梢のぶつぶつ

最近は高い木が少なくなったけれど、それでもこうしてとまっていると遠くのものも見えてくる。

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1960年、安保闘争は国民規模の反対運動となった。
自民党岸信介政権による日米安保条約批准の強硬承認に対し、国会周辺のデモは空前の規模となった。だが、その年の衆議院選挙では自民党が過半数の議席を獲得し、勝利した。
今となっては、なぜそれほどの反発があったにも関わらず選挙で国民が拒否しなかったのか多くの日本人は疑問さえ持たない。だが、その背景には二つの重要な出来事がある。
一つが、最大野党である社会党党首の暗殺事件、もう一つが社会党の分裂だった。後に社会党の分裂はCIAの工作によるものだったことが判明した。

60年安保

60年安保 60年安保闘争において、国会前に集まるデモ。30万人規模に拡大し、政府は警察・機動隊・右翼団体・暴力団を組織して対抗した。
1960年の日米安保条約更新は、日本の戦後史において非常に重要な出来事となった。
ソ連との対立を深める中、米国は1952年にサンフランシスコ講和条約と日米安保条約の締結を強行した。講和条約は、東側諸国を除いた片側講和となり、安保条約は米軍を撤退せず、駐留の固定を認める内容となった。連合国の合意による講和という性質のものではなかった。
当然ながら、東側諸国は強く反発し、日本国内からも米国の冷戦戦略に従属することに対して強い反発が生まれた。
政府は伸長する反対勢力に対抗するため、右派強化策と左派弱体化策をいくつも推進した。具体的には、以下のようなものがある。

60年安保の強行通過

結局、安保条約は強行採決され、時間切れにより自然承認された。岸信介内閣は総辞職し、池田隼人内閣が成立した。
本来ならば、それほどの反対があるならば、国会を通過したとしても持続性があるはずはない。選挙で承認されなければ、条約破棄へと動き始めたはずだった。だが、そうはならなかった。

浅沼稲次郎暗殺事件

右翼少年に刺殺される直前の浅沼稲次郎 右翼少年に刺殺される直前の浅沼稲次郎
選挙を控えた1960年(昭和35年)10月12日、東京都千代田区にある日比谷公会堂において、演説中の日本社会党委員長だった浅沼稲次郎が、17歳の右翼少年・山口二矢に暗殺された。現行犯逮捕された容疑者は、11月2日夜、東京少年鑑別所の単独室で自殺した。
この事件で警察は、山口の他に全アジア反共青年連盟、防共挺身隊のトップを公正証書原本不実記載および強要、大日本愛国党の総裁を威力業務妨害の容疑でそれぞれ逮捕した。

社会党の分裂

社会党党首の暗殺事件とは別に、もう一つの重要な出来事が起きた。社会党が分裂し、一部党員が民社党を結成した。この分裂で、左派政党の選挙戦は崩壊し、自民党優勢ムードが固まった。
2006年7月18日に公開されたアメリカ合衆国国務省編纂の外交史料集によると、冷戦時代にはアメリカ政府の反共政策に基づき日本の親米勢力や左翼穏健勢力に秘密資金を提供していた。秘密資金の提供を受けたのは岸信介、池田勇人両政権下の自民党有力者と民社党を結党する勢力となる社会党右派だった。

暴力によって固定した日米安保体制

1960年の安保は強硬に更新された後、国民が選挙で追認したということになっている。
けれども、そこには激しい暴力と、今では明らかになった内政干渉の歴史がある。日本では、民主主義の枠の外で体制が調整され、そうして作られた日米安保体制の上に多くの政党利権が作られていった。
在日米軍の駐留の恒久化、米軍の圧倒的な地位を認める日米地位協定は、このとき固定されたものだ。このとき作られた歪みは、米軍基地問題や憲法と安保体制の大きな矛盾として、現在でも日本に残っている。

転載元転載元: 情報収集中&充電中

閉じる コメント(6)

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もしかして自民党はこのときの成功体験をはげみとしているのかしら? 安部続投を自民党員は容認していますよね。

2015/8/31(月) 午後 10:45 都環 咲耶子(とわさくやこ)

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咲耶子さん、コメントありがとうです。

そうだと思います。
というより、今回もアメリカの「指令」ですから法案は成立すると思います。
安倍以外に立候補者が出ないのは、国民の反発でボロボロになる役目を誰も引き受けたくないからだと思います。
問題は、日本としてこの時期にこの状況下で(アメリカが一強から衰退していく状況で)憲法を無視してまでジャパンハンドラーの言いなりになることが日本の国益なのか、ということです。
おいらは国益を大きく損なうと見てます。

2015/9/1(火) 午前 11:14 [ MM21s ]

今回も法案が通った後、次回の参院選にむけ、同じ事が起こるかも。
ってそれも想定済みなのかな・・・。

2015/9/1(火) 午前 11:54 あくび

てか・・・、前から翁長さんが気になり心配しています。
もっと、警戒して欲しいです。護衛もっと増やしてもいいかも。
アメリカさん、奴ら何をするか分かりませんし。怖いです。
まっ、取り越し苦労で終わればなによりですが、ただ、健康も心配です。
この状況下で心身ともにかなりなストレスを抱えていらっしゃると思います。
御身を大事にして欲しいです。

2015/9/1(火) 午前 11:59 あくび

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あくびさん、コメントありがとうです。

おいらは、ひょっとするとアメリカは自民党をすっ飛ばして翁長さんの話を聞く可能性もあるかも・・・と思ってます。
意外に思うかもしれないけど、安倍自民の戦前回帰趣味をアメリカは快く思ってないし、沖縄人が「反米」に傾くことをなにより恐れているはず。
軍事的にも、海兵隊がこれほどのボリュームで沖縄にいなければならない理由はないそうです。

こういう状況の中で血なまぐさい「事件」を起こしてしまえば、沖縄の民意が一気に「反米」「反日」になだれをうってしまう危険があります。
共産主義の拡大、浸透を止めなければならなかった当時とは事情が違うと思います。
はじめ「粛々」などと言って無視していた菅官房長官が「工事を止めての集中協議」に臨まざるをえなくなったのは、民意の力というよりは、アメリカから「コトを荒立てるな」とケツ蹴っ飛ばされたからだろう、とおいらは見てます。

2015/9/1(火) 午後 0:19 [ MM21s ]

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この記事は、「あのとき何が起こっていたのか」を確認する意味で転載しました。

2015/9/1(火) 午後 0:21 [ MM21s ]


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