新!サブやんの気まぐれ調査研究

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山梨県文学講座 山梨県に風林火山旋風を起こした作家井上靖
(『国文学 解釈と鑑賞)』昭和48年6月臨時増刊号 戦後作家の履歴)

〔評価】
芥川賞受賞に先立って、井上が佐藤春夫に「猟銃」を見てもらったとき、佐藤が「何はともあれ第一に面白い、理窟なく面白いには相違ない。この点だけで外の詮議はもう沢山という程に面白かった。小説の面白さというものを大ぶん暫く忘れようとしている我国で、それを久」ぶりに思い出させるに足るものに思えた」といったということは有名である。審査のときにも佐藤が推したには相違ないが、「闘牛」に賛成が五名、「猟銃」が二名、他の作品が二名で、受賞が決定している。
井上はすでに昭和十一年に、小説「流転」で千葉亀雄賞を受けているが、かれの作品で文学賞を受賞した作品は多い。すなわち「天平の甍」は昭和三十二年度芸術選奨文部大臣賞、「氷壁」は昭和三士二年度芸術院賞、「敦煌」「楼蘭」は隅和三十四年度毎日芸術大賞、「淀どの日記」は昭和三十六年度野間文芸賞、「風濤」は昭和三十八年度読売文学賞をそれぞれ受賞している。
かれの作品は世上「中間小説」の名で呼びならわされており、その叙情性とストーリー・テラー的な才能とを、かれ独特の作風とするものが多い。しかし私見によれば一見叙情的とみえるのは、実は象徴的な傾向であり、ストーリー・テラーとみえるのは、むしろドラマチィックな方法によるところのものなのである。かれが「闘牛」「黯い潮」「氷壁」「渦」「傾ける海」などのように、社会的な事件に取材した作品に成功しているのは、かって新聞記者であった手腕の賜物であろうが、真に叙事的な作風を樹立したのは、「天平の甍」などの歴史小説においてである。「城砦」「化右」「星と祭」では、いわゆる「中間小説」から一歩出て、人生をシリアスに追究しようとしているのである。(三枝康高)

山梨県文学講座 山梨県に風林火山旋風を起こした作家井上靖
(『国文学 解釈と鑑賞)』昭和48年6月臨時増刊号 戦後作家の履歴)

【代表作品】

井上の作品のレパートリーは幅が広い。現代に取材した小説にも、この「闘牛」系列の作品と、「猟銃」系列の作品がある。そして「黯い潮」は両者の傾向を巧みに総合した作品で、「氷壁」も同じ作風の小説である。人生をまともに追究した長編には「城砦」「化石」「星と祭」がある。また短編は「グウドル氏の手套」(『別冊文芸春秋』昭
28・12)、「嬢捨」(『文芸春秋』昭30・1)、「芦」(『群像』昭31・4)、「花の下」(『群像』昭39・6)、「月の光」(『群像』昭44・8)のように身辺に取材したもの、「漆胡樽」(『新潮』昭25・4)、「玉碗記」(『文芸春秋』昭26・8)、「ある偽作家の生涯」(『新潮』昭26・10)、「川の話」(『世界』昭30・7)、「鬼の話」(『新潮』昭40・2)など虚構の世界を描いたものがある。歴史小説は「天平の甍」のほか、「楼蘭」(『文芸春秋』昭33・7)、「敦煌」(『群像』昭34・1〜5)、「蒼き狼」(『文芸春秋』昭跳・10〜35・7)、「風濤」(『群像』昭38・8,10)、「後白河院」(『展望』昭39・10〜40・11)などが薯名である。

山梨県文学講座 山梨県に風林火山旋風を起こした作家井上靖
(『国文学 解釈と鑑賞)』昭和48年6月臨時増刊号 戦後作家の履歴)

【文壇処女作】

「闘牛」(『文学界』昭和24・12)。
主人公は終戦直後の大阪の新興新聞の編集局長、津上である。かれは社運を賭して大がかりな見世物の闘牛大会を企画して、雨のため見事に失敗する。かれは深い孤独の影を宿した人物であり、闘牛に賭けることもせず愛人を酔わせることもしないニヒリストである。しかも同時にかれは、今目の社会のもっとも活動的な場面を駆けまわるジャーナリストであり、むしろ人生の勝負師であって、その行動の跡を追うことによって、現代の行為の意味や無意味を追究しているのである。
井上はこの作品によって、昭和二十五年二月第二十二回の芥川賞を受賞した。

山梨県文学講座 山梨県に風林火山旋風を起こした作家井上靖
(『国文学 解釈と鑑賞)』昭和48年6月臨時増刊号 戦後作家の履歴)

【略歴】
明治四十年五月六日、北海道上川郡旭川町第二区三条通一六の二に、父隼雄、母八重の長男として生まれたが、当時父は第七師団軍医部勤務の陸軍二等軍医であった。
大正二年、かれが七歳のとき、父母のもとを離れ、井上家の郷里、静岡県田方郡上狩野村湯ヶ島に住む祖母かののもとで生活することになり、翌年湯ヶ島小学校へ入学した。当時のことは小説「しろばんば」、随筆「幼き日のこと」などにくわしい。
大正十年になると、浜松中学校へ入学、ようやく親もとから通学しはじめたが、翌年父が台北衛戊病院長に転勤のため、三島の親戚に下宿して沼津中学校へ転校した。このころのことは「夏草冬濤」に小説化されている。
昭和二年になってふたたび父の任地、金沢の第四高等学校理科甲類に入学し、柔道部にはいって二年間選手生活を経験したが、先輩と衝突して他の部員とともに退部した。その情念のたかぶりから、かれは大村正次の『日本海詩人』に詩稿を送り、もっぱら詩作にふけるようになった。
かくて井上は九州大学法文学部に在籍したが、上京して福田正夫の『焔』の同人になり、さかんに文学書を乱読した。折しも大陸では満州事変が勃発し、父は陸軍軍医少将に昇進して退職し、昭和七年にはかれも九大を退学して、京都大学哲学科に入学、美学を専攻した。京大に在ること四年、その間に同人雑誌『聖餐』を刊行し、昭和十年十一月、京大名誉教授、足立文太郎の長女、ふみと結婚している。すでにかれは戯曲「明治の月」を書き、『サソデー毎日』の懸賞小説に応募して当選、「流転」で千葉亀雄賞を獲得し、それが機縁となって毎日新聞杜大阪本杜に入社し、学芸部に勤務した。当時学芸部長は井上吉次郎で、まず宗教関係、ついで美術関係を担当させられ、石川欣一が部長になると京大の大学院に籍を置いて、美術を勉強しなおした。
これより先、昭和十二年七月に日中戦争が起こり、九月には井上も応召して第三師団輜重隊に入隊、北支方面の各地に駐屯したが、翌年一月には病気のため内地送還を命ぜられ四月に除隊した。
昭和十六年十二月、太平洋戦争が勃発すると、かれは二度までも新聞記者をやめようと試みて果たさず、杜会部勤務に転じて、二十年八月十五目、終戦の記事を書いた。
戦後かれはふたたび詩作に専念して、『京都大学新聞』や関西の同人雑誌などに詩を発表し、児童詩誌『きりん』の編集に参加した。
昭和二十二年、四十歳になったかれは小説を数編書いてそのなかの一編が佐藤春夫の激励を受け、『文学界』の二十四年十月号に「猟銃」、十二月号に「闘牛」、『別冊文芸春秋』第十四号に「通夜の客」を発表した。かれが芥川賞を受賞したのは、翌二十五年二月で、受賞作晶は「闘牛」であった。
かれの作家としての旺盛な活躍はこのときに始まり、以後新聞杜幹部の了解のもとに、出勤を自由にして創作に専念することになった。
この年三月には文芸春秋杜から最初の作品集『闘牛』を刊行し、「その人の名は言えない」を『新大阪新聞』に、七月には「黯(くろ)い潮」を『文芸春秋』にそれぞれ連載しはじめ、一年間に二〇編の小説を書いた。
翌二十六年五月には毎日新聞杜を退き、作家生活に入るというかねてからの宿願を達成した。この年はまた大阪・琵琶湖・丹波地方にしばしば旅行し、取材のための活動もさかんに行なって、以後創作のあい間に各地に赴くことが多く、二十九年には早くも講談社から作品集五巻を世に問うにいたった。
昭和三十年、かれは自ら受賞した芥川賞の選考委員になり、八月には『別冊文芸春秋』に「淀どの日記」を発表しはじめ、翌三十一年十一月から『朝日新聞』に連載した「氷壁」は、ひじょうな好評を浴びた。
三十二年三月から『中央公論』に「天平の甍」を連載しはじめ、十月には第二次申国訪問日本代表団として、山本健吉らと約一か月にわたり中国各地をまわった。
この年四月、三笠書房から『井上靖長編小説選集』全八巻、昭和三十五年十一月には新潮杜から全集のかたちで、『井上靖文庫』二六巻が刊行された。その間に書かれた「蒼き狼」は大岡昇平とのあいだに論争を起こし、「憂愁平野」は一そう多くの読者を獲得した。かくてかれの行動半径もしだいに大きなスケールに拡大し、三十五年六月には毎日新聞杜からローマ・オリソピックに特派され、翌年六月には中国対外文化協会の招きによって、亀井勝一郎らとふたたび中国に赴くなど、海外族行に出かける機会もしだいに多くなった。以後作品数を制限して、人間の生き方に深く関わった小説を書くようになり、昭和三十七年七月から『毎日新聞』に連載した「城砦」、四十年十一月から『朝日新聞』に連載した「化石」、四十六年五月からおなじ新聞に連載した「星と祭」などで、かれ独自の運命観を示している。また「楼蘭」「敦煤」「蒼き狼」「風濤」「後白河院」などの歴史小説も世評が高く、「姥捨」にはじまり「月の光」にいたる身辺に取材した佳作もある。

山梨県文学講座 山梨県南都留郡谷村に生まれた壇一雄氏
(『国文学 解釈と鑑賞)』昭和48年6月臨時増刊号 戦後作家の履歴)
【略歴】
明治四十五年二月三日、山梨県南都留郡谷村に生まれた。
本籍地は福岡県山門郡沖端村。父の職業(工業試験所の技師)の関係で東京・福岡・久留米・足利を転々とした。足利中学校・福岡高等学校・東京大学経済学部経済学科卒業。高等学校時代は、ショーペンハウエル、二ーチェ、小林秀雄、佐藤春夫、横光利一、滝井孝作などを愛読。東京大学在学中の二十二歳の折、庄野義信などと同人誌『新人』をつくり、処女作「此家の性格」を発表。これを機に古谷綱武・尾崎一雄・
太宰治・浅見淵らと相識り、佐藤春夫に師事することになる。このころの生活は自由奔放なものであった。
昭和九年四月、古谷綱武らと季刊誌『鶴』を飢刊するも二号で廃刊。
続いて同年十二月、太宰治・津村信夫・中原申也らと『青い花出を創刊』たが、
昭和十年三月『日本浪蔓派』に参加し、同年十二月『日本浪曼派』に発表した「夕張胡亭塾景観」で第二回芥川賞候補となる。
昭和十二年処女作品集『花筐』を上梓し、同年七月応召して以来、除隊後も満州・中国などを遍歴して昭和二十年五月帰国。その時期は野問文芸奨励賞受賞の「天明」以外は、創作活動は沈黙していた。戦後「リツ子・その愛」「リツ子・その死」によって文壇に復帰し、「長恨歌」並びに『新大阪新聞』連載中の「真説石川五右衛門」で第二十四回直木賞を受賞し、のち中間小説・通俗小説も数多く書き、最近では『サンケイ新聞』に「檀流クッキング」なども連載している。

【文壇処女作】
「終りの火」(『人間』昭23・2)は短編で、肺結核で病臥中の愛妻の臨終までを私小説ふうに淡々と描いている。夫の妻へ、幼い子供へ示す愛晴の重層が、死と生の様相を浮きぼりにしていき純粋な魂の在り様が作品の根源となっている。続いて「父子来迎」『作品』昭23・8)たどの発表によりて、いわゆる大作「リツ子・その愛」「リツ子・その死」(昭24、作品社)の端緒につくが、戦前すでに八編の短編を収録した処女作品集『花筐』(昭12、赤塚書房)があり、そのなかの「此家の性格」は、役者買いをする
母親、行方不明であった父親の帰宅、父親と母親とのいさかいなど、暗い家庭が描かれている。だが総じて「花筐」一冊は青春の物語といえる。さらに直木賞受賞の「長恨歌」(『オール読物』昭25・10)、「真説石川五右衛門」(『新大阪新聞』昭25・10〜26・12)などの歴史小説もある。

【代表作品】
『花筐』、『リツ子・その愛』、『リツ子.その死』、『小説太宰治』(昭24、六興出版杜)、「元帥」(『新潮』昭25・6)、『長恨歌』、『真説.石川五右衛門』、『ペンギン記』(『新潮』昭和27.9)、「光る道」(『新潮』昭31・5)。

【評価】
檀の今日までの文学活動は、戦前と戦後との二つの時期に分けて考えられようが、彼の文壇的地位を不動にしたものは、リツ子ものの完成である。「終りの火」が発表されたとき、平野謙は「やはり私としてはその題材の陰惨さにもかかわらず、全篇にながれる一種清爽の印象をすなおに表白する以外にない」(『文芸時評』鯛38、河出書房新杜)と評している。著者自身は、大陸から帰国して、妻の病臥・死、そして敗戦による混迷の状況にあったとき、佐藤春夫から「着の北中南支縦断の旅の思い出から愛妻の死に及ぶ作品を描くならば、それは君の生涯の作品となるだろう」(『出世作のころ』、昭44、読売新聞社)と手紙で明示されたという。リツ子ものにあるのは、まさに愛と死の無垢なるたゆたいの美しさである。檀の文学的資質には、一方、直木賞受賞作品のような歴史小説、あるいは捕鯨船乗船の記録である『ペンギン記』などもあり、また、通俗小説も書きまくっている。著者の文学的交友圏をみても察知できるように、生活を賭けて一つまり生活も文学も異次元のものとするのではなく、全く同次元のものとして文学活動を行なっていく数少ない作家の一人である。たとえば、「火宅」(『新潮』昭38・2)などの一連の作品は、女優恵子との情事を描いたいわゆる恵子ものであるが、そこでは奔放自在な生活記録がそのまま作品となっていて、それなどは生活を遊ぶことのできる著老の文学的資質の一つであろう。そういう意味でも、三島由紀夫が『花筐』の諸編を愛読したということに象徴されるような耽美的ロマンティシズムだけではなく、放縦不覊の快男児的ロマンもあわせもっている。彼の文学的活動をみていくとき、そこに日本浪曼派の系流的痕跡があるのに気づくのである。

【竜門挿話】
直木賞受賞の作品に対して、瀬沼茂樹が「彼はこの種の通俗小説に、自伝的な作品よりも、縦横に才能を発揮できる要因がたぶんに含まれていることは、もはや多く説くまでもない」(「人と文学」『現代文学大系53』昭42、筑摩書房)とみているのは、檀の文学を語るにはなはだ示唆に富んだ意見といえよう。(馬渡憲三郎)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AA%80%E4%B8%80%E9%9B%84

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