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▼5月17日、当ブログで「BCL歴57年 ヨゼフ・ナジ氏の消息」を書いたところ、大変多くの皆様からのアクセスをいただきました( http://blogs.yahoo.co.jp/hamlife_5973/62869065.html )。改めてヨゼフ・ナジ氏が当時のBCLファンに親しまれていたことを実感した次第です。
またヨゼフ・ナジ氏に関する追加情報もいただき、それらを整理してみると、これまでベールに包まれていた同氏の足跡が見えてきました。…というわけで、今日は「続編」です!

●ヨゼフ・ナジ氏の「帰化」と「生年月日」
「ヨゼフ・ナジ氏は1959(昭和34)年10月27日に帰化し、同日の官報で告示されています」と教えてくださったのは、アマチュア無線におけるコールサイン史研究の第一人者、JJ1WTL・本林OM。
添付いただいた官報を見ると、なるほど、昭和34年10月27日付けで日本への帰化が認められています。またこの官報告示によって、ヨゼフ・ナジ氏の生年月日が「明治41(1908)年10月20日」であることや、出生地とされるハンガリーの地名が判明しました。

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官報に記載された、ヨゼフ・ナジ氏の帰化告示。


●ハンガリーの文献に見る、ヨゼフ氏の業績
本林OMはさらに、出身地であるハンガリーの地名(Szabolcs県 Nagyvarsány村)と、サレジオ会所属のクリスチャンであることを意味する「Salesian」という単語などで検索し、「Made in Hungary」という文献にたどり着きました。ここにヨゼフ・ナジ氏の業績が記載されていたそうです。これは貴重!(以下に抜粋します)
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Jozsef Nagy (1908, Nagyvarsany - 1990, Miyazaki, Japan) became an electrician and then joined the Salesian order. In 1936 he was sent to Japan to work in the Tokyo - Suginami mission school of the order (since 1963 Ikuei Junior College of Technology) where first he worked as a printer and then as a teacher. He learned Japanese and four other languages, obtained several academic degrees. He was appointed university professor in the 1950’s. His book on Western style printing, written in Japanese in 1954, is a classic. He worked as a consultant for Matsushita Corporation, developing Panasonic and NEC radio and stereo systems (e.g. RJX-4800D, RF-9000). Allegedly he also worked on the development of the Japanese stereo postcard. In 1968 he was sent to the Salesian mission home in Miyazaki, where he served as a librarian until his death.
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●ヨゼフ・ナジ氏の「帰天(逝去)日」が判明
匿名希望の女性からは、「イタリアのサレジオ修道会のWebサイトに、サレジオ会関係者の物故者検索コーナーがありますよ」という情報をいただきました。
さっそく調べてみると、確かに「IN MEMORIAM Defunti SDB」というコーナーで、氏名などから検索できるようになっていました。ここで「Nagy」と入力してみると、日本管轄のサレジオ会(GIA)に所属する「Nagy Józef」という修道士が、1990年2月16日に81歳で帰天(逝去)したという情報がヒットしました。先にサレジオ高専OBの方からいただいた「1990年2月に逝去」という情報と一致します。

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イタリアのサレジオ修道会のサイトにある物故者検索コーナーでヒット。

●日向学院では「有名な先生」だった
また宮崎県・日向学院高等学校の卒業生の方からは「学校には数人の外国人宣教師の方がいらっしゃいました。ヨゼフ先生は学生にも有名人でした。私が卒業した後で残念ながらお亡くなりになったと聞きました」という情報をいただきました。

−−情報をご提供いただきました皆様、ありがとうございました。ここで、これまでに判明した情報をまとめて、ヨゼフ・ナジ氏の足跡がわかる年表を作成してみました。参考になれば幸いです。



★ヨゼフ・ナジ氏の生涯(判明分で構成)

1908(明治41)年10月20日 ハンガリーのSzabolcs県 Nagyvarsány村で生まれる

1920(大正9)年 12歳で鉱石ラジオを自作以来、BCLの魅力に取りつかれる(氏の「BCL歴」はこの年から起算)。後年、海外放送受信を通じ、日・英・伊・西など5か国語を習得

1928(昭和3)年 電気技術者を目指しイタリアのボローニアにおいて、マルコーニ(無線研究家。無線電信を開発)の講義を受ける

時期不明 イタリアに本部があるカトリックの「サレジオ修道会」に参加

1936(昭和11)年 サレジオ修道会の指示で来日。開学2年目の東京育英工芸学校(後の帝都育英学院、育英高等専門学校。現・サレジオ工業高等専門学校)に印刷技術者として着任

1950年代 帝都育英学院の教授(注・同校では教師のことを「教授」と呼ぶ)に任命され、同校の工高印刷科、高専印刷工学科で教鞭を取る

1952(昭和27)年〜1954(昭和29)年 帝都育英学院の「工業高等学校印刷術教科書」、第1学年用、第2学年用を日本語で刊行

1959(昭和34)年10月27日 日本への帰化が認められる

1968(昭和43)年 サレジオ会傘下の学校法人日向学院(宮崎市)に移る。以降、逝去まで司書(librarian)として勤務

1977(昭和52)年〜1980(昭和55)年 松下電器産業のBCLラジオ「クーガ」「プロシード」の広告に「日向学院名誉教授」の肩書で登場。同じ頃、同社のコンサルタントとして、ラジオやステレオの開発に助言。RJX-4800D、RF-9000などにかかわる

時期不明 立体(ステレオ)印刷ハガキの開発に取り組む?

1990(平成2)年2月16日 宮崎にて逝去。享年81歳、BCL歴69年



引き続き、皆様からの新情報をお待ちしています。

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5月24日「BCLラジオカタログ 完全保存版」刊行!
BCLブームを彩った14社58機種のBCLラジオを掲載。詳しくは→ http://amzn.to/J7PD3n

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