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5月のひとこと。
「伝統芸能のソコヂカラ!!」
《舞 台》 5ステージ
5/4(水) 朗読劇『私の頭の中の消しゴム 3rd letter/新納慎也×白羽ゆり』 銀河劇場
【ひとこと!】
やっぱりいい(T^T)この作品・・・
薫@白羽さんは、本当に体ごと相手にぶち当たっていくような、捨て身の勇気みたいなものさえ感じるほどの恋愛を、そして夫婦愛を観せてくれました。
女子力最強なビジュアルなんですけれど、内面は骨太で力強く、ことのほか男前。そしてCute!
浩介@新納さん、不満を抱えて斜に構えたチャラさも、本質的な真面目さも、優しさも、なんというか等身大の自然さが役にスッと入ってくる感じがしました。
この作品、悲劇的でドラマティックな感情を翼にして、現実+αの世界観を!という方向性もあると思うのですが、この二人は、地に足をつけてしっかりと現実を生きる若い夫婦を演じていました。
だからこそ、かな。最後の「奇跡」に、ぽっ、と、あくまでぽっ、と光が灯ったような、優しい気配がしたのです。
【舞台Review】なかみはまたあと!
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5/5(木) 『五月大歌舞伎 夜の部』 新橋演舞場
【ひとこと!】
見初めの道中、八ツ橋@福助さんが、フッ、と振り向く。
真っ白な顔の中で紅の色がにゅぅぅと糸のように細くなり、黒い切れ込みが頬に向かってのびあがっていく。
――――笑った
その認識が、圧力をもってドーンと来た。
その時間、その空間が、なんというか・・・飴のように伸びて、歪んで、グロテスクなまでにゴージャスに染まった。
見返って、ちょっと笑う、その仕草に不自然なほど時間を与えた演出は、次郎左衛門@吉右衛門さんの心の時間軸を劇場空間に押し広げたものなのだってことに初めて気付きました。
佐野次郎左衛門はこんな非日常を、時をさえ歪める魔物の住まう異空間を、自分の現実世界に取り込もうと思ったんだ。そのことに奇妙な胸騒ぎを覚えました。
そもそもそれが・・・おかしい。なにかが、奇妙に、狂いはじめた。
物語の発端となる百有余年ぶりの上演という場面を通して吉右衛門さんが見せてくれた次郎左衛門という「人間」を知るにつけ、吉原で起きたこの大量殺人事件は、彼個人の中に芽生えた犯罪心理劇という要素よりも、さらに茫漠とした、もやもやとした・・・人間個人の力じゃどうしようもない、物語全体を覆う「悪意」の気配、呪いとか恨みとか、妖刀の存在感とかが奇妙に浮き上がって、因果応報の細い糸が知らぬ間に人生にまとわりついてくるような感じがしました。
私は今までこの芝居の本質部分を現代的な印象でとらえていましたけれど(というか、今はそういう方向性で演じるのが主流だと思う)なんか、よりいっそう錦絵的というのか、土着っぽさというか、籠釣瓶花街酔醒はドーンとした正真正銘の大歌舞伎なんだなぁって感じたことでした。
そんな作品輪郭を感じさせながら、すべての役者さんがもう上手い上手い!!
今まで見てはいたのに知ることがなかった花魁衆それぞれの個性が浮き絵のように感じられたりしました。初菊花魁の初々しさ、そして九重花魁@芝雀さん!情に泣けるとはこのことか!
愛想尽かしとかの心理描写はもう劇場空間を縛るほどの緊張感で、この場面だけでも「ひとこと」じゃ収まらない!(というかもう収まってない(笑))
なんというか、歌舞伎の楽しさに改めて惚れ直してしまって、どうしようもなく歌舞伎が観たい!!って気持ちがそれこそ狂ったように沸き起こった観劇となりました。
【歌舞伎Review】なかみはまたあと!
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5/21(土) シネマ落語『落語研究会 昭和の名人 弐』 東劇
【ひとこと!】
「船徳」@志ん朝さんがみせてくれる、スカッ!とした景色。
「臆病源平衛」@馬生さんのちょっと怖いような、奇妙にほのぼのとした、ちょっと「普通」がでんぐりがえるような世界。
「引越しの夢」@圓生さんの、褒め言葉としての「安っぽさ」。
他の芸能じゃ切り捨てちゃいそうな部分を、大の大人がとことん演る!感じがタマランです(>▽<)
落語っていうのは「大げさなことが嫌いな照れ屋」的芸、って印象を受けたのですが、「中村仲蔵」@正蔵さんこそ、実に「大!落語的、大!グランドロマン!」って感じのがっしり重量級な見応えでした。
【落語Review】http://blogs.yahoo.co.jp/hana_yukiyanagi/60992634.html
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5/22(日) 『五月大歌舞伎 昼の部』 新橋演舞場
【ひとこと!】
梅玉さんの早瀬伊織が超絶素敵!
いや!
素敵すぎ(>▽<)!!
騙し討ちに殺されてしまう「福島天神の森」の場など、消えゆく命に青い炎が纏わるが如く。素晴らしい繊細、薄幸の図が、髪を捌いたビジュアルと相まってすごい純度の高い美しさに昇華していました。
梅玉さんの色気ってひんやりした清潔感があるんですよね。色気というのはそもそも女性的要素を持つから、温かったり(←あたたかい、じゃなく、ぬくいってニュアンス)ベタついたり、男が演じることで奇妙なグロテスクを感じさせたりもするんですが、梅玉さんには不思議なくらいにそれがない。さりげないようでいて、芸容として小さくない、薄くない。過不足のないほどのよさ。
だから、兄弟愛も美しさが美しさのままに在る。玲瓏で、あたたかく、端正。
錦之助さんの弟君@源次郎も、若衆の魅力存分で素敵だった!この方の色気も性質が似てますね。幾分硬質なのがまた、お役にドンピシャ。
この方が・・・夜の部では、盲の文次なのだものな(笑)
役者が腹の中に飼っている「芸」って生き物の、人をくったお調子者ぶりにはもはや笑ってしまいます。
早瀬兄弟のちょっと浮世離れしたほどの「白」さが、幸四郎さんの「黒」を鮮やかに際立たせて効果抜群。
幸四郎さんの究極の悪人面(褒めてますもちろん!)、もう、それだけでいい!台詞言わなくてもいい!存在が喜び、そんな感じ。
東間三郎右衛門@幸四郎さんと片桐造酒頭@歌六さんが並んでゆっくりと笠をあげ、極まるところなんて、その拍子にあわせて期待が膨らんで膨らんで、鼓動が高まってきわまって・・・うわ、キター!!っていう、ほとんど錦絵、完璧に近いような、その舞台姿!
もはやカタルシス?と呼びたいぐらいの陶酔感でした。
染の井@魁春さんもとてもよかった!
【歌舞伎Review】なかみはまたあと!
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5/27(金) 『J亭落語会 立川志らく 独演会』 虎ノ門J亭(JTアートホール アフィニス)
【ひとこと!】
志らくさんの「らくだ」。大物いきます、って言って語られました。
今でもこの高座を思い出すと、意識がすっごい鋭利に尖って、人間って存在の核の部分に逸らせない視線を向けさせられる気がする。
人は、死ぬまで生きてなきゃいけない
その哀しさと、動物的で揺るぎのない力強さ。
人はなかなか死なない、命はこんなに脆い、その両方がほんとのことで「・・・真逆じゃねぇか(激しいツッコミ)」どっちなんだよ、って言われたってそんなことわかんない。
哲学に頼り宗教に頼り、命に意義付けしようとしたって、ぐるりとめぐって最後は結局、人間、死ぬまで生きてなきゃなんない、ってこと、それだけ。
正解も不正解もないけどさ、回答にもなってないけど、ホントのところ、それだけだよねぇ?
それが哀しくて、滑稽で、ふてぶてしくて、ゆるぎなくて、尊いのだよね。
こんな言葉は軽々しく使っていいものじゃないとは思うのだけれど、この志らくさんという方、天才だと思いました。
二人のお弟子さんが出ていらしたけれど、この師匠の元に居たいって思う気持ち、いや、居なきゃいけないんじゃないかって切羽詰って思う気持ち、なんとなくわかる気がしました。
【落語Review】なかみはまたあと!
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志らくの「らくだ」
談志の伝説の“らくだ”には、まだ、遠く及びませんが、その精神を色濃く受け継いでますね。
屑屋さんの変貌ぶりが、エキセントリックでイイですよね。
この噺に登場する屑屋さん。最初、長屋の月番さんに香典を貰う時は、凄ーく嫌々。
次に、大家さん家に初回、酒/煮染/握り飯を貰いに行く時は、面倒だなぁー
二回目に、かんかんのうを見せに行く時は、口では嫌と言いながら…
そして、最後、菜漬けの樽を八百屋に借りに行く時は、かなり率先して行きます。
この徐々なる変貌と、酒を丁ノ目半次に薦められて、一杯目は、薬を飲むが如くに嫌々に。
二杯目は、味に感動して、酒を味わいながら、大家の悪口を始める。
更に、酔いが回り始めた三杯目。今度は、半分飲んだところで、「煮染を一つ」と肴を要求する。
徐々に、酔って大トラになる屑屋の面白さ!ここが一番の腕の見せどころ。
2011/6/6(月) 午後 6:28 [ Mars_jj_boy ]
兄弟で馬生師匠と志ん朝師匠、なんとも兄弟での二人会とかやればイイのに、まず無かった。
何故か?
このシネマ落語だからできたけど、志ん朝の『船徳』と馬生の『臆病源兵衛』なんて聴けません。
で、
異論を受けそうですが、前座/二つ目時代はやっていた「談春・志らく二人会」
あれは、この志ん朝・馬生二人会のような雰囲気で、大変良かった!もう、20年以上前の話になりますけどね。
圓生師匠
本当に70を過ぎても成長した咄家です。最も凄いと分かるのは、
レコードで録音した『圓生百席』と、ライブで喋る根多が、明らかに違うのです。
簡単に言うと、レコードだと喋りで分かるように、ト書きが多め、
しかし、ライブでは、できるだけ会話なんですよ。ビックリします。目から鱗ですよ。
2011/6/6(月) 午後 9:57 [ Mars_jj_boy ]
Mars_jj_boy様、うわーーーー!!まさにそう!
コメントを読んで脳内再生しましたら、あの喜びが戻ってきました♪
談志さんのらくだ、志らくさんが足元にも及ばない?どれだけの素晴らしさなんだろう・・・想像がつきません。
体験したいなぁ。
2011/10/2(日) 午後 2:44 [ 雪柳 ]
そうなのですか、シネマ落語って、思い入れの深いファンの方には、ひとつ作品での競演という喜びも入っている企画なのですねぇ。
圓生さん、それ、すごい・・・噺家は、客の頭の中に浮かぶ映像を透視しながら話しているようなもの、ってことかしら。
ラフに、くだけた話をしているようで緻密。凄みを感じますねぇ。
2011/10/2(日) 午後 2:50 [ 雪柳 ]