梢のぶつぶつ

最近は高い木が少なくなったけれど、それでもこうしてとまっていると遠くのものも見えてくる。

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絶対に維新には投票してはいけない

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-7e-81/jiichan007/folder/1502789/84/66232684/img_0?20190201165301
 これは肝に銘じましょう。

<野党共闘は必要だが,”政界の肥だめ”とも揶揄される維新の会と組むのは論外である>
(ちょっと,表現がきついように感じますが)

 昔いたようなぁ,私のところへも維新の支持者が。今でも彼は,維新支持なんでしょうか。


 若い有権者も維新には票を入れないほうが良いと思うけどなぁ。



 訪問ありがとうございます。

転載元転載元: I'm not Abe. and 駄洒落日記

この分断を作っているのは私たち本土の人間の無関心ではないでしょうか?
胸が痛み、思わず泪が込み上げてきて・・・
是非、お読みいただき、拡散をお願いいたします。


沖縄の彼女が波風立てても世に伝えたいこと

分断の歴史、葛藤の島でもがく若者たち(1)

「青い海の楽園」の裏側で刻まれてきた沖縄の悲哀は、いつまで続くのだろう(写真:たっきー/PIXTA)
いま沖縄では、若い世代の動向に注目が集まっている。米軍基地に翻弄される苦難を味わってきた戦後世代とは別に、生まれたときから基地と共存してきた世代ゆえの葛藤を抱えた若者たち。辺野古新基地建設の是非を問う県民投票にこぎ着けた彼らの胸中を追いながら、苦悩する沖縄のいまを探る短期連載。
優しさで溢れるこの島で
誰も望んでないのに
どうして外からやってきたものによって
対立させられなきゃいけないんだろう。
沖縄県・名護市辺野古(へのこ)の米軍基地建設現場に土砂が投入された2日後の昨年12月16日の夜にFacebookにアップされたこの投稿は、沖縄の女子大生がつづったものだ。
とがったフレーズは使われていない。優しい言葉で紡ぐ30行ほどの散文のなかに、いまの沖縄の若者の葛藤が凝縮されている。
沖縄で生まれ育った新垣優奈さん(仮名)は、昔から故郷を取り巻いている問題について胸の内を語ってくれた(写真:筆者撮影)
生まれたときから基地があり、しがらみによって分断されてきた沖縄を見て育ってきた世代の逡巡と苦悩だ。
その投稿の主と会ったのは、辺野古に土砂が投入されて1週間ほど経った12月21日だ。名護市内のハンバーガーチェーン店に現れた大学4年生の新垣優奈さん(23歳、仮名)は、やや緊張しながらも背筋を伸ばして、言葉を選びながら話し始めた。
昨年12月14日、辺野古の海への土砂投入が強行されたとき、彼女は大学で授業を受けていた。
「とうとう、きたか」と思った。すぐに現場に赴こうとも思ったが、余計に落ち込んでしまいそうで、とどまった。辺野古の現場に立ったのは翌朝のことだ。緑がかった薄いブルーの海は、いかにも頼りなげで繊細だ。その海とは相いれない赤茶けた異物が、無造作に流し込まれていた。

心は乱れ、堂々巡りに陥る

先の知事選で、辺野古新基地建設に反対を掲げた玉城デニー氏が当選したことで、沖縄は民意を示したはずなのに、その心を容赦なく土足で踏みにじる大きな力を感じる。自分たちの無力さを思い知らされた。言いようのないよどんだ気持ちを、どこにぶつければいいのか。友人たちと話し合ったが、糸口が見出せない。この思いをFacebookに投稿するかどうか、迷った。
沖縄の若者たちの間で基地問題に触れることは、いわばタブーだ。基地で働く人もいれば、土地収入を得ている人や米兵と結婚した人だっている。もちろん基地に賛成している人だっている。彼女の親戚も米軍人と結婚した。基地問題について何か言葉を発せば誰かを傷つけるし、友だちとも気まずくなる。その問題に触れさえしなければ、人間関係に波風は立たず、何より自分が楽だ。それが沖縄の若者の処世術でもあると彼女は思う。だから、投稿は「掟(おきて)」を打ち破ることになる。
何人かの友人がFacebookに投稿をしているのを見た。でも、自分が投稿するのは、やはり怖い。これまでも政治的な投稿をしたことがないし、無用な反発を招きはしないか。でも、関心が集まっている今、書いておかないと後悔しそうな気がする。心は乱れ、堂々巡りに陥る。
それでも基地と向かい合うことの苦しみを、なんとか伝えたい。同じように苦しんでいる人たちだけでなく、努めて無関心を装っている若い人たち、諦めてしまっている人たち、それに基地を容認する人たちにも、「みんな苦しいよね」って、心の扉を叩いてみたいから。
12月16日の夜、自分の部屋でスマホに向かった。「基地」とか「米兵」「民意」など、硬いフレーズは柔らかい言葉に置き換える。真意が伝わらないし、誰かを批判することになりかねない。こと基地問題に関しては、この島に加害者はいないと思っているから、誰かをターゲットにはしたくない。

スマホで書き始めると、涙が止まらなくなった

書き始めてはみたが、スマホのキーボードを操る指先が何度も止まった。この島で生活する人たちが、自分ではないだれかのために、どれだけ涙を流してきただろう。それを思うと、涙が止まらなくなった。
2時間ほどで書き上げた文章をFacebookに投稿した。
私は沖縄で生まれて、沖縄で育ってきた。
この島で生きる人たちはとっても優しくて、
とってもあたたかくて、とっても強い。
大切な人をまもりたい。
未来の沖縄を生きるみんなをまもりたい。
どんなにその思いが踏みにじられようとも
歯を食いしばって闘ってきた。
どれだけの人が沖縄のために
自分ではない誰かのために
たくさんの涙を流してきたのだろう。
どうしてこの思いが届かないんだろう、
くやしくって かなしくって たまらない。
優しさで溢れるこの島で
誰も望んでないのに
どうして外からやってきたものによって
対立させられなきゃいけないんだろう。
わかっているはず、
対立なんて誰も望んではいないこと。
誰かを傷つけたくて
傷つけている人なんていないこと。
誰かを傷つけることで
自分も傷ついていること。
ただしあわせになりたいだけ。
私たちはすでに
平和をつくるための知恵だって術だって
ちゃんと持っているはず。
本当に大切なものはなんだろう。
本当にまもりたいものはなんだろう。
みんなにとってのしあわせってなんだろう。
しっかり見つめ直したい。
もう誰かが傷ついているのをみたくない。
ただそれだけ。
対立によって分断される島では、どんな立場の人も傷ついていることを嘆きながら、責任の所在を示す言葉を一切排した投稿の中で、唯一彼女が遠慮がちに名指ししたのが「外からやってきたもの」だ。逃げ場のない切羽詰まった状況を招いたのは、紛れもない私たち本土の人間であることを実は突きつけているのだ。
彼女は沖縄県南部の高校から台湾に留学し、卒業後も台湾の大学に進んだ。2年前に、名護市の大学に編入して教員を目指している。米軍基地のほとんどない南部出身だから、あまり問題意識を持ったことはなかったが、祖父から沖縄戦で弟を亡くした話を聞いていたから、戦争を連想させる米軍基地には漠然とした違和感を覚えていた。

「基地問題に向き合うのは、苦しいことなんです」

名護市の大学に通い始めてから、辺野古の基地建設に反対する人たちが集まるキャンプ・シュワブのゲート前に行ったことがある。荒々しい抗議の声を挙げる人たちの気持ちもわかるが、罵声を浴びせられる日本人の警備員も、ある意味で被害者だと思った。この島には加害者がいないはずなのに、県民が分断されていることを実感した。
友人に誘われて社会問題のワークショップに参加したことがきっかけで、昨年2月に投開票された名護市長選を手伝った。関わったのは辺野古の基地に反対する現職候補だったが、政府与党の推す候補に敗れた。
そして9月の知事選でも、基地建設に最後まで抵抗しながら逝った翁長雄志の後継となる玉城デニー現知事を応援した。劣勢が伝えられながらも、最後は圧倒的な民意が示されたはずだった。が、中央から返ってきた答えは、土砂投入の強硬策だった。
「基地問題に関心のない人は、いないと思う。無関心を装っているだけ。関わったら先が見えないし、いくら闘っても無視され続ける。何をしてもダメだと諦めている人も多い。この問題に向き合うことは、それほど苦しいことなんです」
そう話す彼女の瞳に、涙があふれていく。
新垣さんが実際に投稿したfacebookの記事(筆者撮影)
Facebookへの投稿直後から、コメントやメッセージが届いた。
「1人じゃないぞ!」
「シェアさせてね」
投稿して気持ちの整理がついてきたような気がしている。いまは、声を挙げてよかったと思えるようになった。
今年、沖縄が日本の捨て石となって12万人以上の県民の命が奪われた沖縄戦から74年が経つ。1952年のサンフランシスコ条約で日本は独立を果たしたが、沖縄は切り捨てられて米軍施政下に置かれる悲哀を味わう。民有地は米軍に取り上げられ、基地反対闘争が激しさを増す本土から米海兵隊が移転してきた。1972年にやっと本土復帰を果たしたものの基地は残され、沖縄と本土の負担割合は7(沖縄):3(本土)と固定化されていく。その苦難の歴史を経験した世代にとって、新たな米軍基地は本土の差別意識の表われに映る。本土では基地を拒否する民意が尊重されるのに、なぜ沖縄の民意はないがしろにされるのか。差別構造を抱えたまま、沖縄は耐え忍んできた。外形的な基地の存在とは別に、沖縄の内面的な苦悩をも深めてきたのだ。

若い世代は、分断社会を見て育った

戦後75年近く、基地と共存を余儀なくされてきた県民のなかには、生活のために基地への依存を深めてきた人も少なくない。さらには新基地が建設される予定地の住民の一部には、国から県を通さない「直接補助金」が交付されるなど、政府の露骨な分断化が進められてきた。
住民投票でも選挙でも基地への賛否が焦点となり、そのたびに容認派と否定派が泥沼の戦いを繰り広げて地域とともに心も分断されてきた。
普段は優しさにあふれ、助け合って生きている大人たちが、基地問題になるとしこりを生む地域社会の実像を見て育ったのがいまの若い世代だ。基地問題と真剣に向き合えば心がささくれ立つことを知った若い世代は、この問題を遠ざけるようになり、やがて「触れてはならない」という閉塞感に支配されていく。
2017年4月に沖縄タイムス社と朝日新聞社、琉球朝日放送が共同で実施した県民意識調査で、辺野古新基地建設に「反対」と答えた人は全体の61%で、「賛成」は23%だった。18〜29歳までの若い世代の「反対」は61%と平均値に達している。30代は68%、40代は58%、50代は53%、60代は67%、そして70代は59%。若者世代の「反対」は意外と多いことに驚く。
かと思えば、同じ調査で沖縄の最重要課題を問われ、70代以上は「基地問題」(48%)が最も多かったが、18〜29歳は「教育・福祉」(41%)が最も多く、「基地問題」(24%)がこれに次いで多かった。
とらえどころのないように映る若者の意識だが、「戦後世代」が直線的に怒りをぶつけることが許されるとすれば、沖縄の若者は、基地容認派も含めて、感情や行動が相反するアンビバレントな葛藤のなかで漂っているようにもみえる。
その若者の間で葛藤の殻を破る新しい動きが芽生えてきた。(つづく)

転載元転載元: kakaaのブログ〜土と野草と野菜の生命力を信じて〜

ひみつを まもりますので、 しょうじきに こたえてください

「いじめ」を調査するアンケート用紙に書いてあった「約束」だ。

このアンケートに
女児は必死の勇気をふりしぼって訴えを書いた。

お父さんにぼう力を受けています。
夜中に起こされたり、起きているときにけられたりたたかれたりされています。先生、どうにかできませんか。


しかし、約束は守られなかった。

それどころか
事もあろうに
教育委員会の職員は
当の父親にこのアンケートのコピーを渡してしまったのだ。



女児は
父親に殺された。



どんなに怖かっただろう
どんなに絶望しただろう


子どもとの約束は
大人とのそれより軽い
と思っているのだろうか?



「配慮を欠いていた」
とか
「不適切」
とかいう話か?



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こちらはプライムニュースの書き方


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