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6月29日(金)付のデイリースポーツに、四国4県の観光PR広告が見開きで載ってた。 普段はこーゆーのマトモに読まねんだけど、ふと、愛媛県のトコ読んでみた。ら。 「道後温泉と松山城」って小見出しで、 (前略)
……えーと。松山城は市内の中心にある小高い山の山頂にそびえる。大変見事な連立式平山城で姫路城に匹敵するほどの天下の名城。別名「金亀城」と呼ばれナイター照明に浮かぶ城は幻想的である。 姫路の人からは異論が出るかもだけど、自分も個人的には「姫路城に匹敵する」城だと思ってるんで、ソコには文句ないんすケド。 そもそも平山城自体が珍しいらしいからな。自分は、城ってのはあーゆーモンだと思ってたから、平地にいきなり城があると、逆にビックリする(笑) 問題は、別名「金亀城」。 と呼ばれ…つーケド、自分、生まれてこの方そんなん聞いたコトないぞー?? 松山城は、「お城」。城が建ってる山…勝山は、「お城山」。それ以外の名前は……あ、勝山城ってのは聞いたコトあるかも。 城建てた当時は、ココらの地名は勝山だったらしい。で、城ができてから「松山」に改称したんだそうな。今でも勝山町って地名は残ってるケドな。 なんにしろ、金亀城なんちゅう、ケバいんだか泥臭いんだか、神々しいんだか素朴なんだかよく分からん名前は、初めて聞いたし。 こーゆー時には即・検索。「金亀城」で、ぽちっとな。 ……ありゃりゃ、彦根城とか臼杵城とかも、別名「金亀城」っすか(^ ^;) ウィキペディアの項目もヒットしたケド、ここはやっぱり財団法人愛媛県埋蔵文化財調査センターのサイトだろ。 えーと……? (前略)
ご丁寧に、地図と重ねて亀の絵書いた、「金亀城イメージ図」なんてモノまで載ってるじゃああーりませんか。右の図のように堀之内部分を亀の頭・東雲神社辺りをシッポに見立て、「松山城」の別名は「金亀城」・「亀郭城」とも呼ばれています。(以下略) そうかー…ホントに別名「金亀城」で「亀郭城」だったんか〜。 生まれて初めて知ったさ。いや、灯台もと暗し…チョット違うか(^ ^;) ちなみに。
松山城は落雷とか空襲とかで焼けて再建してるし、天守閣とか改修したり、イロイロ復元したりしたケド、全部、木造。 釘は和釘だし。建具とか石垣とかも、可能な限り、当時の工法と材料で復元・修理したんだそうな。 去年の11月で工事終わったんで、1回行ってみるかなあ…。…って、何十年ぶりだ〜?(^ ^;) |
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自分が思い込んでる以外のことがあるってのは、けっこうショックですよね。ウチの東隣に坂道が在って下ってった先に橋がかかってるんですが、その坂の名前とか、橋の正式名称とか初めて知った時はびっくりしましたもん。いつも使ってるのとはえらい違いで(^^;舅もビックリしてましたからね!(笑)舅といえば、「松山城」に行くからこそ参加した旅行で、当の「松山城」見学の際はものすっごい土砂降りで、見た気がしなかったと嘆きながら帰ってきたことが・・・(苦笑)お城マニアで、○○城址なんかでもすごく興味あるみたいですよ。私には面白さがさっぱり理解できませんが・・。
2007/7/3(火) 午前 4:50
実家のすぐそばの小川とちっこい橋に、正式名称があるの知った時は、自分もびっくりしたっすよ〜。しかも、何でそんな名前やねん、みたいな。近所の人、多分、誰も知らんだろうなあ(笑)
お舅サン、そりゃお気の毒サマで…(^ ^;)雨よけるようなトコ、ほとんど無いモンなあ…。残ってたのも復元したのも、建物全部昔のままの木造ってのは、珍しいみたいっす。
自分は、「城址」なら、日本のより西洋のが好きかも。石造りとか漆喰とかに弱いんすよ〜。アッシジとかカルカソンヌとか、地震で倒壊しちまったケド、イランのアルゲ・バムとか(^ ^;)
2007/7/4(水) 午前 4:11
金亀城だなんてドラゴンボールにでも出てきそうですね!
地元の人でも知らないなんてことがあるんですね。
松山城は再建してるんですね。見る価値ありそうですね!d(^〜^)b o(^〜^)o!道後温泉も有名なところですよね。なんだか行ってみたくなりました(^-^)
2007/7/4(水) 午後 6:39
ホント、ドラゴンボールか西遊記か…ってカンジっすか(^ ^;)
や、地元のコトは、案外知らんかったりするんすよ。ヨソの人に言われて初めて知った、とか、結構あるし。西洋に輸出する陶磁器の緩衝材代わりに浮世絵使った明治初期の日本人みたいなモンっすかね。
昭和になってから復元された建物も多いケド、大天守閣は、1度焼失して1835年に再建されたのが現存してます。オリジナルじゃなくても十分古い気がする(^ ^;)桜の季節のお城とお堀はキレイっすよ〜。
2007/7/5(木) 午後 1:26