Lambareneでガンバルネ!

ガボン共和国ランバレネ市からのブログです!

協力隊活動

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Point Denis

1月8日と9日、首都Librevilleから船で約30分の所にあるPoint Denis(「ポアン・デニ」と読みます)というリゾート地に行ってきました。

Librevilleは海に面した街なのですが、沖の方に南側から張り出している岬が見えて、言ってみれば湾の内側にあるような感じです。で、今回行ったPoint Denisはその張り出した岬の先端付近にあります。日本に例えるなら、方角は違いますが横須賀と木更津の位置関係といった感じでしょうか(詳しくはネットの地図などをご参照ください)。

今回の目的は、実は「遊び」じゃないんです。年2回行われている「隊員総会」を、今回はこのPoint Denisのリゾートホテルで執り行うため、隊員と事務所スタッフ全員で行ってきました。1月7日に着任したばかりの21年度3次隊の新隊員も、もちろん一緒です。彼らにとっては「着任の翌日に、いきなりリゾート体験」という何ともうらやましいスタートとなった訳です。

8日の朝に事務所を出発し、宿泊施設の船でピストン輸送してもらって10時過ぎに全員がホテルに到着しました。それから、途中に昼食を挟んで夕方17時まで「隊員総会」を行いました。

隊員総会終了後はみんな思い思いにビーチで遊んだり、海を見ながらビールを飲んだりして過ごしました。

夕食後は現地のガイドに依頼して「ウミガメツアー」に行きました。真っ暗な砂浜を懐中電灯片手に1時間くらい歩いて「ウミガメ遭遇ポイント」まで行き、そこで2匹のウミガメに出会いました。甲羅の大きさが直径1mくらいでしたが、ガイド曰く「まだ小さい方」だそうでガイドが今までに見た最も大きなウミガメは甲羅の直径で2mくらいあったそうです。

その日はそれあとホテルに戻って軽く一杯飲んで寝ました。砂浜を2時間以上も歩いた疲れとお酒の酔いのお陰でその日はぐっすり眠ることができました。

翌9日は朝食後にビーチバレーボール大会が開催されました。私たち「20年度1次隊チーム」は惜しくも2位(4チーム中)でしたが、チームワークに関しては間違いなく1位だったんじゃないかと思います。

その後は砂浜に落ちていた流木をバットにして野球大会をやったり、海に入ったりして昼食までの時間を過ごし、昼食後にみんなで記念撮影をして帰路につきました。

今回の旅行は「隊員総会」というのが主な目的でしたが、残りの半分は「慰安旅行」というか「合宿」というか、そんな感じでとても楽しい時間が過ごせました。

ベナン<生活編>

前々回に引き続き、研修で訪れたベナンについてです。
今回は研修以外のことについてちょっと書きます。

まず、ベナンについて驚かされたのは「ゼミジャン」と呼ばれるバイク・タクシーがものすごく沢山いることでした。ガボンにはバイク・タクシーどころか、バイク自体を見ることもほとんど無いのでかなり驚かされました。まるで、東南アジアの国に来たみたいでした。ただし、隊員はこの「ゼミジャン」には乗れません。安全上の問題から「禁止」となっているそうです。

食費は、滞在が殆ど経済首都のコトヌだったということもあり「ガボンより2〜3割安いくらいかな」という印象でした。ただ、地方に行けばもっと物価が安いらしいです。例えば地方に行くと食事も一食300Fcfaくらいとのことでした。ガボンでは、まずムリですね。ただし、値段が安いからといって食事のクオリティも低いのかというと全然そんなことはなくて、隊員連絡所周辺のレストランは何処も美味しかったです。また、地元の人が食べるようなところでも全然問題なく食べられました。

ホテルの宿泊費もガボンの首都リーブルビルでは、大体シングルで20,000〜30,000Fcfaであるのに対してコトヌでは9,000Fcfaくらいと格安です。「エアコン無し」「水シャワー」でしたが、特に問題は無かったです。

空港の近くには「エルバン」というスーパーがあって、ここでは何でも揃っている感じでした。ガボンで言うところの「ンボロ」ですね。まだ比較的出来て間もないそうですが、既に「日本人御用達」で、帰国する日の午前中に買い物に行ったら土曜日と言うこともあって事務所のスタッフと専門家の方々全員にお会いしてしまいました。

わずか2週間の滞在で、しかもコトヌだけしか見ていないので、これだけでベナンを評価する訳には行きませんが、自分としては「ガボンよりは将来性がありそうな国」という印象を受けました。幹線道路は片側2車線で舗装の状態も良かったし、結構立派な建物も沢山ありました。また、何よりベナン人はガボン人に比べるとみんな働き者に見えました。ホテルやレストランの従業員の接客態度もガボンに比べると格段に良かったし、道ばたで物を売る商人の数がものすごく多くて、兎に角一所懸命に働いているという感じでした。

これまで「西アフリカの国は、ガボンとあまり変らないだろう」と思っていましたが、実際に行ってみると「結構違う」ということが解り良い勉強になりました。今回の研修に参加していたニジェールやブルキナの隊員の話も面白かったので、機会があったら他の地域のアフリカの国にも行ってみたいです。

ということで、以上が「ベナン<生活編>」でした。

Bonne Annee!

ということで、新年あけましておめでとうございます。
今年も何卒よろしくお願いいたします。

当初、この年末は首都で過ごすつもりだったのですが、前後にいろいろと予定が詰まってしまっていて、あまり長期間任地を離れてしまうのも良くないと思い、今年も任地で過ごすことになりました。

とりあえず、元気にやっています。

気が付けば活動期間も残り6か月となりました。

今年の抱負は「元気に日本に帰ること」かな。

では。

P.S. ベナンのお話はまた次回に。

ベナン<研修編>

既に何度か書きましたが、12月13日から26日まで「ネリカ栽培・普及研修」に参加する為にベナンに行っていました。

今回と次回は今回訪れたベナンについてちょっと書こうと思います。
ということで、まずは<研修編>です。

この研修はJICA的に言うところの「在外技術補完研修」というもので、研修を主催する国の近隣諸国の隊員が参加できる技術研修です。

今回のテーマは「ネリカ米」で、ベナンのコトヌという都市にある「アフリカ・ライス・センター(旧、西アフリカ稲開発協会)」にて行われました。「ネリカ米」はこの機関がコートジボアールに拠点を置いていた当時の1994年に開発された米の品種群を指します。

この「ネリカ米」は耐乾性に優れたアフリカ稲と、多収性のアジア稲を掛け合わせて出来た品種で、陸稲(「りくとう」と読みます)品種のいくつかは従来種よりも早稲であることから、雨季の短い西アフリカの乾燥地帯への普及が見込まれています。また、タンパク質含有量が従来品種よりも高く、食糧安全保障問題という点においても注目されています。

で、今回の研修は6カ国、14名の隊員が参加して行われました。講師はJICAの専門家として「アフリカ・ライス・センター」に派遣されている日本人の方だったので、講義は全部日本語でした。

研修の目的は「ネリカの栽培方法と性質について知ること」だったので、内容的にはそんなに難しいものではなく、農業経験が殆ど無い自分にもすんなりと理解でました。研修で学んだのは「稲作の基本技術(播種方法、施肥時期の見分け方、収量評価の方法)」と「ネリカの品種別特徴」「導入時の注意点」などでした。

研修の最終日に「ネリカ米試食会」を企画してくださって、ネリカの「1,2,4,6,7」の5品種を食べました。炊き加減や精米度合いの微妙な差も影響しているようでしたが、研修に参加した隊員に好評だったのは「6」、現地のスタッフに好評だったのは「2」だったようです。ネリカを導入するに際こういった「好み」の違いまで考えると、なかなか品種の選択も難しいものだという印象を持ちました。

ということで9日間の研修も無事終了し、とりあえず栽培に必要な知識を身につけることができました。ここで得た知識を活かして、なんとか残りの活動期間内に収穫できるように栽培を行いたいと思います。

今後のアクションですが、既に種籾もあるし、「米を栽培してみたい」と言っている近所のおじさんも見つけたし、あとはおじさんが適当な土地を探してきてくれれば、すぐにでもネリカ米の栽培が始めたいと思っています。楽しみです。

ちなみに、研修参加前に慌てて自宅の庭に植えたネリカは、研修で留守の間2週間完全に放置したにも関わらず、一応枯れずに残っていました。ただ、植えてからもうすぐ8週間が経過するというのに、研修先の実験圃場で見た8週目の稲とは比べものにならないくらい茎が細く、出穂の気配すらありません。やっぱり、肥料無しでは難しいのかな...。

まぁ、兎に角、今回研修を受けたことで今までの実験栽培のダメな点も解っているので、次からはそう言った点を見直しつつ、頑張って行きたいと思います。

乞うご期待!!

ベナンでの「ネリカ米栽培・普及研修」を無事終了し、ガボンに戻ってきました。

当初乗るはずの便がキャンセルになって、その振り替え便も結局定刻から2時間ほど遅れて飛んだので、ガボンの連絡所に着いたのは夜中の3時前になってしまいました。

とりあえず、頑張って今日中に任地のランバレネに帰る予定です。



ガボンの空港について税関を通るとき、検査官(女性)にパスポートを既に手渡しているにも関わらず自分に向かって、

「シノワ!」

と言うので、睨み返しながら

「ジャポネ!」

と言い返すと、その検査官は、

「フン!日本も中国も兄弟みたいなモンじゃない。アンタ、『シノワ』って言われるのが気にくわないみたいね。そのカバン、中に何が入ってんの?開けて見せなさい。」

と、かなり高飛車な態度で言ってきました。

まぁ、フライトが遅れて深夜まで待たされた事で多少イラついているのは仕方ないかも知れないけど、ガボンに戻って早々に、

「やっぱり、ガボン人は....」

と思わされてしまう出来事でした。



ちなみにこの数時間前にベナンの空港で手荷物検査の際、同じように

「シノワ!ヒーホー!」

と言ってきた検査官がいましたが、パスポートを手渡すとすぐに

「オー、ジャポネ!オンニシワ!(『コンニチワ』のつもりらしい)」

といって握手を求めてきました。

自分も握手の手を差し出しながら、

「『コンニチハ』。でも、今は夜だから『コンバンハ』だよ!」

と教えてあげました。



今回の研修では、もちろん「ネリカ米」についてたくさんの事を学びましたが、それ以外にもアフリカの色々な事を学んだような気がします。


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