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阿修羅(あしゅら)
<「日本の年中行事」国民文化研究会 塩田勝氏編>
インドの民間信仰で想定された神で、もと善神、悪神の通称であったが、のちには単に悪神のことをいうようになった。仏教では常に帝釈天と戦うので、修羅場、修羅の巷などの語ができた。
阿修羅、名をアスラといい、非天、無端正などと訳されています。経に「この類天趣の有摂なりといえども、しかも諂詐多く天の実徳なきが故に非天という」とあります。
また仏語に「六道」(六界)というのがあり、下からいえば、地獄道、餓鬼道、畜生道、修羅道、人間道というのがそれです。人間さまの下がこの修羅で、しよせん、天上道・天上界へ昇ったりすることのできない家柄なのです。
大激戦があって、この世界にいる者は、さて、阿修羅王は、この阿修羅の大将で、修羅道という、戦争をのみ好む世界を治めています。この世界は、昼夜三度の大激戦があってみなこの戦にかり出され、苦難に責められるのです。
その人相は、その名の示すが如く、赤色憤怒の形相で、身に甲胃を著し、右手に華棒(けぼう)を持ち、左拳を腰にし、むしろ(筵)に座して、左右の衛兵を従えています。右なる衛兵は皿を持ち、左には独股戟を持っています。かの曽我兄弟が、建長寺の大施餓鬼に参詣の刻を遅れて泣いたのも、戦いの終わらなかったためです。
いまベトナムに、中近東にこの世ながらの修羅道界が実現しているのです。
さて、法華経序品によると、婆稚阿修羅王(被縛)佉羅騫駄(ほうらけんだ)同(広肩胛)吡摩質多羅(びましたら)同(浄心)羅喉(らご)同(障持)の四阿修羅があります。この下に、無数の阿修羅が世界を作っているのである、と訳しています。
いずれにしても、この阿修羅道におちいって、日々兵戈(へいか)(戦争)の苦しみをしている者は、未来永劫、尽無限という数を知らないのです。なお、わが国に残る阿修羅像の名品としては、法隆寺五重塔初層北面の釈迦涅槃を表わした、塑造像のなかの坐像(734年作)と、もと輿福寺西金堂に安置されていたと伝えられる乾漆造りの八部衆のなかの立像(734年作)の二体が有名です。しかしこれらの像は前記のような恐ろしい忿怒相とはまったく異なった、少女のような柔和な表情に表わされているのが特徴です.これは芸術品として高い格調をそなえ、国宝に指定されています。
阿修羅(あしゅら)
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