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「グダグダ旅」二日目。
さあ、山陰線の下り列車で出発。
DE15(ラッセル車)が側線に止まっていた。
廃止間際の「出雲」を先に行かせて、ローカル列車が出発。
山陰線はローカル列車でも、ツーマン運転の時の車掌さんの放送の時に「アルプスの牧場」のオルゴールを流す。
オルゴールは情緒があっていい‥のだが、ディーゼルカーの「アルプスの牧場」は尻切れトンボになるのが難点か。
あぁ、そう言えばホテルの領収書を片付けなきゃな。
えーっと‥
(中略‥「グダグダ旅」参照)

‥さあ、因美線で出発。昼食に駅弁の「あご寿司」を買う。
数年前まではタブレット閉塞をやっていたが、今は自動閉塞に。
タブレットがある内に乗っておけば良かった。
列車は山間へ向かう。
今年は雪が深い。一面の雪。

智頭で乗り換えになる。さらにワンマン列車は山の中へ。
前の方を見ると、速度制限の標識が。
「25(km)/雨 15(km)」
 97年に急行「砂丘」が廃止になった後に、落石防止の為に掛けられたそうだが‥
いくら何でも遅すぎ‥
参考 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%A0%E7%BE%8E%E7%B7%9A

県境のトンネル(物見トンネルと言うそうだ)に入る。
因幡国と美作国の境か。
登り勾配も急になってくる。
ちょうど、中国地方の分水嶺くらいになるのだろうか。
トンネルを抜けたところがサミット(路線の頂上)だったようだ。下り坂に。
ディーゼルカーの足取りも心なしか軽やかになる。

里へ下りてきた。雪も少なくなっている。
津山で津山線の快速に乗り換える。
さっきの因美線もそうだったが、今日は山歩きの恰好をした人達が多い。

結局、「あご寿司」は岡山までお預けになった。

gooブログ同時掲載
http://blog.goo.ne.jp/han9_ensen/e/65a0713713c912fdb5cedb5ae761753c

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「グダグダ旅」の本編。

この日の目的地は「餘部鉄橋」。
(先日の「いなほ」の事故時に、日テレが後述の事故を取り上げていたが「よべ鉄橋」と思いっきり間違っていた。「あまるべ」です)
「3250円」の甲斐もあって、餘部に降り立ったのはお昼過ぎ。
(特急に乗らなかったら日が陰った頃になっていた)

ホームから上がったところが見晴らしが良く、地元の人が階段と「お立ち台」を作っている。
そこへ行くと、既に「先客」が数人。その後、タクシーの運転手さんに連れられた観光客も。
運転手さん曰く、「元々ここには駅は無かったのだが、国鉄に陳情して駅を作った。そのために小学生が石を担いだんです」
(ホームから集落へ降りる手前に、その経緯を記した掲示板があった)
その他「さび止めの塗装をしていても、海側だけ潮風でやられてすぐ錆びるんです」とも。

集落へ降りる坂。アイスバーン状でむちゃくちゃ滑る。
トレッキングブーツを履いていったのだが。

集落へ降りる。橋のたもとの喫茶店で昼食。その後また橋を撮る。

日が陰ってきた。地形の関係もあるのだろうか。風がここを抜けるのもうなずける。
橋の下には、86年暮れの「みやび」転落事故の慰霊碑が。
(「暮れの押し迫った頃」だった事、「国鉄民営化間際」だった事等もあって強く印象に残っている)
手を合わせる。

全ての「旅人」に安全を。

坂を登る。相変わらず滑る。手すりが無いと登れない。
やっと着く。もう一回「お立ち台」から撮る。
雪深いホーム。誰が作ったのか、雪だるまが線路を見つめていた。

グダグダ旅

ちょっとこの2日間、青春18きっぷを消化するため山陰の方へ旅行にいってますた
(昨日の記事&コメントは山陰地方の某チェーンホテルから書きました)
ちゃんとした話はまた後日。
で、何が「グダグダ」だったか。

その1
昨日。朝は(休みの日にしては早く)7時過ぎに起きる‥が、だらだらとしていて朝食は8時過ぎ。
家を出たのが9時半過ぎ。
とりあえず、日の高い内に「今日のメインの目的地」へ行かなければ。
(以下、ややボカします‥が、「時刻表」を見れば分かるかも)
JRの某駅(春に不通になっていた路線)から「2717M」列車に終点まで乗車。
時刻表を見ると、その先の普通列車は約30分待ち。
「まあええか、(略)まで特急に乗るか」
(18きっぷでは特急に乗れないので、特急券だけでなく乗車券も別払いになる。それでも結構この「逆時間稼ぎ技」を使う「18きっぷユーザー」は多い。「ワープ」と呼ぶ人もいる)
とりあえず時刻表をめくって、その先の接続を探す。
接続ワルすぎ。
えーっと‥どこまで乗れば‥
やっぱり終点まで乗らなアカンか‥
しゃーないな。

「3015M」に乗車。
特急の車掌さんが検札にやってくる。
18きっぷをみせて「すみません、(略)から(略・終着駅)まで乗車券と自由席特急券を」
端末を叩く車掌さん。「3250円ですね」
orz‥
ちゃんと確認すれば良かった‥(もっとも、確認した所「かなり早く」家を出なければならなかったのだが)

その2
今朝の話。宿を出る。「忘れ物は無いな、ヨシ!」
はい、もうお分かりですね。
思いっきり忘れ物しました。
貴重品&薬etcを小さいカバンにまとめて、デイバッグに放り込んでいるのだが、その「貴重品カバン」を。財布&きっぷは上着の内ポケットに入れていたが。
(何故気がついたか。チェックアウトの時に領収書を貰って、ジャンパーの内ポケットに突っ込んでいたのを、「貴重品カバン」に入れようとして気づいた)

今日の予定は大幅変更。第1目的地まで3分の2ほどやって来ていたのを、慌てて引き返しました。
(そこへ行くのは中止)
ちょうど単線の行き違いで、反対列車(快速)がやって来てそれに乗れたのはラッキー‥んな訳無いやろ!
カバンは無事取り戻したので何とかOK‥

以上、うつけ者の大馬鹿話でした。おわり。

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昨日の出勤間際にネットのニュースを見たら、
下関駅が放火で全焼
というのをやっていた。

画像を見て、「ガクガクブルブル」状態に‥
http://www.asahi.com/national/update/0107/TKY200601070077.html
(朝日新聞)

下関には、去年(2005年)の正月に「フグを食べに」行ってきたので、「あの駅舎が‥」という感じだ。
(駅舎の外観の写真を撮らなかったのが残念)
下関の駅に降り立ったときの、何ともいえない「歴史の重み」の染みこんだようなコンコースの床が印象深い。
現在の駅舎は「関門トンネルの開通に伴い昭和17年建造」との事だが、当時ならまだ「関釜連絡船」があった頃だろう。
この廊下を、どれほどの人々が行き交ったことだろうか。日本統治下の釜山から連絡船でやってきた人、戦争が終わり「帰国」していった人、大陸から命からがら戻ってきた人々‥
(たぶん廊下の写真は撮ったと思うので、後ほどアップします。とりあえず寝させて‥)
以下追記(22:55)
コンコースは撮ってませんですたorz
この写真で勘弁して‥
ところで下関や広島周辺の一部の駅では、「列車の接近時」に、山手線あたりで「発車時に流れるメロディ」が流れる。
聞いたときは妙な気分だった。
(どんなメロディかは、適当に検索を掛けてみてください‥おざなりな‥)


死者が出ずに何よりだが、乗務員の備品(制服や乗務に必要な備品等)や貴重な資料が焼けてしまって仕事に支障が出るのが問題かな‥

それにしても、どうも鉄道関係の事件が多すぎますな。呪われてるのだろうか。

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元日の旅行記、アップが遅れて申し訳ないです

毎年、年末年始にJR西日本が「年末年始西日本乗り放題きっぷ」なる物を出している。
ここ数年、勤務が合うときはそれを使って元日に旅行に出ている。

さて、今年もそれを使って出発。
まずは毎年恒例のコースを。
新大阪から新幹線で博多へ向かう。
500系のグリーン車である。
ノーベル賞を取った田中耕一さんではないが、はしゃいでしまう‥
グリーン車用は18,000円なので、かなりこれで元が取れる。
それにしてもグリーン車は良い。おしぼりがサービスで出る。足を伸ばしても余裕。

さて博多へ着く。今年はさらに「青春18きっぷ」を使って九州を回ろうと考えた。
とりあえず帰りの新幹線の予約を。
最初は「のぞみ500号」グリーン車を取ろうとしたが、満席。
結局その次の「のぞみ502号」になる。最終便である。
まあこっちの方が少しゆっくり出来るのでいいか。

さて、JR九州管内は「乗り放題」が使えないので(山陽新幹線は九州内でもJR西管轄)ここから「18きっぷ」の登場。
まずは門司港へ。レトロな駅舎で有名である。
門司港駅に隣接して、「九州鉄道記念館」がある。そこへ行ってみることにする。
事前にHPで調べたが、年始の開館については何も書いていない。閉館だったら、その時はその時。また考えることだ。
果たして到着すると、ちゃんと開館していた。

展示車輌は手入れが行き届いている。屋根もついているので保存状態は良い。
(小樽の交通記念館に行ったときは、屋根がついていなかったので(海が近いのもあるだろうが)結構酷い状態の物もあった。)
さらには戦前製の気動車は「土足厳禁」扱い。なかなか気合いが入っている。

色々見て回り、記念館を後にする。
散策しているとそろそろ昼前である。ちょっと早いが昼食にする。
小樽の時に「回転寿司」が旨くて安かったので、味をしめて回転寿司にする。

‥妙に高い。
回っている意味は‥?それとも自分が貧乏性なのか?
結局「寿司7皿+魚のあら汁+サザエの壺焼き」=2,730円也。
‥何だか微妙。まあ旨かったけど‥

さて、列車に乗る。小倉へ戻り、「日田彦山線」にのる。
ホームと反対側のドアを開けて、「サボ(行き先を表示する板、語源諸説有り)」を替えている。
妙に「国鉄」の香りがする。

列車は山の中へ。ある駅で途中下車。
「採銅所」駅。筑豊は炭坑が多いが、銅も取れたのだろうか。

ちょっと散歩して、列車を撮ろうとしていたら近所のオジさんに話しかけられる。
「この間なら、山に雪が積もっていてよかったんですがねぇ‥」
「へぇ、この辺りでも雪が‥」
(あぁそうだ、「銅が取れるのか」聞いておけば良かった)
何枚か撮る。

また列車に乗る。「田川後藤寺」で乗り換え、山の中の駅で降りる。
「夜明」駅である。子供の頃に時刻表で「夜明」の駅名をみて、「どんな所だろうか」と考えたことを思い出した。
NHKの関口智宏さんの番組でも取り上げられていた。
04年の頃は近所の方が花壇を手入れしていたが、05年の時は「体をこわされた」とかで手入れを止めておられた。
待合室に「旅ノート」が置いてあった。ノートによると、数ヶ月前の「先客」が駅前商店で話を聞いたらしく、「暖かい時期には手入れをしている」との事。
機会があったら、暖かい時期にまた来ようか。

<毒吐き>
「バックナンバー」を、JRに許可を貰ってノートを置いている鉄道ファンの人が置いていたのだが、一部盗難にあっていた。
関口さんが来た頃のノートはごっそりと消えていた。持っていった奴、早く返せ。

</毒吐き>
「ノート」に一筆書いていく。

やがて次に乗る列車がやってくる。
以前も数回乗ったが、JR九州の列車は色遣いがビビッドである。
田川後藤寺から夜明まで乗ったのは(原色に近い)黄色だったが、今度は「真っ赤」である。

日が暮れてくる。結構列車交換待ちがある。待っては走り、待っては走り‥を繰り返して久留米へ。
久留米と言えばラーメンである。ラーメンでも食うか‥と駅前へ出るが、暗くてよく分からん。
ちゃんと調べておけば良かった。
少しうろついて探そうと思ったが、この日(元日)は博多駅の工事の関係でこの後本数が激減する。
新幹線に乗れなくなっては厄介だ。サッサと博多へ戻ることにする。

博多に着く。で、博多ラーメンを探すが、探す場所が悪いのか営業している店がない。
(地下街へ回った方が良かったか‥)
結局居酒屋でビールと豚の角煮etcで夕食にする。また余計な金がかかった。

帰りの新幹線。疲れが出たのか、殆ど爆睡状態。
途中で目を覚ますと、おしぼりが置いてあった。冷たい‥

家に着いたのは0時半過ぎ。
疲れた‥

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