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―初めての方は「その1」からお読み下さいm(__)m
http://blogs.yahoo.co.jp/hana_yukiyanagi/56890171.html
《スキヤキ食べに行くでぇ♪》
「だって、私より綺麗な男なんておらんもの」
この台詞、紫吹リュータンはツンとあごをあげて、割にサラッと。
「あたりまえやろ?」って副音声が聞こえてきそうです(笑)
紫吹リュータンにそう言われると、なんというか・・・ねじ伏せられちゃうんですよね、ぐうの音もでなくなっちゃう。
紫吹さんの舞台姿――殊に男役姿――は、一種独特の美意識が後光のように射して本当に綺麗なんです。男とか女とかいう以前に抜群に美しい。
プラス、単に「形」が整っているだけじゃない、モダン&キュートなハードに意思的なソフトを感じさせる抜群のスタイル。足、長っ!腰、細っ!!
プラス、本人、その自覚アリアリにて(笑)
皆があっけにとられて仰ぎ見る「エアお立ち台」の上に常に居るキャラなんですよねぇ。
このオーラの真価は写真にも映像にも写りますまい!それを味わえるのはライブのみ!!
いかにご道理といえど『その他のご意見』なんざ、彼女の存在に届く前に気弱にUターンしてきそう。影山先生の反応も、敬服+「困った奴やな、リュータンは」という苦笑いという感じ。
湖月リュータンは、コッテコテにキザった男役口調で高らかに言い放ち、一瞬置いて自分のギャグに大ウケするかのような豪快笑い!
舞台上も客席も、脊髄反射みたいなブレイコウ的大笑い(^▽^)
紫吹リュータンは勝ち誇ったように華やかに笑って無意識にも影山先生を圧倒するようですけれど、湖月リュータンと影山先生・・・その雰囲気、もはや男とか女とかの区別でくくるのも可笑しい。口を真横に引いてダハハッと豪快笑いをする表情たるや「野郎仲間」そのものなんですもん!
しかし、妙齢の美女と色気ムンムンの男性が並んでここまで男女を感じさせないのってある意味すごい(笑)
《スキヤキソングのお衣装!》
スキヤキソング時のお衣装は黒×白のモノトーンカラー、キュッと絞られたウエストラインにミニスカート、統一デザインのお帽子まで完全コーディネートの「選ばれた人が着る系」スーツ!
紫吹リュータンはお衣装を完璧に着こなして超お似合い(>▽<)
クラシカルな風合いが彼女の中世的雰囲気を引き立てて、そのままマネキンにしたいぐらい。
客席は彼女を「ひたすら仰ぎ見る」感に溢れてます。
湖月リュータンは、お衣装とともに、観客的に多彩なヨロコビを身にまとっているのです(笑)
一番ニュアンスが近いのは「男役が女装(・・・ってもともと女性だから!!)」したときの、悲喜こもごもな大インパクト!ってところでしょうか。
綺麗は綺麗なんです、もちろん!
スタイル抜群は抜群なんです、モデルばり!
でもなんか・・・ぬぐいきれない禁断感?
どこか、どこか・・・コスプレちっく?
な、困っちゃうような嬉しくなっちゃうようなワクワク気配が漂う(^m^*)
このお衣装の湖月リュータンが登場した瞬間の衝撃ジワ!客席の食いつきっぷり!行動のひとつひとつに対して、いちいち笑いどよめく客席!
いやっ正直に言いましょう、みんな笑いまくりです!ブレイモノなっ(笑)
それは笑われている、っていうのじゃなくて嬉しがってきゃっきゃっ騒いでいるんですわ。
《復活、男役!!》
我を忘れて縋ろうとする少女を、ぐっと胸を張る仕草ひとつの威厳で電気に触れたように止まらせるあの気迫、男役としてのパワーのようなもの。
湖月さんのすっと尖った切れ長の目というのは元来持っている身体条件なのだけれど、そこに意志が宿ると、なんというか、男性の鋭利な感覚――導き、護る者としての覚悟とでも言ったらいいのか――が、現実の男性ではありえないほどの純度の高さ、強烈さでそこにあるんですよね。
《宝塚大劇場の封鎖》
紫吹リュータンの胸にあったのは怒りとか憤りだったように思います。
はけ口を見失った感情を、たった一つ、自由や夢や憧れへの世界への小さな空気口「舞台」(それは虚像であるけれど)へ放出する強烈なパワーに変えて、不安がる皆を叱咤するように声を張り上げるリュータンの「強さ」。
その姿を目にした皆が心に鞭を受けたように奮い立ち、歌声が最高潮に盛り上がって――――それがバシッと断ち切られた瞬間の空気を揺るがすほどの落差、その激しさ!
瞬間、クッとあごをあげて天を仰いだ紫吹リュータンの表情には、負けん気の中に犯しがたい気高さが滲んでいました。
湖月リュータンは彼女自身が怯え、動揺しているようでした。
命の終わることを知らされて、それが今くるか、一瞬後か、まだ時間はあるのか・・・そのすさまじいばかりの緊張感の中で、一瞬一瞬に「まだ生きている」喜びと「それゆえに死が刻々と迫っている事実」に恐怖しながら、それでも夢を語り愛を叫ぶ、その嘘に縋ってかろうじて立っている危うさ。
しかし、組子の顔を見わたし、不安の中で必死に頑張る彼女達の姿を目にした時、彼女は自らを奮い立たせるように気を張って皆を支えようとするんですね。
強烈な責任感というか、彼女は強いというより「強くあろう」とするんです。その姿が本当に健気で。
舞台を止められた瞬間、全身を揺るがすように身を強張らせて立ちすくみ「宝塚は、現在の日本に不必要な存在です」との宣告を受けたとき、彼女はフーッと表情を緩め、脱力するように笑いました。
―まだまだ半分以下『愛と青春の宝塚』語り!「その3」へ続く♪―
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