中途半端

ご無沙汰だけど、生きてはいる

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《日本語のこと》

算数の「割合」の計算が苦手だった。
「全体の量」と、「求めるべき割合に当たる量」が、問題読んでも分からんかったんだな。
で、親父によく見てもらってたワケだが…。

親父曰く。
「国語は、解釈によって解答がいくつも存在するが、算数は一つしかない。
 その点に於いて、算数は国語よりよほど簡単である」
「しかし、算数であれ理科であれ、試験問題も教科書も日本語で書かれているのだから、日本語はすべての学問の基礎である。ゆめおろそかにするなかれ」

へえ、肝に銘じます…ちうワケで。
その後遺症か、漢字の書き分けとか、係り結びとかにやたらと敏感になっちまったさ。
や、こんな文章書いてて言うのもナンだけど、まっとうな文体でも書けるんだよ。

しかし、プロ野球の感想や父親との思い出などという極めて私的なことについて、いわゆる「正しい日本語」で記した場合、客観の度合いが増し、思い入れやその時々の微妙な心情はいささか損なわれるのではないだろうか。

…みたいなカンジ?(笑) ここまで硬くせんでも? じゃあ、別バージョン。

けれど、プロ野球の感想や父との思い出のような個人的なことについて、「よそ行きの言葉」で書くと、思い入れやその時々の気持ちが目減りしてしまうような気がします。

…なんや新聞の投書欄みたいやな。やっぱあかんわ。


閑話休題。
そのくせ、親父は、横書きだと日本語でも読めんかった。
いや、全然ダメってワケじゃないケド、すんげー時間かかったんで、たいてい自分か母親に音読させた。
で、カタカナ語の発音も、アヤシかった。
「ぴーちーえー(PTA)」とか「はーるぼーる(ファールボール)」とか(- -;)
若い頃(本人の言い方だと「娘時分」)長崎に住んでて、外国人教師に英語習ってたばーさんの嘆くまいことか。
仕方ないじゃん、親父の学校時代は、ほら、戦争がさー。


昨日は「終戦記念日」だった。
ウチの実家は、幸い、じーさん以下誰も戦死しなかった。空襲で家も蔵も丸焼けになったケド。
実家の庭にあった、焼夷弾で裂けた樫の木。
長いこと頑張ってたケド、十年ほど前に、とうとう枯れた。
今は別の木が植えられてるケド、「実家の庭」と思い浮かべると、必ずあの樫の木がある。


亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。

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