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***心を落ち着ける*** 心が動揺しているときには、杯に弓の影が映るのを見て、蛇かと驚き、草むらに横たわる大岩を見て 、伏した虎と見間違う。それは、自分の目に映るものすべてが自分を攻撃してくるように錯覚するか らだ。 これに反して、心が穏やかなときには、残忍な人間もカモメのようにおとなしくさせ、騒々しいカエ ルの鳴き声も美しい音楽のように聞くことができる。つまり、心が落ち着いていれば、すべてのもの を、ありのままにとらえることができるということだ。 (菜根譚 後集48) 「心にゆとりを持つ」ことと、「心を落ち着ける」こととは、相通じるように感じます。心にゆとり がなければ、心が落ち着かなくなると思うからです。 しかし、「心のゆとり」と「心の落ち着き」は、微妙に違うような気がします。何が違うのかという と、多分、心にゆとりがなくても、心を落ち着かせることはできるだろうと思うからです。飽くまで も可能性の問題なのです。普通は、心が動揺している時は、心に余裕がない時なのですが。 >心が落ち着いていれば、すべてのものを、ありのままにとらえることができるということだ。 >確かに、心が落ち着いていれば、周りの状況の情報をより多くキャッチでき、その状況をうまく把 握でき、ものごとを、ありのままにとらえることができるでしょう。 問題は、「どうすれば、心を落ち着かせることができるのか」と云うことだと思います。 先人達の「おしえ」は、「べき論」で遺されている場合が多いと思います。すなわち、「〜すべき である」という価値判断を述べているのだと思います。 「〜する為にはどうすればいいのか」は、自分で考えなさいと云うことだと思うのですが、逆に言 えばそんなことは、考えにくいので、「おしえ」になるのだと思います。 「実例」があれば、考え易いのかも知れないと思うのですが・・・・・・。 ***騒ぐ心*** 心が騒ぐ 騒ぐ心は毒となる 毒は他人を苛立たせ、他人は自分に襲い来る 台風一過のごとく、騒ぎよ静まれ 心が揺れる 揺れる心は猜疑心 見るもの聞くもの不信なり 振り子の揺れの止まるがごとく落ち着け 心が動く 動く心は止まらない 他人を傷つけ、自分も傷つく 心は止まらずとも、頭を冷やせ 何かから追われ、影のごとく張り付く 次から次にノルマが襲って来て、忙しく動く心 一服の煙草のごとく、少し休め |

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こんにちは。
心の落ち着きは平常心ということでしょうか。
年とともに心にゆとりを持ちたいと思いますが
なかなか難しいです・・・
2010/12/10(金) 午後 1:02
>心の落ち着きは平常心ということでしょうか。
>はい。そうだと思います。
平常心を確保するには「冷静さ」と「心のブレーキ」が必要だと
思います。
「心のブレーキ」は、我慢のことだと思います。
現代社会の中で、落ち着けるのは、寝ている時なのかもしれ
ません。(笑)
2010/12/11(土) 午前 11:18