中途半端

ご無沙汰だけど、生きてはいる

懐かしい話

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自分が初めて1人で路線バスに乗ったのは、4歳か5歳の頃。
通ってた幼稚園は通園バスが無くて、保護者が送迎するか集団下校(?)だった。
自分は3年保育…つまり3歳で入園したんで、最初はもちろん親が送迎してた。
ケド、途中から、帰りはバスで親父の実家に帰って、仕事終えた親が夜迎えに来て家に帰るってパターンも増えたワケ。
その時は、集団下校の「近くのでかいバス停まで」ってグループに入って駅まで歩いて、各自がバスを待つ。
ちなみに、ココらでフツーに路線バス走らせてるのは、当時も今も伊予鉄1社だけ。
他のバス会社もあるにはあるケド、長距離バス…なんかなあ? 滅多に見ないし、もちろん乗ったコトもない。
ついでに言うと、郊外電車も市内電車も、伊予鉄だけしかない。

それはさておき。
当時は車掌サンがいて、うにょ〜んと腕木が出る方向指示器が残ってた時代。
自分が乗るべきバスは、漢字3文字なのは分かってても、まだ読めんかったから、行き先表示が3文字のバスを見つけたら、とちとち歩いてって、乗車口で車掌サンに「○○、止まりますか?」って聞いた。
あや〜、今思い出しても懐かしいわ。
一度なんか、違うバスの運ちゃんが、「○○通るんはしばらく来んけん、中で待っといで」つーて、バスの中で待たせてくれたコトもある。その上、バナナ1本もらった(^ ^;)
観光地のバス停だったから、屋根はなくてもベンチはあったんだけどね。覚えとらんケド、冬だったんかもな〜。
いやいや、運ちゃん、ありがとう。顔は忘れたし名前は最初から知らんケド、あの時のコトはちゃんと覚えてるから。

バスに乗ったら乗ったで、たまさか混んでたりすると、大人に埋もれちまって、「降りまーす」て手ぇ上げてんのにシカトされたコトもある(^ ^;)
仕方ないかな、何しろ小学校入学前の健康診断でも、ぎりぎり身長100cmだったんだから。大人の腰まであるかないかってトコ?
確か、その時は2年保育で入った1コ下の妹も一緒で、車掌サンが「次、オーラ〜イ」って朗らかに言ったモンだから、パニクった妹が泣き出したんだよなー。
自分は、も一度「降りますっ!」ってどなって、周りの大人が「降りる言いよるぞ」とかざわついて、気づいた車掌サンが慌ててバス停とバス停の間でバス止めた(笑)
次のバス停でも、全然問題なかったんだけどな。ばーさんの家まで、距離的にはほぼ同じだし。
単に、いつも降りてる駅過ぎると料金が上がるだけでさー。


ちなみに、当時、自分が払ってた運賃は、15円か25円か忘れたケド、とにかく1の位は5円だった。今なら、10円未満の端数は切り上げだけどな。
バスに乗ったら、車掌サンの動向をうかがってて、アナウンスとかドアの開閉とかのスキを見計らって、「○○から△△まで、コドモ1人お願いします」つーて切符買うワケよ。
ごくたま〜に買い損ねて、降りる時に直接現金渡したりもしたケドさ(^ ^;)
定期ならそんな面倒なコトしなくて済むのに、と思う向きもあるだろーケド、帰りだけだから。
それも毎日必ず乗るとは限らんかったしな。
あの頃はまだ回数券も無かったよなあ…??

車掌サンは、首から提げてるデカイがま口みたいな黒いカバンに料金放り込んで、ソコから切符の綴りの束出して、ばらばらっとめくってぱちぱちっと鋏でパンチ入れて、ちぎって渡してくれる。
その、「ぱちぱちっ」がカッコ良くて、すっげーやってみたかったのを、今思い出した。

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いいな〜そういう思い出。高校までずっと徒歩圏内だったからなー。そうそう、居たね車掌さん。「ぱちぱち」にもあの黒い鞄にも憧れたな。何でも出てくるみたいだった。妹を連れて行くと責任重大のような気がして、いつもやってることでもドキドキしたなぁ。妹もワタシを信用しきれずにすぐ泣くし・・・

2007/3/7(水) 午前 10:57 こごと

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のどかな時代だったからできたコトかも(笑)実家の方の路線は、かなーり後まで車掌サン残ってたんすよ。ドアは自動になって、整理券発券装置も付いてたケド。中学ぐらいまでいたかなあ…?

2007/3/8(木) 午前 5:02 北川 永


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