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『貞操花鳥羽恋塚(=みさおのはなとばのこいづか)』 ――初めての方はその1からお読みください―― その1【祇園社境内の場】→http://blogs.yahoo.co.jp/hana_yukiyanagi/19007081.html その2【三井寺の場】→http://blogs.yahoo.co.jp/hana_yukiyanagi/19007404.html その3【源三位頼政館の場】→http://blogs.yahoo.co.jp/hana_yukiyanagi/19007794.html その4【(続き)源三位頼政館の場】→http://blogs.yahoo.co.jp/hana_yukiyanagi/19008023.html その5【讃州松山屏風ヶ浦の場】→当記事 その6【讃州松山屏風ヶ浦 崇徳院御在所の場】→http://blogs.yahoo.co.jp/hana_yukiyanagi/19008879.html その7【高尾神護寺の場】→今しばらくお待ちくださいm(__)m 【讃州松山屏風ヶ浦の場】 ここは讃州松山の屏風ヶ浦。 朝廷の権力争いから保元の乱を起し、失敗して流罪となった崇徳院の住まう僻地です。 切りたった断崖の上で、男たちが一通の書状をめぐって揉み合っていました。 片方は平家方の使者。もう一方は、祇園社へ写経を納めに遣わされ、今この地へ戻った崇徳院の家来・瀧口靱負常久。 書状は平清盛から讃州一円に住まう平家一門へ宛てたもので、『不穏な動きのある崇徳院を殺せ』との命令書でした。 これが平家一門の手に渡っては、崇徳院の命はありません。瀧口靱負常久は決死の覚悟で書状を奪い取り、使者達を蹴散らしました。そして、その場に置き去りにされていた魚かごの中に書状を隠します。 しかし、舞い戻ってきた使者達と再び乱闘となり、書状は魚かごごと崖下へ落下してしまったのです。 使者たちの言葉から、崖の真下に崇徳院の住まう庵があることを知った瀧口靱負常久は慌てふためき、崖下へ向けて駆け出していきました。 ――その6へ続く―― その1【祇園社境内の場】→http://blogs.yahoo.co.jp/hana_yukiyanagi/19007081.html その2【三井寺の場】→http://blogs.yahoo.co.jp/hana_yukiyanagi/19007404.html その3【源三位頼政館の場】→http://blogs.yahoo.co.jp/hana_yukiyanagi/19007794.html その4【(続き)源三位頼政館の場】→http://blogs.yahoo.co.jp/hana_yukiyanagi/19008023.html その5【讃州松山屏風ヶ浦の場】→当記事 その6【讃州松山屏風ヶ浦 崇徳院御在所の場】→http://blogs.yahoo.co.jp/hana_yukiyanagi/19008879.html その7【高尾神護寺の場】→今しばらくお待ちくださいm(__)m
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