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▼BCL(海外放送受信)ブームだった1977〜80年頃、松下電器産業(現・パナソニック)のBCLラジオ、「クーガ」や「プロシード」の広告に、ヘッドホンをした年配の外国人の写真とコメントが出ていたことを覚えていますか? この人の名前は、ヨゼフ・ナジ(Jozsef Nagy)氏。 広告によるとヨゼフ氏は宮崎県日向学院名誉教授で、BCL歴57年。(1977年の広告による。1980年の広告では「BCL歴60年」と書かれていたので、1920年=大正9年からBCLをやっていたという意味らしい。ちなみに1920年はアメリカで最初のラジオ商業放送がスタートした年) また広告には必ず、ナジ氏の写真の横にコメントが添えられていました。例えば「クーガ2200(RF-2200)」では「イタリア時代の恩師マルコーニに、クーガ2200を見せたら、何と言っただろう。この直ダイ・メカに値する賞賛の言葉を、いま私は見いだせない」。またプロシード2600(RF-2600)では「輝かしい偉業を達成したプロシードに、私は新しいBCLの楽しみを見いだした」といった具合です。 ▼ある日ふと、ヨゼフナジ氏のことが気になって、わかる範囲で調べてみました。 過去の広告から判明していることは、 ・1908年ハンガリー生まれ ・1920年、12歳で鉱石ラジオを自作以来、BCLの魅力に取りつかれる ・1928年、イタリアのボローニアでマルコーニ(イタリアの無線研究家。無線電信を開発)の講義を受ける ・海外放送受信を通じて、日・英・伊・西など5か国語をマスター ・1936年来日 ・宮崎県の日向学院の名誉教授(1977〜1980年の時点) −−といったことでしょうか。来日の目的、現在までの経歴、教授としての専門分野、そして今もご健在なのか、といった点が気になるところです。 ▼手がかりを求め、まず宮崎県にある日向学院のWebサイト http://www.hyugagakuin.ac.jp/ を訪問。同校はカトリック系の中学・高等学校のようですが、残念ながらヨゼフ・ナジ名誉教授に関する記述はありませんでした…。 そこで検索エンジンで「Jozsef Nagy」で検索。残念ながら同姓同名の人物が多すぎ、ご本人と思われる記述にはたどりつきませんでした。改めて日本語で「ヨゼフ・ナジ」で検索すると、掲示板サイトでBCLファンが回顧する多数の書き込みに混じって、こんな物を発見しました。 どうやら古書店の方が運営しているブログサイトのようですが、このお店で「ヨゼフ・ナジ」という人物が書いた工業高校用の印刷の教科書(古書)を販売したことがあるらしく、次のような説明が書かれています。 横浜市のカトリック系男子校「サレジオ学院」の前身である「帝都育英学院」の、昭和27年刊行の高等学校第一学年用印刷術教科書です 私は、この「カトリック」という単語が気になりました。 そういえば宮崎県の日向学院もカトリック系の中学・高校です。昭和27(1952)年に横浜のカトリック系高校のために印刷の教科書を執筆したヨゼフ・ナジ氏と、1977(昭和52年)年に日向学院で名誉教授を務められていたヨゼフ・ナジ氏は同一人物ではないかと…。 ▼そこでもう一度、日向学院のWebサイトに戻って「日向学院のあゆみ」というコーナーを確認してみると、 ・1854年 サレジオ会誕生 ・1926年 サレジオ会 宮崎にて宣教開始 と書いてあります。 そう、横浜の帝都育英学院も、宮崎の日向学院も「サレジオ会」という、同じカトリック系の団体の下にあったのです。しかも調べてみるとサレジオ会の本部はイタリア! どうやら線が繋がってきたようです♪ ちなみに帝都育英学院ですが、1934年にサレジオ会によって設立(開学は翌1935年)。その後「育英工業高等専門学校」などいくつかの校名を経て、現在は「サレジオ工業高等専門学校(サレジオ高専)」という名前になっています。 この学校、昭和の時代は印刷関係に強く、日本で初めてラテン語の辞書を活版印刷したことでも知られているそうです(そう言えば、昔の「聖書」はラテン語でしたね)。 ▼ここまでの断片的な情報を、想像を交えながらつなぎ合わせてみました。 ・ヨゼフ・ナジ氏はマルコーニにも師事した技術者で、印刷技術の知識が豊富だった。 ・キリスト教(カトリック)の信者で、イタリアに本部があるサレジオ会に所属していた。 ・サレジオ会の指示により(聖書の)活版印刷技術啓蒙と高校運営のため、1936年、28歳で日本に派遣された。 ・昭和27(1952)年当時は帝都育英学院(現在のサレジオ高専)に勤務し、印刷術教科書を執筆。 ・その後、何らかの理由で同じサレジオ会傘下の日向学院に異動し名誉教授を務めた。 −−ということではないかと思っています。 ▼では広告で見かけなくなってからの、ヨゼフ・ナジ氏の消息は? ダメモトでFacebookで呼びかけてみたところ、なんとサレジオ高専の卒業生の方が、確認・調査に動いてくださいました。以下がその結果です。 「お尋ねのヨゼフ・ナジ先生(修道士)は1990年2月に逝去しています。 高専では工高印刷科、高専印刷工学科で教えられ、日本における印刷界の草分けのような方でした。 古い印刷業界の方は知っている方がいます。」 −−ああ。修道士だったヨゼフ・ナシ氏は、今から22年前、81歳で帰天され、70年に及んだ氏のBCL歴も閉じられたようです。ご存命のうちに一度お目に掛かりたかったです…。慎んでご冥福をお祈りいたします。 では最後は、ヨゼフ・ナジ氏が遺した、この言葉と共にお別れしましょう−−。 消息調査にお力を貸してくださった方、関連資料をご提供いただいた皆様にお礼申し上げます。 なおヨゼフ・ナジ著「工業高等学校印刷術教科書」ですが、実は日本の印刷界における名著らしく、東京都中央区にある「一般財団法人 印刷図書館」が所蔵しており、一般人でも閲覧が可能です(入場は有料)。興味のある方はご覧になって、氏の業績に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。 <追伸> この件をTwitterでツイートしたところ、ある方から「(ヨゼフ・ナジ氏が印刷技術者で日本の高専で指導していたという)この話、何かで読んだ記憶があります。雑誌“短波”だったかも。」というレスをいただきました。もしヨゼフ・ナジ氏のプロフィールに関する記事が掲載された雑誌等をお持ちの方、ヨゼフ・ナジ先生の指導を受けたことがある卒業生の方は、ご一報いただければ幸いです。 ★ヨゼフ・ナジ氏の消息の「続編」はこちら → http://blogs.yahoo.co.jp/hamlife_5973/62873011.html |
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これは素晴らしい。
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2012/5/17(木) 午後 4:24 [ Alicia ]
どうもありがとうございます。少しずつ糸がほぐれていく感じで、私自身も面白かったです。
2012/5/17(木) 午後 5:46
たまたまBCLの記事を検索していたら、このHPに行き着きました。私もヨゼフ・ナジさんのことは、強烈に印象に残っています。こんなに詳細にまとめていただいて大変素晴らしい記事になっていると思います。ヨゼフナジが残した言葉は最高に素敵ですね。あの頃BCLを経験できて本当に良かったとしみじみ思います。
2012/9/23(日) 午後 2:03 [ Fumi ]