドイツのカイザー・ウィルヘルム研究所のO.ハーソらは,“おそい中性子"を使って実験を行い,ウランの原子核は二つに壊れるという結論を導き出した.1938年12月のことである.
コペンハーゲンのN.ボーアは,原子核の理論から核分裂の際に巨大なエネルギーが発生することを予測したが,これは実験協力者たちによって確かめられた.1939年1月のことである.
当時すでにアメリカに亡命していたフェルミは,コロソビア大学の地下室のサイクロトロンを使ってウラソの核分裂を確認し,さらに核分裂の際に何個かの中性子が新たに放出されることをも確認した.
1939年9月に第二次世界大戦はぼっ発した.当時ヨーロッパからアメリカヘ亡命していた物理学者らは,ナチスドイツの手による原子力の軍事利用を懸念してルーズベルト大統領に原子爆弾開発の働きかけを行い,1939年10月,大統領はこれに応じてゴーサイソを出した.フェルミが原子炉第1号に成功したのは1942年12月である.そしてその成果は,ナチスの頭上ではなく,日本の上空でさく裂した.
核分裂は,原子核の中での核力*l(*1陽子と中性子(両者を合わせて核子という)を結合させて原子核を構成する力である.原子核が10-15〜10-14 m という微小領域で,かなりはっきりした表面をもって存在していることは,原子 の世界を支配している電磁気的な力に比べて,核力がはるかに強く,到達距離の短い力である ことを示している.核力の本性が強い相互作用にあることを最初に解明したのが湯川の中間子 論であった.核力は実験的にも理論的にもまだ完全にはわかってはいない。)の引力と,電気的斥力(陽子のプラス電荷間の反発)との間の微妙なバランスに関連している.ほとんどすべての原子核では核力が支配的であるが,ウランの原子核の場合,核力の優位さは低下する.中性子を照射してウランの核を細長く変形させると(図1.8),核力は到達距離が短いので,電気的斥力のほうが優位になってますますその変形を助長させようとする効果が働く.そして,変形がある臨界点を超えると,核力は電気的斥力に屈服して,核は二つに分裂する.オーストリアの女流物理学者L.マイトナーは,生物学の細胞分裂にちなんで,この現象に核分裂という名を与えた.ウラン−235(質量数235のウランを意味する.天然ウランには,そのほかに質量数234と238の同位体(原子番号が同じで,質量数の異なる元素)が存在する.ウラン−234,−238は中性子を吸収するが,通常,分裂はしない.)の核分裂によって,より小さい原子核のいくつかの組合せのうちのどれかが生じるわけであるが,代表的なものとして次のような例がある。
(略)
原子核を構成するひとつひとつの核子(陽子と中性子)に分解するためには,外部からある量のエネルギーを加えなければならない.このエネルギーをその原子核の結合エネルギーという.遂にばらばらの核子が集まって核をつくるときには,結合エネルギーに等しいエネルギーを放出する.ウラン−235の核分裂反応*(*核分裂反応では大きなエネルギーを放出すると共に,質量の欠損が検知される.アインシュタインにより,質量欠損△mとエネルギーEと間に,E=c²△m(ごは光速度)の関係が明らかになった(1905年).質量1gが減少すると9×1010kJのエネルギー発生することになる.
図1.9は核子1個当たりの結合エネルギーが,核種の質量数により変化することを示している.質量数200の原子核が質量数100の2個の原子核に分裂したとすると,およそ200yガ電子ボルト(MeⅤ)の核エネルギーが発生することが,この図からも求められる.)では,分解に必要なエネルギーより放出されるエネルギーのほうが200×106電子ボルトほど大きい.核エネルギー(原子力ともいう)は,同じ質量の石油や石炭などがもっている化学エネルギーに比べて6けた以上も大きい.
1個の中性子を消費して複数の中性子を生じるのが,この種の核分裂反応の特徴である.そして,生成した中性子も引き続いて核分裂を起こすことができる.このように,次から次へと継続して起こる反応を連鎖反応という(図1.10).ひとつひとつの核分裂反応は一瞬にして起こるので,連鎖反応の広がりも遠く,多量の核分裂が瞬時にして起こる.広島の原爆はウラン−235が核種として用いられ,それが10万分の1秒よりもっと遠い時間で一気に爆発したと考えられる.長崎の原爆はプルトニウム−239が使われた.
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有害獣の「生息調査数」はでたらめだった?
『「森を守れ」が森を殺す』田中敦夫氏著 藤森健二氏発行 株式会社洋泉社発行所 1996
私が学生の頃、林業界で問題になっていたのは、ニホンカモシカの食害である。
各地の山で植林したヒノキの苗が食い荒らされて、丸裸になっていた。林業家にとっては大損害だ。莫大な金と労力をかけて、将来の森を作ろうとしているのに、無駄にされたのである。だが、カモシカは、国の特別天然記念物だから、むやみに駆除できない。
そこで論争が起きた。カモシカは増えているのか、それとも別の理由で仕方なくヒノキ苗を食べるのか。林業家と自然保護運動家プラス文化庁の争いである。
林業家は、あきらかにカモシカは数が増えた、だから植林地まで出てくるのだ、と訴えた。一方擁護派は、天然の森を伐ったから食べ物がなくなり、追い詰められて人工林に出てきた、という説を唱えた。苗を食べるのは、ほかに食べ物がないからだという。
食害の理由を、正反対の原因に求めたわけである。
私は、当時森林動物学を志しており、卒論にカモシカの生態調査を試みたことがある。もっとも、数度の山ごもりであきらめたのだが(山に三日間こもって、観察できたのは数秒だったこともある。これでめげた)。
あの論争はどんな結末を見たのか。改めて追跡してみた。
推定値は実際の二分の一だった
『「森を守れ」が森を殺す』田中敦夫氏著 藤森健二氏発行 株式会社洋泉社発行所 1996
ニホンカモシカ。ウシ科のこの動物は、日本固有種で大陸系のカモシカ類と比較して、より古い形質を残すとされる。昔から山の民の重要な蛋白源として捕獲されてきたが、たかだか自給自27 間違いだらけの「森林危機」、の論じ方足的消費に過ぎなかったから、種の生存を脅かすまでには至らなかった。
ところが明治以降、肉食禁止の戒律が消えたのに加え、優秀な銃が導入されたことなどからカモシカヘの狩猟圧は増した。毛皮や角の商品化も捕獲数を増やした。
結果として、一九三四年に天然記念物に、さらに五五年に特別天然記念物に指定されるまでには激減してしまった。当時はよほどの奥山にしか生息せず、個体数も全国で数千頭まで落ち込んだとされている。それでも密猟は続いたし、国土開発の波によってカモシカは追われる一方だった。中国山地からは姿を消し、九州、四国でも絶滅寸前といわれた。
ところが現在はどうか。登山をする人なら、ニホンカモシカの目撃者は結構多いはずだ。いや、地域によっては車で林道を走るだけで目撃できる。
こんな経験をすると、あきらかに生息数は回復しているように思える。
しかし、本当のところはどうなのかと、生息数の推定を調べてみると、これが結構いいかげんなのである。
カモシカやシカの場合、生息数を推定するには、通常、区画法と呼ばれる方法が使われる。調査地区をいくつかの区画に分け、それぞれに調査員を配置する。そして一斉に歩き回り、目撃した時間と数、個体の姿形や逃げた方向などをチェックする。それを集計して重なる個体は除きながら、誤差も見込んで数字を出す。一九八三〜八四年の環境庁調査では、カモシカは本州・四国・九州に約10万頭と推定されている。
これだけでも、大した増加だ。しかし、また別の疑惑が生まれてきた。
「区画法は、もっとも信用できる方法だといわれています。ところが、最近になって疑問が出てきたんですよ。群馬県でヘリコプターによるカモシカの調査をしたんです。カモシカは縄張りを持っているし、動きが鈍いので、装の落ちている季節なら空からよく観察できますから。そこで何度か行い、同じ地区を区画法の推定値と比べると、約二倍も多かったんです」(農林水産省森林総合研究所関西支所・鳥獣研究室の北原気流さん)
これまでの推定値は、実際の二分の一だった!
この調査は、群馬県草津から尾根を越した東面の丹下、上沢渡と呼ばれる標高700〜1510メートル地帯で行われた。ヘリ調査と区画法調査の面積は違う(1314ヘクタールと316ヘクタール)ので、単純に比較はできないが、平方キロメートル当たりの個体数は、5・7頭と2・3〜2・96頭。平均では約二倍の差だが、場所によっては三倍、四倍もの差が生まれている。おそらく区画法では、調査員が入ることによって逃げたり隠れたりする個体がいたのだろう。
森林の「食害」の犯人は他にもいた
『「森を守れ」が森を殺す』田中敦夫氏著 藤森健二氏発行 株式会社洋泉社発行所 1996
もし全国のカモシカ推定生息数が二倍にもなったら、野生動物の管理について根本的に考え直さなくてはならない。
「それに食害については、もっと根本的なことを忘れていますね」と北原さんは言う。
「食害を引き起こすのは、カモシカだけではなくシカも同罪なんです。いや、カモシカより深刻かもしれない。それなのに、ほとんど注目されなかった」
たしかにカモシカが、ヒノキの苗を食べたのは事実だ。しかし、同じ食性を持つシカについてはあまり触れられなかった。カモシカはウシ科、シカはシカ科とまったく違う動物ながら、その生態は非常に似ている。足跡、フン、そして食痕、いずれをとってもカモシカとそっくり。専門家でさえ区別がむずかしいほど似ているのだ。
だから、カモシカが食害を起こすなら、シカもヒノキ苗を食べても不思議はない。
だが、被害に遭っている林業家が「犯人はカモシカ」と断じており、擁護派もカモシカの是非を論じるばかりだった。仮にシカが食べていると気がついても、シカも保護0.対象とするだけに声を上げなかったのだろう。擁護派は、食痕を調べて「カモシカではなく、ウサギ」だという発表もしていた。ウサギなら保護しなくてよいと考えたのだろうか。
シカは人からすぐ逃げる。二、三百メートルの距離でも気づいて逃げるためシカに気がつかないまま終わる人が多い。ところがカモシカは、人と対面してもすぐには逃げない。むしろ立ち止まって人間を観察する。生態の違いが「犯人はカモシカ」の思いを林栗関係各に抱かせてしまった。しかしカモシカには、共犯者がいたのだ。
フソカは、性成熟が早くて毎年仔を生みますから、増える速度も1‐1ぃIいと思います。そのうえカモ
シカよりすばやいので目につきにくい。また葉だけではなく木の皮も食べることがわかってきました。角磨きでも樹皮を剥ぎます。これまでカモシカやクマだと思われていた林鳶被害が、シカだった可能性もあるでしょうね」(北原さん)
今では、シカとカモシカは、あきらかに増えたと確認されている。原因は、天然林を伐ったからだ。原生林の林床には、光が差し込まず餌になる草は少ない。野生動物は、さほど増殖しない。となる。一九五〇年代から七〇年代まで日本全国に造林地が広がったが、それが一時絶滅を心配されたカモシカとシカを爆発的に増加させたのである。
そのうえカモシカやシカにとって、ヒノキの稚樹は「ほかの食べ物」よりおいしいらしい。草が豊富な時期でも、まずヒノキ菌を狙って食べているからだ。
もっとも現在、カモシカ論争は一段落している。一九七九年の文化庁、環境庁、林野庁の三庁合意により、ニホンカモシカの保護政策を種まるごとの保護から地域指定に切り換えることになったからだ。全国十五の保護地域を指定し、それ以外の地域では頭数管理を行う予定だ。しかし、それ以前に植林地が減り、被害が目立たなくなった。カモシカが食べられる稚樹は、せいぜい四、五年生までで、それ以上になると背丈が高くなり、おいしい頭頂部にカモシカの口が届かないからだ。やがてカモシカが餌に困り、淘汰が進む可能性もある。
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間違いだらけの「森林危機」の論じ方
『「森を守れ」が森を殺す』田中敦夫氏著 藤森健二氏発行 株式会社洋泉社発行所 1996
『緑のダム、人工のダム』(亀田ブックサービス)を書かれた新潟大学の岡本芳美教授によると、基盤岩層の上にある土層は、中腹部でIメートルほどだという。ここに溜まる水の量など、山全体からすればわずかに過ぎない。しかも、豪雨が降ればあふれるし、水が滞留している期間は短く、さらに深い層に水を透過させる役割を持つだけだという。渇水期に湧く水は、森林土壌からではなく、もっと深い母岩部の小空隙に染み込んだ水分である。岩といっても、実際は節理と呼ぶ割れ目が走っていて、かなり深くまで水が染みるようだ。
割れ目のような小空隙は毛管作用もあって水をなかなか逃がさないから、永く保水し徐々に吐き出す。この空隙の量が渇水期の流出量を決めるが、これは母岩の性質や風化の度合いによって決まるから森林の有無とは関係ない。
そのほか水源涵養機能説の説く蒸数量の違いも、森林の方が歩が悪い。森林は、自ら生長するために水を消費する。光合成を行うには水が必要なのだ。裸地と森林では森林の方が表面積が広いから蒸発量も多い。事実、先の山本徳三郎の言い分か正しいことは、その後に行われた数々の実験で確かめられている。どれくらい森林が水分を奪うのかは、条件があまりに多岐にわたるので軽々しく決めつけられないが、目本の山の場合なら年間二百ミリ前後だと考えられている。
森林が空気中の水分を捕らえるという仮説も、谷間など特別な地形ならば可能性はあるが、それも森林による蒸発散量より多いとは思えない。
では、山に森林は必要ないのか。
「林地は禄地や草地に比して、蒸発散量は多いが、洪水成分を緩和し、流域からの土砂流出量を 著しく軽減しています。また、蒸発による局地的な損失は、広域的に見ればほかの地域への降水の湧源を供給していることにもなります。それに山地を森林で覆わなくてはならない最大の理由は、土壌浸食を防ぐ点にあると思います。下流の土砂災害の防止や養分保持に森林は無くてはならないのです」(福鴬さん)
森林に降った雨は、いったん土に染み込み一部は溜め込まれるが、再び土中をゆっくり移動する。そして森林が自ら消費するとともにゆっくりと吐き出す。だから一気に川の流量を増やさない。流量の変化を穏やかにするのだ。これは洪水調節作用である。
落葉層やふかふかの森林土壌は、降雨を受け止めるクッション作用が大きい。豪雨でも水滴で表土を削られずに済む。そして流れる際も、根が土を抱えているうえ、枝葉・根が水の勢いをなくすから土壌を削ることも最小限に抑える。いうならば、保水力ならぬ「保土力」があるわけだ。
福嵩教授の研究によると、禄地と百年生の森林を比べた場合、流量の変動幅は、森林があった方が約半分になるという。また時間変動量もずっとなだらかになる。
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