新!サブやんの気まぐれ調査研究

サブやんの気まぐれ調査研究の続編です

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 大量に植林された唐松
 官民一体となって植えたカラマツ

 適地適種もなく
 苗がなくなるまで
 植え続ける
 
 火山灰でも
 砂岩中でも
 岩盤の上でも

 カラマツを植えた

 そのカラマツが倒れていく
 自らの目方を支えきれずに

 足元を水で掬われ洗われ
 他愛ももなくカラマツは倒れる

 人間社会から見放されたカラマツは
 今日も倒れる

 なぜ植えたの
 なぜ放置するの

 ここは天然林
 それをすべて伐って
 カラマツを植え、杉を植え
 そして桧を植える

 そして
 枯れる
 倒れる
 挫ける

 この国では
誰が森林を保護して育成していくのか
育った木を誰が使うのか

 悩みながらカラマツが
倒れる。今日も明日も-------  

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何でも間でも捨てる
ここは史跡名勝地

伐り棄て間伐放置
鹿の皮剥き被害
行き場のない水

そこにこのゴミ捨て場はある。
付近は○○県では有数な観光地

そこに棄てられていた
大量の精神安定剤剤か?

もしや!
付近を捜すこと2時間

しかし何も変化は認められない

またその場所に戻る

どんどん増える粗大ゴミ
どんどん枯れる森林
どんどん倒れる樹木

そんなことにはかまわず
観光バスが走る
何の観光
無表情の人々が過ぎ去る

----あの大量の薬剤は遠くの地名が 

気になる枯れた花束と供養の跡

ここは富士山に次いで
樹木の墓場

  
 

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森に機械が蠢く
巨大な機械が
草木をなぎ倒す
昆虫も居なくなった
小鳥も居なくなった

音もなくなった
草花もなくなった
誰も入れない森
人々から阻害された森
 
残された赤松は傷つき
啼いていた
呻いていた

何のために
どんな目的で
こんな事業をするの

これで森が育つの
これで小鳥が戻るの
これで昆虫が生きれるの

仲間を失って
倒れそうな木々

がんばれ
俺が支えてやる
俺がともに生きてやる

君は赤松
どんな場所でも
どんな仕打ち受けても

切り裂かれた大地
ここは戦場
ここはキャタビラー森林
これで森が育つなんて
誰も信じない
日本の森林
ここはここは
東南アジアの森林
いや
日本の森林

これでまた
赤松の美林が
日本からなくなった
 
それでも
赤松は勝つ

自力再生で
赤松の森は復活する 

小鳥を呼び
昆虫を呼び
木々のささやきを戻す


 
    

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国宝市川文書の外貌(「信濃」第五巻第7号付録 昭和7年)

史料として史学界に高い位置を占めてる「市川文書」は、今春二月國賓に指定された。今日は、東北きっての大富豪、酒田本間家の所藏に帰して居るが、明治初年までは、米澤藩の大身、市川家の傳家の重宝であった事は云うまでもない。そして、その市川家なるものは、鎌倉初期頃、甲州から、信濃へ移佳した氏人であって、中野氏と併立して、下高井郡越後国境、樒山(堺村志久見)の地頭となり、南北朝後は中野氏を追って爾來、徳川初期慶長三年三月、上杉景勝の部下として会津方面へ移る迄、四百年内外は、日本の最深降雲地たる件の志久見、または箕作(堺村)に連綿居住した氏人であつた。そして、所謂「市川文書」は、この四百年間、彼家及び親戚中野家へ到来した重要の文書を指して云うのである。
維新後は、言わば古文書は「生活に直接關係ない物」になってしまった爲に、嘗ては生命にも代へ難かった重宝も紙屑として流れ出す運命になってしまった。
偶、歴吏研究の興味から、之を買集められたのが.地方史料界の大家、故伊佐早謙先生であった。先生の御話によると.当時是等文書の価格は一枚十銭以下だった,と云うのである。何れにしても、先生の様な篤學者の手にはいったればこそ、これ等の大吏料も今日迄無事に傳えられた、と云うべきであろう。もっとも既に流れ出したものもあったと見え.高田市の謙信文庫内に至徳年間の一通が存在している。が、大体は保存されていると見てよかろう。
去る昭和六年、先生の物故なされると、筆者は六郡教育界の御援を得て、其行衛を捜索する事三ケ年。漸く昭和八年に、本間家に移って居る事を発見し、同家に講いて、全部撮影の宿願を果した次第であった。玻璃版は、即ら其文書の張られてある巻輔物の外形である。大体、このように巻靹にされた時代は戦風末であるらしいけれど、付箋は相當前のものであるらしい。また此巻輸は、戦國期に特製された革筐に入れてあったのであるが、撮影当時の本間家には無かったのを、伊佐早先生の令嗣信氏、(下関地方裁判所長)の好意から本間家へ贈られる事になった。凡ての事は、思ひ出しても感慨無量なるものがある。

http://blogs.yahoo.co.jp/hakusyunetto2009/1603477.html

http://sky.geocities.jp/yamamotokannsuke2003/

http://sky.geocities.jp/sigennkaihatu23/index.html

http://sky.geocities.yahoo.co.jp/gl/itikawamonnjyo

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