自然講座資料 日本列島における自然保護の方向
(『日本人と自然』「ライフ ネイチャー ライブラリー」タイムライフブックス編集部)一部加筆
地球の起源以来、地球自体に内在するエネルギーと物質、それに加えて太陽からのエネルギー供給によって、地球自体が変化し、そのなかで生物を生み出した。
“生物と環境とは別々の存在ではなくて、もとはひとつのものから分化発展した、ひとつの体系に属している”(今西錦司)。生み出された生物の生命活動は、酸素を放出し、炭素を固定するなど、地球という生存の場を変化させ、生命形態そのものを変化させつづけて現在に至っており、もとより日本列島においても同様である。
ところで、人間の経済活動は、この生態系の消費と破壊のうえにのみ成立してきた。今日、まず第1にしなければならないのは、人間の生存が、自然の生態系とどんなに深いかかわりあいをもっているかを明らかにし、人間も生態系の一員なのだということの深い認識をもつことであろう。食卓に並べられる食物をじっとながめ、それが社会的所産として生じながら、しかも、自然の産物であることを考えてみる必要があろう。地球生態系の機構のなかでだけ、わたしたちは生きることができるのである。自然保護の基本的理念のひとつは、そこにある。そしてまた、同時に進めていかねばならないことは、現実に人間が生態系をどのように消耗し、汚染しているのかを徹底的に調べ上げることである。破壊と汚染の直接的な防止とともに、生態系と調和した人間生活のシステムを、どのようにつくり上げていくかという方向の新しい技術改革がここに要求される。いわゆる経済成長至上主義によっては、この方向への前進はありえないだろう。
ところで、わたしたちは、生態系の構造とその進化の道程を、ましてや地域的な特徴を、まだほとんど知ってはいない。早急な、集中的な研究活動と自然の保護が叫ばれるゆえんである。新しい作物や家畜も積極的につくり出していかねばならないが、それらも、もとは自然の生態系のなかに求めねばならない。水資源や森林資源の確保、大気の浄化、気候変動のコントロールなどの役割も自然の生態系に負わざるをえない。また、保健、レクリエーションの場としても自然の生態系に対する人間の要求は、今後も増大する一方であることが予想される。
しかし、人間の生存と原始自然の保存とは根本的に矛盾する面があるし、自然に対する人間の要求それぞれの間にも矛盾対立が必然的に生じている。たとえば、学術的資料として保存される地域は、同時にレクリエーションの場としては利用できない。
自然の生態系と人間の生活とを、どうしたら矛盾なく両立させていけるか、これが現代人に課せられた最大の難問であるが、どうあっても解決しなければならない課題なのである。自然の保護は生態系全体としての保護でなければならないが、保存すべき生態系の単位をどこにおくべきかもまだ十分にわかっていない。人間生活の将来設計は、全地球的な規模で検討される必要もある。
さて、1973年4月1日から、“自然環境保全法”が施行された。これは、一定の地域を自然保護地域として、環境庁長官または都道府県知事が指定し、自然環境を保っていこうとするものである。
この自然保護地域は、
① さらに人工をいっさい加えない“原生自然環境保全地域”、
② 自然環境を必要な範囲で適正に守っていく自然環境保全地域”、
③これらに準じて都道府県知事が指定する“都道府県自然環境保全地域”
の3つに区分される。そして、たんに特定の動植物を保護しようというだけでなく、指定された地域の現状変更を許可制にするなどの措置が講じられている。
いままでにも、国立公園、国定公園、海中公園、都道府県立公園が指定され、自然保護の機能を負わされていたはずである。 しかし、観光、行楽客優先の施策しかとられず、自然保護のためよりも、むしろ、現金収入の多い商品として機能してきたといってもいいすぎではないだろう。 1972年12月現在で、国立公園は26か所、総面積約199万ヘクタールで、全国土の約5.35パーセント、国定公園は46か所、総面積約100万ヘクタールで、全国土の2.71パーセントになる。また、都道府県立公園は、全国で286か所が指定されている。これだけでけっして必要かつ十分であるとは思えないけれども、これらの地域を自然保護地域として、正しく機能せしめるような行政が望まれるのである。さらに国民のひとりひとりが自然に対する価値の認識を深め、道徳体系を改める必要が痛感される。これがない限り、自然の破壊は止まらないし、ましてや破壊された自然は回復しない。 (清水建美氏・宮尾嶽雄氏著)
|