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しかし表面上は下記のような経緯につけ替えられました。
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北杜市文化財教室
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町の史跡名物を探る 下教来石道祖神の由来
江戸時代の初期(年代の考証不明)と思える頃、信州往還の宿場として、台ケ直と信州蔦末の宿の中間の駅として下教来とか栄えた時代があった。ある日この地に房州(千葉県)の旅の行者が通りかかり一服の憩いを求めたが、ややあって立ちかかり、奉持していた守護神(石像)を背にし身仕度をととのえいざ腰を切ろうとしたところ、何としても腰が立たず、行者はただ一心にもがけばもがくほど、その重さが肩にのしかかって来る始末で全身にしたゝる汗をぬぐい背の守護神をおろし、しばし読経の末に、彼の行者思案していわく「これはよくよく御当地にゆかりを求められる御神示なれば、去り難く僅か九寸の石像ながら化身して重きを加えるならん」と宿場の人々これを伝え聞きよりより集って相談の結果、ささやかながら社を建て、ここに祭って吾が里の道祖神としてながく伝えようとした。
以来現在なおこの里の道祖神として旅の人の安全の祈りに或は里人の守り神として伝えられて信仰を集めています。
不思議なことに、いま迄幾く度か粉失盗難があったが、しかし必ず時を経れば戻って来ることである。最近数年前にも紛失して、そのとき恒例の一月十四日の祭礼が出来ないことがあったが、こんなときの部落の人達はだれ言うことなく不安を隠し切れず何とはなしに暗い予感におののくと言った状態であった。
この紛失事件はその年の五月頃、元下教来石出身で上教来石え養子にいかれた平出正春君が自宅附近の田んぼの中で奇しくも、発見無事に社に御帰還となりめでたしで幕となっている。
この道祖神の祭礼に奉納する獅子舞がある。いつの頃からこの地に起り受け継がれたかは不明でありますが写真で見るとおりの頭取りと連れの二人で舞い「おねり」と称し家々を訪ねて、悪魔退散と家内安全、五穀豊穣を念じて舞い笛と太鼓が楽を添えている象徴としての獅子は、女獅子であり、従って舞いも比較的温和であり、特徴として右手に剣をかざし、左手にオンベを握るので頭は□に叉木をくわえて保たせる方法で、しかも舞子は足を開くことを禁じられる制約があり習熟することが極めて困難であるので近時の若い後継者の他出に遅れて伝統の存続が危ぶまれ、その保存を地域全体の課題として真剣に取り組まねばならないと痛感しました。
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今は昔、大武川の寒天のこと
○大武川に寒天の製造がはじまったのは明治三十五、六年頃と云はれるから近々七十年位であります。当時茅野の金沢から業者が此の土地に入りシーズン中をここで創業した。茅野は岐阜と並び間地で最も歴史の長い寒天製造の歴史をもち現在百八十年と云う長い伝統を誇る業蹟のある地帯である。
この土地が寒天の製造に適していることに着目したのは、寒天製造に必要な立地条件として、特に自然条件がすぐれている
① 潔な水が豊富であること。これは原料である天草を充分に洗い塩分や不純物を洗い除くに必要。
② 間の温度か氷点下を大きく下まわり凍結が容易であり、なお日中温度が急上昇してこれをとかすこと。
寒天の製造は、天草を釜で煮つめて、のり状になったものを舟と称する木型に流し込み、これを野天にさらして夜間凍らせる、これが日中温度の上昇と共に溶けて水分が蒸発し、次第に干燥される。この繰返しで製品が生れる。
③ 料としての当時、豊かな薪炭を生産する山林資源を手近にひかえていた。
さらにこの地区がその以前から、石灰の産地として優秀な原石を保有して、古くから少規模ながら生産企業に対する素地が充分であったこと、などからこの新らしい事業であった寒天製造が容易に受け入れられて定着したものと思はれる。
その后、茅野の業者の引き揚げで、部落がはじめての試みとして部落総ぐるみの区営工場として、一年経営したことがあったが、これは種々の原因で見事に失敗し、結局当初この事業を誘致した人達名取万作(三十郎)名取俊栄(敏
)名取峯吉(峯雄)名取俊吉(俊七)の四人の個人経営に切替えられた。以后つきつぎと経営に乗り出す人達が増え、最盛期は実に四十三釜の釜数を数えた程であったが、その後景気の流動に次第に業者を減じて、現在は十三釜と激減
している状態であります。また業者は価格維持のために自守的に生産調整を行い、操業日数を七十三日にしぼるなど酷しく対処している実状と聞きますが、尚昨年のドルショックはこの業界にも強く影響を及ぼして諭出寒天は目下のところ、殆んど振はす、これらの貿易市場は日本に替って価格の安い、韓国ものが登場、内地県は内需で賄はれているのが殆んとの由、 この事業の特長は原草の仕入れと製造と販売を全部、取り仕切らねばならないことで、長い間に培ちかわれた経験がものを云うなかで、特に原草である。天草(マクサ)鬼草、馬足、平草などを遠くアフリカ.スペイン、アルゼンチン、メキジコ、ポルトガル、チリや、東南アジア諸国から仕入れ一釜(一回分)で七十貫〜八十貫(二六〇〇㎏〜二七〇〇㎏で)価格にして一万円以上がかかる上、一釜を振動するには最低八人〜十人位の人夫を要しているなど資金能率上に非常な難点が多いことなど将来にわたって相当にその企業性を一層に酷しく問われるものであります
然し一方製品の販路は主として食用であり中国料理を始め菓子類に及ぶほか医療用の実験材料、工業用塗料、接着剤と巾広くルートを拡げつゝあり、需用と供給のバランスの上からも必ずしも暗い材料ばかりはと考へられないので、
地元の寒天業者の皆さんの一層の発展を期して頂くことを祈りたいものであります。(この記事について、地元寒天業界の長老である名取かん二様に種々と伺うことができました。紙上御礼を述べさせて頂きます。)
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