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イジメられた子供が自殺する。 自分らの頃のイジメとは比べ物にならんくらい、最近のは陰湿だっつーケドさ。 親がセンセを軽んじるもんだから、センセをバカにして言うコト聞かん児童生徒が多いとかさ。 他者に共感する能力が低下してんじゃないか、とか聞くけどさ。 資質とか能力とかやる気とかに欠けるセンセが増えたとも聞くケドさ。 自分らの頃は、新聞踏んだら目が潰れるとか、物を粗末にしたらバチが当たるとか、信じないまでも共通認識だったから、持ち物取られたり隠されたりは無かった。 せいぜい悪口言われるとか、ヤなあだ名で呼ばれるとか、シカトされるとか口きいてくれんとか、「自由にグループを作って」なんて時には、どこにも入れて貰えんとか。 そんなモンだったけど。 …ああ、掃除の時間に水かけられたコトもあったっけ。ケドこれは目立つから、2、3回しかなかったような…。 叩いたりこづき回したりみたいな、直接身体に触るようなコトはされんかった。それやると、コッチが反撃する正当な理由になるからな。 親にもセンセにも言わなかった。同じ通学班には同級生いなかったから、ガッコ行かなきゃイジメられんし。「学校」って閉じた空間の中での、自分の問題だと思ってたんで。 それに、親やセンセに言うと、「告げ口する卑怯者」扱いされて、もっとひどくなるからさ。 シカトされるなら、1人で本読んでりゃいいやってんで、休み時間は図書室に入り浸ってたな。 それに、ホントにホントにガマンできなくなったら、死ねばいいや、と思ってたし。 ケド死んだらもう本読めないし、テレビの続きも見れん。 なもんで、『死ねばいいや』を、ラビに貰った一切れのパンの如くに最後の手段として握りしめ、本とテレビを頼りに、周りの連中には何にも期待しないコトで、あれやこれやをスルーしてたワケだ。 仲良くしてくれとか、悪口言ったりからかったりするのやめてくれとか、誰か止めてくれないかとか、そんなの期待しない。 何かっちゅうと「チビは黙っとれ」とか「チビのくせに」の一言で否定されるのは悔しかったケド、だからってすぐさま背ぇ伸ばせるワケもないしな。 ガマンできなくなったら死にゃいいさ、と思ってたケド、親が悲しむとかは、全然浮かびもせんかった。ガッコにおける自分と周りの連中の構図に、親は入ってないからね。 ただ、やりたいコトととか好きなコトとか、そんなの全部捨ててまで死のうとは思わんかっただけ。 ソコまで追いつめられてなかったってコトだろと言われりゃ、それまでだけど。 自分の場合は、流行病みたいなモンで、そう何年もは続かんかったし。 最後の手段ってのはさ、だいたいの場合、禁じ手なのよ。
同じ禁じ手なら、いっそ「親に告げ口」しちゃえ。 今の時代なら、電話相談とかもあるしさ。 自分が持ってた本、学習机の本棚からほんのちょっとはみ出すくらいしか無かったケド、あの頃の自分を支えてた。 音楽でもゲームでも習い事でも好きな歌手でもペットでもなんでもいいケド。 大事なもの、好きなコト、何かあるっしょ。 生きてりゃいいコトあるかもだけど、死んだら終わりだ。 |
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2006年10月25日
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