新!サブやんの気まぐれ調査研究

サブやんの気まぐれ調査研究の続編です

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

イメージ 1

 他人や関係者の意見を聞くも結構。しかし選ぶ側の意見を聞いてその意向を取り組みに入れることは至難の業である。
 とくに山梨県と静岡県の取り組みの統一性も少なく、両県民とも積極的な対応もない中で、今後の道のりは険しい。
 富士山に現在信仰対象に求める日本人は少ない。また文化的遺産も過去のもである。富士山で展開する自衛隊の広大な土地や活動も阻害要因となる。
 本当にやる気があるのなら、両県知事が先頭に立って考える時期に来ている。

山梨日日新聞 2009年(平成21年)9月25日金曜日

富士山を世界遺産に 文化的景観の価値を探る
富士河口湖で富士山世界遺産フォーラム
パネリスト
 イコモ文化的景観国際委員会委員長 モニカ・ルエンゴさん
 同委員会委員           ナンシー・ポロックさん
 同委員会委員           ジュリエット・ラムゼーさん
 同委員会委員           ノーラ・ミッチエルさん
 和歌山県高野町長         後藤太栄さん
コーディネーター
 富士山世界文化遺産2県学術委員会員 西村幸夫さん
 
富士山の文化遺産登録に向けて6日、富士河口湖の勝山ふれあいセンターで開かれた、国際フォーラム、ユネスコ諮問機関、国際記念物遺跡会議(イコモス)の文化的景観国際委員会のメンバーら海外からの専門家5人が、「文化的景観の保存と管理について考える」をテーマに基調講演などを展開。富±山世界文化遺産2県学術委員会委員の西村幸夫さんがコーディネーターを務めたパネルディスカッションでは、富士山の普遍的な価値の証明などについて活発な意見交換が行われた。

 基調講演 アジア的アプローチによる文化的景観の管理 ナンシー・ポロックさん

文化的寮観とは、いろいろな又化を代表するもので、人間と自然との相互作用が見て取れるものを意味する。富士山の場合、伝説、信仰、民俗が関連した文化的景観といえる。そしてこれらの保護にはコミュニティーの存在が大きくかかわってくる。
コミュニティーが景観を保護した例として、滋賀県の「近江八幡」がある。中心地の運河に駐車場を設置する計画が浮上した際、運河が通商を担ってきた伝統を守ろうと、地元の有志が立ち上がった。今では土地利用や開発に関する規制やガイドライ
ンを設けている。暴観を守るためにはいくつかの行政が関与してくる。いろんな考え方を省庁、県などのレベルで話し合って妥協する心を持つことも重要。
(ナンシー・ポロックさん----オーストラリア・アデレード大教授で、専門は景観設計、都市計画。2006年には東京大客員研究員を務め、東京・谷中の街並み保存に携わったほか、同大の横張真教授らと滋賀県近江八幡の研究を行った。2000〜08年までイコモス文化的寮観国際委員会のカナダ代表)《山梨日日新聞 2009年(平成21年)9月25日金曜日》

基調講演 受け継がれる文化的景観の精神性と審美性 ジュリエット・ラムゼーさん

世界遺産の価値証明を行う評価基準の中では、価値の範囲を示すインジケーター(指標)が大切になってくる。しかし指標の適用方法は時代によって変化してきている。評価基準6は伝統や芸術など無形の価値を示しているが、2008年に国際記念物遺跡会議(イコモス)がまとめた論文では、顕著で普遍的な芸術価値には触れていない。芸術の価値の解釈は難しいということだ。
一方、評価基準7は最上級の自然現象とたぐいまれな自然美を持つ地域の概念を定めている。国際自然保護運台(IUCN)はこれらは主観的な価値だと一言っている。美的な資質とは自然の崇高な力であり、富士山を考えるときにも適用できるかもしれない。
(ジュリエット・ラムゼーさん----景観プランナー。長年オーストラリア政府の環境、水遺産、芸術省遺産局にイコモス文化的景観員会オーストラリア務め、国際会議やシウムで景観の美的価史的庭園の類型学、文化遺産評価の方法に関する多くの論を著している)《山梨日日新聞 2009年(平成21年)9月25日金曜日》


基調講演 中国の信仰の山について ルーズさん

中国における文化的景観が生まれた背景には、水利計画の一部から成り立ったものと、その場所自体に又化的意義を持つものの二つに大別される。中国・五台山は文化的意義を持つもので「聖なる山」という概念で初めて世界遺産登録された。2007隼に文化的価償と自然的価値を組みあわせた推薦文書を世界遺産センターに提出したが、センターは文化的価値の重要性を指摘し、再度文書を作り直した経緯がある。構成資産も40から10に絞り込んだ。自然と又化の両方が互いに影響を与えることで新たな文化的景観も生まれる。その例として富士山があると思う。自然が影響を与えるからこそ信仰につながり、五台山の場合は仏教のよりどころとなった。
(ルーズさん----中国・清華大教授、中国イコモス国内委員会副委員長。中国国内の天国寺、佛光寺、チンギス・ハン廟、旧江南造船所の保護に関する総合墓本計画策定など、文化遺産保全プロジェクトを数多く手がける。現在では四川大地震後の遺産保謹活動にも尽力している。《山梨日日新聞 2009年(平成21年)9月25日金曜日》


 モニカ・ルエンゴさん

イコモスには、建築家、法律家、保全などの尊門家が集まっている。文化的景観にはそれだけ多くの自然要素、地質、芸術、歴史がかかわってくるということで、国際的な豊かな視点でアブローチすることが求められている。特に、富士山のように広大で複雑な資産の場合は非常に長いプロセスが必要になってくるだろう。
保存管理計画は、文化的景観のすべての側面を分析する必要がある。また、日本人という観点からだけでなく、「海外から見たらどうか」という分析も必要だ。
富±山が世界遺産に登録されるというのは、これまでの取り組みに対するご褒美ではなくて、みなさんに富士山を保全するという一つの義務を課すことだ。そしてみなさんは自分たちのためではなく、人類のために保全の義務を引き受けるということ。登録が重要ではない。
(美術史家、景観設計家。イコモス文化的景観国際委員会委員長。文化省、国立遺産局のもと、王立マドリード植物園、アランフェスなどの歴史的庭園や文化的景観の修復、記録を手掛ける。文化的景観、歴史的都市景観、スペインの歴史的庭園に関する著書も多数。)《山梨日日新聞 2009年(平成21年)9月25日金曜日》


オーラ・ミッチェルさん
 
 多くの外国人は海外に渡った芸術作品などから、既に心の中で富士山のイメージを持っている。それでも実物をこの目で見たときのすばらしさは大きい。国境を超えて多くの人に伝えることができる多様な文化的価値を有している。強いパワーも感じ、多くの芸術家にとって創造の原点となったことも理解できるし、文化創造の源泉として富士山が存在したことも分かった。
一方で、富士山は圧倒されるような規模で、守るためには複数の省庁、機関、団体がかかわってくる。これらが協国際的な視点で分析を保護へ続括組織が重要。
富士山の物語牲を共有するためには観光産業も必要だきで、これらを総合的に管理できる組織が必要だが、持続可能な観光産業でなければならない。自分たちの大切な場所を維持し、訪れる旅行者と分かち合うようにしていくこと。時には制限が生じるかもしれないが、特別な場所を守るきっかけなんだと、理解してほしい。《山梨日日新聞 2009年(平成21年)9月25日金曜日》


ナンシ・ボロックさん

保存管理計画をある程度の権限をもって管理していく上位の団体が求められる。これだけ広大で、複雑な資源の富土山を見たときに、山梨、静岡両県の協力も必要だと感じた。景観的、政治的な境界線で区切るのではなく、又化、自然のシステムによって定義すべきで、これらを総合的に管理できる組織が必要だ。
富士山を保護する上で、いろいろな行政の施策が、異なるレベルであることも理解している。ここで重要なのは地元、地域社会の基盤だ。世界遺産登録を実現するためには一定の合意を地域社会に創造する必要がある。合意を得るためにはコミュニティーの場での意見交換や教育、または、法体制を整えて行うやり方が考えられる。しかし、その中で単に富士山を対象物ととらえるのではなく、周辺の環境、保護に至るまでの過程を忘れず、景観という視点を持ち続けてほしい。《山梨日日新聞 2009年(平成21年)9月25日金曜日》


ジュリエット・ラムゼーさん

富士山は神の手によって刻み込まれたような美しさを持っている。とても女性的で、白い衣装をまとっていて、機嫌の良いときには服を脱いで姿を見せてくれるが、また隠れてしまう。訪れた人に物語を与えてくれるようだ。
大きな景観を評価するときには、まずテーマを見つけること。歩んできた歴史や気候、植生などすべてに文化的景観が出てくる。それらが、その士地が持っているストーリー性にどのように影響を与えているか。そこから価値観を生み出していって、どのように管理するのかの手法を見いだしていくものだ。ストーリーを管理する上で、地域の住民の参加が重要になり、そのための住民の教育も必要。冨士山の正しいストーリーが訪問者にしっかりと伝えられるようにガイドの訓練も求められる。《山梨日日新聞 2009年(平成21年)9月25日金曜日》


後藤太栄さん

富士山は山梨県の人のものではない。日本人みんなのもの。世界申の子どもに山の絵を描かせると、ピーク(頂上)のある山を描くが、日本の子どもはほとんどが、ピークを持たないすその広い富士山のような絵を描く。日本人の精神構造、社会性、自然観を構築してきた中に富士というものがかなり影響してきたのだと患う。
岐阜県・白川郷のかやぶきのふき替え費用はだれが出しているか。文化庁や村ではない。昔から残る結という風習がすべてをマネジメントしている。普遍的な価値というのは社会的システムが機能していなければ絶対に残らない。
高野町は小さなコアゾーンが集まった所なのでできたのだが、2隼前に景観行政団体という形で管理を行うようになった。自ら法律をつくることができて、あらゆる規制を設けている。富士山の場台は広大で台意形成は非常に難しいかもしれないが、こうした覚悟が必要ではないだろうか。
(ごとう・たいえいさん 和歌山県高野町長、宗教法人大乗院住職。1957年、同県生まれ。高野山大文学部密教学科卒業。95年に高野山世界遭産登録委員会委員長に就任、「紀伊山地の霊場と参詣道」の世界叉化遺産登録に尽力した。同町議会議長を経て、2004年9月から現職。)《山梨日日新聞 2009年(平成21年)9月25日金曜日》

イメージ 1

明治から大正へ

天皇の元号によって歴史を区切るということほど愚かな所業はないが、明治天皇の存在が国民にあまリにも重く大きかったため、この天皇の死はひとつの時代の終リを多くの人々に実感させた。
大正時代はいわば「雪解けの時代」「リベラルの時代」「民衆決起の時代」となったのである。おりしも桂内閣が民衆のカによって倒されるという「大正政愛」起こったため、なおさらであった。


友愛会
日本の庶氏にとって、明治天皇の存在は近代日本の栄光の象徴であった。その「偉大な大帝」の死は、そのまま一つの時代の終焉を意味していた。当時、東京の中学生だった芥川龍之介でさえ、二重橋へ出かけようとしたほどだった。この「大帝」の存在感の重さが薄れることによって大正の歴史が始まる。
明治天皇の死の直後、鈴木文治ら一五名がひそかに統一塞督教会の一室に集まり、労働者の親睦と相互扶助を目的にした「友愛会」を結成した。これは明治社会主義の運動とは切れた運動であったが、しだいに労働者の広い共感を得て、大正五年(一九一六)の創立五周年大会では会員二万二〇〇〇をかぞえるまでに発展していた。やがて「労働総同盟友愛会」改称し、新しい民衆運動の担い手となってゆくのである。(日本歴史展望第12巻 大正―昭和 戦争と平和に生きる 旺文社)

参考サイト
Yahoo!百科事典 http://100.yahoo.co.jp/detail/%E5%8F%8B%E6%84%9B%E4%BC%9A/
友愛会   http://www.netlaputa.ne.jp/~kitsch/taisho/jikoh/yuai.htm

全1ページ

[1]


.

標準グループ

過去の記事一覧

検索 検索
サブやんの気まぐれ調査研究その2
サブやんの気まぐれ調査研究その2
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事