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昨日深夜、実家に帰ってきました。
本日は父親の命日。実家でおとなしくしてます。
ま、今日以外は遊ぶ予定ばっかりですが。。。昨日も飲んでました。
さて、命日ということで、午前中は簡潔ではあったけど、おつとめがありました。
正直、全く持って信心深くない俺ですが、ああいう形式をとることによって、父親の死と向き合う時間を得ることができたというのは間違いないし、たまには良いものです。ただ、そう思いながらも、やっぱり自分は仏教とか宗教を信じるタチではないとも痛感。
仏教・宗教を否定するつもりは全くありません。
神仏を信じることにより、得られることもあるし、それはそれで凄いこと・尊いことだと思います。
ただ、よほどのことがない限り、俺はこの先、無神論者だろうと改めて思ったわけです。
疑いなく信じきれない限りは、その神仏の考え・教えに身を預ける気にはなれないし、親類がどうだからどうとかで決めていいと思えない。そんな軽いものでもないと俺は思うわけです。だったら、俺は信じませんよ、と。
少々冷たい考え・言い方かもしれませんが、俺はそういう人間です。
最近、よくわかってきたんですが、俺は自分の気持ちに厳しいです。
ときには冷淡とか、理想が高いとか、いわれるのはそこに起因してるんでしょう。
でも、それが俺です。自分を信じて、自分に厳しく、自分を成長させたいんです。
だから、大事なところは妥協したくない。いろんな感情を妥協したくない。
父親が逝ってから2年目のこの日、そんなことを考えてしまいました。
いや、今日実家に帰ろうと決めた日(1月中旬)から、なんとなく考え始めてたことがまとまった感じ。
なんというか、父親の死と向き合うということは、結局自分と向き合うということに繋がるんやなぁ、とひどく実感しました。
1年後は全く別のことを考えてるかもしれんけど、それは今の考えがあって紡ぎ出されるものだと思います。
改めて、今年は自分に厳しく、その結果充実した楽しい1年としたい、と決心しました。
ま、ある程度のゆとりは持つけど、大事なところは厳しくしめていきます。
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