新!サブやんの気まぐれ調査研究

サブやんの気まぐれ調査研究の続編です

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自然講座 帰化植物が示す自然破壊度
 
市街地    27.67
住宅地    18.13
南部水田   14.49
河原草原   13.32
台地寄り水田  7.19
台地草原    4.90
林地      4.39
 
上図は干葉大学の沼田真教授(植物生態学)らが、千葉県市川市において調査した帰化率を示したものである。環境
別に選んだ9地区に、それぞれ60メートル平方の調査区をいくつかずつとって平均帰化率を算定している。
ここでは、明治以降に渡来した植物だけを帰化植物として扱っているが草原や林地など人為的影響が比較的少ないところの帰化率は、きわめて低い。それは在来の植物が長い時間をかけて安定した植生をつくり上げており、外来者のはいり込む余地を与えないからである。これは、1951年の調査であるが、その後、都市化が進んでいるので、立地ごとの帰化率の差は、もっと広がっていよう。
自然講座資料 日本列島における自然保護の方向
(『日本人と自然』「ライフ ネイチャー ライブラリー」タイムライフブックス編集部)一部加筆
 
 地球の起源以来、地球自体に内在するエネルギーと物質、それに加えて太陽からのエネルギー供給によって、地球自体が変化し、そのなかで生物を生み出した。
“生物と環境とは別々の存在ではなくて、もとはひとつのものから分化発展した、ひとつの体系に属している”(今西錦司)。生み出された生物の生命活動は、酸素を放出し、炭素を固定するなど、地球という生存の場を変化させ、生命形態そのものを変化させつづけて現在に至っており、もとより日本列島においても同様である。
 ところで、人間の経済活動は、この生態系の消費と破壊のうえにのみ成立してきた。今日、まず第1にしなければならないのは、人間の生存が、自然の生態系とどんなに深いかかわりあいをもっているかを明らかにし、人間も生態系の一員なのだということの深い認識をもつことであろう。食卓に並べられる食物をじっとながめ、それが社会的所産として生じながら、しかも、自然の産物であることを考えてみる必要があろう。地球生態系の機構のなかでだけ、わたしたちは生きることができるのである。自然保護の基本的理念のひとつは、そこにある。そしてまた、同時に進めていかねばならないことは、現実に人間が生態系をどのように消耗し、汚染しているのかを徹底的に調べ上げることである。破壊と汚染の直接的な防止とともに、生態系と調和した人間生活のシステムを、どのようにつくり上げていくかという方向の新しい技術改革がここに要求される。いわゆる経済成長至上主義によっては、この方向への前進はありえないだろう。
 ところで、わたしたちは、生態系の構造とその進化の道程を、ましてや地域的な特徴を、まだほとんど知ってはいない。早急な、集中的な研究活動と自然の保護が叫ばれるゆえんである。新しい作物や家畜も積極的につくり出していかねばならないが、それらも、もとは自然の生態系のなかに求めねばならない。水資源や森林資源の確保、大気の浄化、気候変動のコントロールなどの役割も自然の生態系に負わざるをえない。また、保健、レクリエーションの場としても自然の生態系に対する人間の要求は、今後も増大する一方であることが予想される。
 しかし、人間の生存と原始自然の保存とは根本的に矛盾する面があるし、自然に対する人間の要求それぞれの間にも矛盾対立が必然的に生じている。たとえば、学術的資料として保存される地域は、同時にレクリエーションの場としては利用できない。
 自然の生態系と人間の生活とを、どうしたら矛盾なく両立させていけるか、これが現代人に課せられた最大の難問であるが、どうあっても解決しなければならない課題なのである。自然の保護は生態系全体としての保護でなければならないが、保存すべき生態系の単位をどこにおくべきかもまだ十分にわかっていない。人間生活の将来設計は、全地球的な規模で検討される必要もある。
 さて、1973年4月1日から、“自然環境保全法”が施行された。これは、一定の地域を自然保護地域として、環境庁長官または都道府県知事が指定し、自然環境を保っていこうとするものである。
この自然保護地域は、
   さらに人工をいっさい加えない“原生自然環境保全地域”、
   自然環境を必要な範囲で適正に守っていく自然環境保全地域”、
③これらに準じて都道府県知事が指定する“都道府県自然環境保全地域”
の3つに区分される。そして、たんに特定の動植物を保護しようというだけでなく、指定された地域の現状変更を許可制にするなどの措置が講じられている。
 いままでにも、国立公園、国定公園、海中公園、都道府県立公園が指定され、自然保護の機能を負わされていたはずである。 しかし、観光、行楽客優先の施策しかとられず、自然保護のためよりも、むしろ、現金収入の多い商品として機能してきたといってもいいすぎではないだろう。 197212月現在で、国立公園は26か所、総面積約199万ヘクタールで、全国土の約5.35パーセント、国定公園は46か所、総面積約100万ヘクタールで、全国土の2.71パーセントになる。また、都道府県立公園は、全国で286か所が指定されている。これだけでけっして必要かつ十分であるとは思えないけれども、これらの地域を自然保護地域として、正しく機能せしめるような行政が望まれるのである。さらに国民のひとりひとりが自然に対する価値の認識を深め、道徳体系を改める必要が痛感される。これがない限り、自然の破壊は止まらないし、ましてや破壊された自然は回復しない。 (清水建美氏・宮尾嶽雄氏著)
 
 
自然講座資料 滅びゆく動物たち
(『日本人と自然』「ライフ ネイチャー ライブラリー」タイムライフブックス編集部)一部加筆
 
 このように人間の居住域が広がって、自然が破壊、汚染されていくことは、動物たちにとってすみ場所がしだいにせばめられ、個体群は分断されて遺伝的にも生存力が低下することを意味している。人間の生活に密着することによって生活を成り立たせているごく一部の動物(たとえばドブネズミ、カラス、スズメなど)を除くと、動物たちの将来には、いまや絶滅への道だけしか残されていない。
 有史以来、地球上のどこかで絶滅した哺乳類の数は数えきれないが、とりわけ1800年代からその傾向は加速度的であり、現存している世界の哺乳動物の約6分の1は絶滅の危機に瀕している。それらの大部分は、毛皮、装飾品あるいは食用などとして商品価値のあるものや、インドサイ、シロサイ、トラ、オランウータンなど動物園の人気者となる大型獣である。
 日本においても、すでにニホンオオカミが1905年、エゾオオカミが1897年までに姿を消してしまった。カワウソも明治初年までは全国各地で普通に見られたらしいが、いまでは四国の愛媛、香川両県の海岸に、ごく少数個体が確認されるだけにすぎない。 トゲネズミ(奄美大島、沖縄)、ツシマヤマネコ(対馬)、イリオモテヤマネコ(西表島)なども絶滅しかけているという。
 鳥類ではキタタキ(対馬)が昭和にはいってから確認されておらず、絶滅したものと思われる。小笠原群島のオガサワラマシコ、オガサワラガビチョウは明治にはいってから確認されず、ハシブトゴイとオガサワラカラスバトも1889年に捕獲された各1羽を最後に姿を見せない。絶滅のおそれのある鳥類を保護するため、環境庁は1972年“特殊鳥類の譲渡等の規則に関する法律”を制定し、保護指定鳥28種の捕獲を原則として禁止するとともに、捕獲後の売買、輸出入も原則として禁止することした。その対象も生島だけでなく卵や羽毛などを用いた装飾品にまで広げられ;ている。
 しかし、鳥やけものは繁殖率が低く、広い行動圏を要求するから、生息環境が破壊されれば、すぐに個体数が減り、絶滅するに至る。工場地帯の新設、住宅商店地域の増加、海岸および湖沼の埋立て、砂利の採取、開墾、山林の伐採、ダム建設、道路の開設、洪水および火災、農薬の使用、有毒廃棄物による汚染、乱獲など、野生動物の生活を脅かす圧力はあまりにも大きく、特定の種類を定めて捕獲を禁止するといった手段だけでは、野生動物の保護は成り立ちえない。特定の種類(珍しい、美しい、愛らしい)だけが生き延びれば、それでよいという昔ながらの考え方では、問題はまったく解決しないであろう。
 東京湾、瀬戸内海、隅田川、富士山といった生態系の大きな単位が全体として死滅しつつある点が注目されなければならないのである。いろいろな動物を餌付けをすることによって守ろう、巣箱をかけて小鳥をふやそうといった発想は、一見動物を絶滅から守る手段のように思われるが、実は動物界を撹乱し、ひいては全体的な滅亡へ拍車をかけることに連なるのだということに気がつかなければならない。“文化は、もし、その発展が自然発生的で、意識的にそれを方向づけることをしなければ、そのあとに砂漠しか残さない” (マルクス)のである。 (清水建美氏・宮尾嶽雄氏著)
自然講座資料 生物の消えた湖
(『日本人と自然』「ライフ ネイチャー ライブラリー」タイムライフブックス編集部)一部加筆
 
 北アルプスの東側山麓に広がる安曇平の北端に木崎湖、中細湖、青木湖がある。これら三湖(仁科三湖と呼ばれている)には多くの種類の貝類がいて、湖畔の人々は昔から食用に供してきた。
 ところが、1954年から大町市の昭和電工が冬期間の工業発電用水として青木湖から取水を開始した。このため、冬になると湖面はどんどん低下する。ことに1月も中・下旬になると水位は約20メートルも低下し、湖面積は夏の10分の1以下になり、湖底の大半をさらけ出す。しかも、水位が低下する際には湖岸や湖底は侵食され崩壊し、堆積していた泥は洗い流されて大きな磯だけがゴロゴロするまったく変わり果てた姿になってしまう。水を使い果たした跡には鹿島川の冷たい水が引き込まれ、初夏のころには水位が回復されるのであるが、湖の環境はまったく異質なものになってしまっている。
 飯山市第二中学校の倉田稔教諭は、これらの湖を調査して、次のような驚くべき実態を明らかにした。田中阿歌麿博士(湖沼学者・故人)の調査によれば、1930年当時、湖岸全域に27種類の水生植物が見られたが、いまでは22種が姿を消して、たったの5種類しか残されていない。それも、ヨシ、ツルヨシ、コガマなどのように湿地ならどこにでも生育するといったもので、湖面に葉を浮かべるコオホネ、ジュンサイ、ヒツジグサ、コオニビシ、ヤナギモ、ホッスモ、イバラモなど湖特有の植物は姿を消した。冬季に湖底が露出することによって、凍死したのである。こうして水生植物がなくなれば、エビや魚類もすみ場所を失う。
 たとえば、以前はこれら仁科三湖に47種のトンボが生息していた。ところが、青木湖はついに1種類のトンボもすまない湖に変わった。倉田教諭は1959年から1965年にかけての調査で、木時潮に46種、中細湖に36種の幼虫の生息を確認した。しかし、青木湖では12種の成虫が飛来したのが見られただけで幼虫は確認されなかった。
 その後、木崎湖の水も青木湖同様に昭和電工の自家発電用に利用され、冬季には数メートルの水位低下がある。そして、ここでもウチワヤンマやコシアキトンボが姿を消し、アオサナエ、コフキトンボ、キトンボも絶滅に瀕しているという。冬季の滅水にあわせて、夏季の水の汚濁が原因である。
 ダム建設による環境変質とともに、道路建設によるそれもまた見のがせない。自然に対する人間の干渉は、林道、資材運搬道路そして自動車道路と、道路によってしだいに規模とスピードを増してどこまでも浸透していくのである。樹林の中に自動車道路を建設すると、どのような影響が動物界に波及するだろうか。まず、道路ができることは森林の中に帯状のあき地ができることであり、日射量の急激な増加、乾燥、昼夜の気温の激しい変動、さらに落葉供給量の減少などが招来される。
 こうした場所に生息する土壌動物など少種類の動物は、2群に分けられ、その1つは新しくできた環境を好む種で新たに出現したものであり、ほかの1つは適応範囲が広くどこにでもおり、生活力の強い種で、これが競争相手を失って増加したものである。しかも、これら道路沿いの土壌動物群集は、個体数が著しく減少し、たとえ個体数のうえでさほどの変化が見られなくとも、種類数はきわめて貧弱なものになっている。 (清水建美氏・宮尾嶽雄氏著)
自然講座資料 林縁部の悲劇
(『日本人と自然』「ライフ ネイチャー ライブラリー」タイムライフブックス編集部)一部加筆
 
 大きな原生林でも、渓流沿いの部分には森が切れて太陽光がよくはいり、草や小灌木の茂った開けた場所ができている。このようなところにはバラエティに富んだ植生があり、とくに漿果や堅果をつける樹種も多く、春、夏、秋と美しい花が咲き乱れる。多くの動物たちは、ここで食物をとり、水を飲み、日光を浴びている。すなわち、林縁部は昆虫から大型哺乳動物まで、きわめて多くの動物が集中して生活を営む一等地なのである。野ネズミ、ノウサギ、リスなどの小型哺乳類も当然多く、また、これらを捕食するキツネ、テン、イタチ、タヌキなども、毎日渓流沿いに歩き回って食物を求めている。
 サル、クマ、カモシカ、シカ、イノシシなどの大型哺乳類にとっても、とくに奥山に食物の乏しくなる秋から春先にかけて、こうした林縁部が生命をつなぐ貴重な食料庫になっている。たとえば、北アルプスの高瀬川渓谷においては冬の間、サルはクロモジ、ヤマクワ、コバノトネリコ、オオカメノキ、コシアブラ、ウツギなどの樹皮、ニホンカモシカはウツギ、コシアブラ、クロモジ、コメツガ、クロベなどの枝先、樹皮、葉を、こうした林縁部に出てきて食べていることが観察された。
 このように動物たちにとって、きわめて重要な意味をもっている林縁部(とくに渓流沿い)は、別荘地や観光地として森林が開発されるときには、やはり真っ先に人間が目をつける場所である。道路もこうした部分につくられることが多い。ダムが建設されて水没してしまうのも、このようなもっとも貴重な渓流沿いの林縁部なのである。
 奥山に森が残されたとしても、体練部が奪われてしまうことは、ただちに動物たちの全滅を意味することになるのである。とくにサルやカモシカのような大型哺乳動物にとっては生活のもっとも厳しい秋から春先にかけてのえさ揚が失われてしまうことになり、大きな打撃を受ける。
 道路、別荘地、ダムなどの占める面積が、たとえ森林のごく一部にすぎない場合でも、動物にとってはほとんど森林全体の破壊であり、森林全域からの追放を意味する場合があることはきわめて重大である。 (清水建美氏・宮尾嶽雄氏著)
 

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