文花座

歌舞伎、宝塚歌劇団、劇団四季・・・大好きな舞台の感想をつらつらと♪

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12月の風物詩といえば!
カブキズキには「忠臣蔵」。
バレエファンには「くるみ割り人形」で極めつき、でしょう(>▽<)!
「くるみ〜」はキュートでシュールで現実になった夢そのもの、まさに美しい人たちからのクリスマスプレゼント!
こんなステキなチケットプレゼント情報を発見しました。

コカ・コーラ 「紅茶花伝」プレゼンツ
公演名:熊川哲也&Kバレエ「くるみ割り人形」
日時:12月24日(金)18:00開場、18:30開演
会場:赤坂ACTシアター
当選人数:10組20名
応募締切:12月15日(水)24時

応募・詳細はこちら↓
https://park.cocacola.co.jp/c/op0.jsp?done=http%3A//www.kochakaden.jp/&maid=95156&promotionId=CCPARK&courseId=0727-m1Z-app

公演詳細はこちら↓
http://www.k-ballet.co.jp/

劇場空間で夢を見た後、現実に戻って街に出ても・・・そこは夢の続きのようなクリスマスイルミネーション、なのでしょうねぇ。

みなさま、素敵なクリスマスを♪

『北国の春』 井上靖/著
Yahoo!ブックス: http://books.yahoo.co.jp/book_detail/AAA58754/

登場する女たちは、性格はさまざまだけれど心に温みがあって、本質的に優しい。
男たちはちょっぴり我侭で、壮年の肉体の中にどこか少年的な感傷を持っている。

茫漠とした日常にぽっかり浮かぶ白昼夢、それは「日常」からちょっとわき道にそれた景色の中での現実であったり、心が呼び覚ました記憶の中であったりするのだけれど、男は結構うきうきと、甘い感情の匂いを嗅いだり、うっすら切ない哀しみが鼻先を掠めるのを味わったりする。

そしてひと時の小さな飛躍が静かに胸に着地すると、本来の日常に押し包まれるようにもとの場所へ、本来の姿へもどっていく。

男たちのほんのちょっぴりの飛躍、白昼夢に寄り添って描き出される女性たちには、生活感と同時に年に関わらぬ可憐があり、一種の清潔感が感じられます。

これ、作者さんが、自分の願望とか夢とか、心を吹きすぎた思いの行く末とかを作中の「男」に託して、存分にその満足をかなえたんじゃないかなぁ、って思います。
いわば、井上靖流、至極贅沢な手遊び。

そんな短編9編が並んだ、すこぶる後味の良質な一冊です。

『マリー・アントワネット』 シュテファン・ツワイク/作 高橋禎二/訳 秋山英夫/訳
Yahoo!ブックス: http://books.yahoo.co.jp/book_detail/AAA54878/

マリー・アントワネットの犯した罪とは、何なのか。

彼女の性格上の美点と欠点、その立場、夫王の存在、そして周囲が彼女の生きる場所として築き上げた環境――そのひとつひとつが、それこそ「ガールズトーク」ばりの明け透けさで語り尽くされ、三分の一ほど読みすすんだ時には紙面にはっきりと「彼女」が浮かび上がってくるのです。
まことに愛すべき。スケールの小さな。「女らしさ」という言葉のもつ美点と罪を一緒くたに集めた、綺麗な、かわいそうな、まことに興味深い、唯一無二の「本物のプリンセス」。
ああ、彼女ならそう思うな。
ああ、彼女ならそれを選ぶな。
行動のひとつひとつを吟味するなら、いくつかの選択肢の中から「それ」を選んだことに(思慮の浅さを指摘できるにせよ)明確な誤りであるとか、悪意を感じることはないんです。
もちろん、歴史を俯瞰できる人間が下す評価とは別の意味で。
そして、その行動そのものが、表明する意思の一つ一つが、彼女の対社会的な「人格」をつくりあげていく。
その方向がすこしずつすこしずつ、悪い方向にカーブしていくのがはっきりわかる。

彼女は(少なくとも初期においては)フランス革命の真の意味を理解し得なかった、と作者は言い、その理由としてこう述べています。
革命の初期段階、リーダー格として王家へたてついた者たちは、疎まれ冷遇されていた貴族たちである。疎まれるには相応のわけがある−ある者は猛禽類の瞳を以って王位を狙い、ある者は賭博・借金に身を持ち崩し−もちろん王妃も、その人物たちを信用置くにあたわざる者と評価するのは当然のこと。
時を同じくして、王家に不満を募らせる国民達の怒りは個々の胸に高まる。しかし彼らは非力で、思想も行動の指針も持たない。
貴族は民衆の熱情と「正義」の衣を借りたがり、民衆は貴族の「雲の上(=王家)へ梯子をかける権利」を渇望する。
それぞれの真情は異なれど、憎むべき、倒すべき敵が一緒ならそれは仲間なのではないか!
かくして王妃が目にしたのは、とるに足らぬ、卑怯な、不埒な、信ずるに値せぬ存在たちが喚き散らす「王室批判」「権利の主張」の大合唱だった―――

ここで、私たちがもう女友達のごとくその性格を知り尽くした「彼女」はどう思うか?
非常に感覚的な、人間そのものに対する好悪のはっきりとした、実に素直な彼女なら・・・
答えはおのずから明らかだ。形のいい鼻をつんと上向けて、不快気に言い放つだろう。
笑止千万!馬鹿をお言いでない。

その反応に、彼女の人格的矛盾は一切ない。ある意味、正しくもあるだろう。
その反面、真に見るべきものは、聞くべき声は、そっぽを向いた彼女には届かなかった。
知らぬこと、気付かぬこと、無知、無理解。他の誰が陥ったとしても、結局はその人間ひとりの運命で片がつくべき罪である――ただ、彼女は王妃であるがゆえに。

上巻はここまでで終わっています。
ラストにフェルゼン伯との友情(「愛情」という言葉から現代的な軽々しさを除くなら、そちらのほうがふさわしい)が描かれているのが、まさに本書から下巻へ続く道に一輪の薔薇を落としてゆく風情。

しかし、改めて・・・
史実を歴史書としての正確さで書きとめた本書を読むと、池田理代子さんの名作『ベルサイユのばら』は、さまざまなエピソード(デュ・バリー夫人との確執、首飾り事件etc)を実に忠実に、しかも巧みに、見事な手腕で盛り込んでいるなぁ!と感じずにいられません。

本書そのものが著された時代の息吹、さらに翻訳文学らしい装飾過多な美文&クラシカルな言い回しも含め、なんとも時代がかった雰囲気にも惹き込まれます。

この内容、ベルばらファン&宝塚ファンには絶妙のツボ、ピンポイントでしょう!
好奇心をくすぐられること間違いなし!です(>▽<)

下巻では、マリー・アントワネットを「真の王妃」へと変える、過酷な運命が・・・

【公演データ】
公演名:安全地帯 完全復活コンサートツアー2010 Special at 日本武道館
〜Starts&Hits〜 「またね・・・。」
会場:日本武道館/2階南L列47番
観劇日:2010年10月5日(火)19:00開演

【主な出演】(敬称略)
安全地帯

初めての体験、安全地帯コンサートに行ってきました。
いや、圧倒的!この言葉が一番しっくりくる!
玉置さんの魅力って、一言でいうなら「オーディエンスに恋をさせる」ようなものなんだと思います。
武道館の空間で、興奮と大音量と圧倒的なカッコよさ!が体を内側から揺さぶって、うっすらと恋愛に似た感情を起こさせるんですね。
そうなっちゃうともう何をやっても、どんな些細なことでも、いわば「気になるオトコの一挙手一投足」はひとつひとつがクリアに見えるし、本来の意味でのカッコよさはもちろんのこと、ちょっとした油断とか、表情とか笑顔とか、全部バキューン!ってくるんです。
御年52歳と途中のトークで仰いましたが、ウワ、むしろ増量中〜!な色気です。

楽曲の趣向として、途中、客席から一人の女性(おそらく選ばれたファンの一人?じゃないかと思うんですが)が舞台前に据えられた台に乗って、丁度ステージの高さに上半身が出ている状態で待っている、っていうのがあって。
そこへ玉置さんが近づき、女性の前にかがみこむようにして、歌う。
女性が最初は怖気づくように、おずおずと手を伸ばすのを、玉置さんがガッと抱かかえるようにして・・・女性も、もう外聞もなく強く抱きつくのを、その耳元で歌うんですね。
その一連の動きとか、あー、ファンにとって玉置浩二って、カリスマなんだなぁ・・・って感じたりしました。

「あんまりごちゃごちゃ言わず、歌だけ歌いましょう」という玉置さんの言葉通り、たっぷりどっさり、聴かせて頂きました。
ハードな、ライジングとか激しく伴って歌う曲も素敵なら、安全地帯メンバー5人が舞台前方に据えられた椅子に座って演奏する、アコースティックテイストで聴かせる歌も、歌詞がすごくよく聞こえて沁みましたねぇ。
なにより、その奔放な、即興的な「ずらし」というか「アソビ」というか、メロディーに歌詞をのせるセンスっていうのが、すごい・・・音楽的なんだけどため息のような、つぶやきのようなリアルな言葉に聞こえて。
もちろんメロディラインもすごい素敵なんですけど。

先日、自殺をしてしまった韓国のパク・ヨンハさんとは親交があったそうで、この後決まっている韓国でのコンサートで再会できるのを楽しみにしていたのに、52にもなる死にぞこないが生きていて、あんないい青年が召されるなんて無常な感じがします、と語っていました。
「我々もいつか、いきます。今日も、彼、そのあたりに来ているんじゃないかと思うんですよ。パク君、またな」
死がすべての終わりじゃないことが当たり前のような顔をして、武道館の空間に視線を向けて、歌いだす・・・
感情を表現するすべは人それぞれだけれど、この人は、歌、を持っているんだなぁ・・・とつくづく感じました。

しかし、安全地帯の歌・・・その感情の繊細なこと。
自分の心に不感性を気取り始める前の、うっすら哀しくて懐かしい、景色がさぁーっと浮かび上がる。
感情があふれて、でも両手で受け止め切れなくて、指の間からどんどんこぼれていくのを見ているしかない、まるでリアルな記憶みたいな景色とか、見える。
叫んでもどんなふうに足掻いても、体の中から取り出せない感情をどうにか引きずり出したいと懸命になるあの感じ、普段はもう忘れちゃってたなぁって感覚がよみがえったり・・・
最後とか、煽られて会場中が歌っちゃいましたもの。
私の席なんて二階席の奥で、必ずしも熱烈なファンばかりではない場所だったと思うのに、なんかこぶしを上げて歌っちゃった。

アンコールのラスト数小節、まるでオーディエンスに――その心に一歩でも近づきたいとでもいうようにマイクから離れて客席に向かって生の歌声を届けてくれました。
2階席の後方まで、はっきり届いた、玉置さんの、生の声。

終わった後の大興奮はちょっと忘れ難い!
入り口から吐き出される人、人、人が生気に溢れた目をしてて、口々に「めちゃくちゃカッコイイ〜〜〜!!」を繰り返してましたもの。

安全地帯、第一級にカッコイイ!カリスマバンド、なのでした。

【公演データ】
公演名:歌舞伎座さよなら公演 六月大歌舞伎 夜の部 『梅雨小袖昔八丈』
会場:歌舞伎座/3階11列4番
観劇日:2009年6月9日(火)

【主な配役】(敬称略)
髪結新三:松本幸四郎
弥太五郎源七:中村歌六
手代忠七:中村福助
娘お熊:市川高麗蔵
下女お菊:澤村宗十郎
車力善八:松本錦吾
後家お常:市村家橘
家主女房おかく:市村萬次郎
家主長兵衛:坂東彌十郎
加賀屋藤兵衛:坂東彦三郎

《わるいやつら》

驚いた、こんな『髪結新三』初めて観た!
老若男女の登場人物――誰もかも、てめぇが可愛くてならないんだ。
欲とエゴを抜き身のまんま背中に隠して、野獣のご面相につんとすました人間の仮面をかけていやがる。
全員が全員、そんな「わるいやつら」の物語。

《娘お熊@市川高麗蔵さん》

私は今まで、お熊は善良な被害者だと思っていました。恋という弱みを悪人たちにつけこまれた、かわいそうな少女なのだと。
けれど、違う。高麗蔵さんのお熊は、少女の姿を借りた「女」なんです。
高麗蔵さんの目鼻立ちの整った細面の美貌は「女」を演じるに何の不足もないんです、けれど、いわゆる歌舞伎らしい女――「役としての個性」以外の人間臭を持たない、どこか超然とした、芝居の中に住まう「娘フラグ」としての女――の存在感と、彼の役者としての本質は違うんだと思う
(役者としてのというより、幸四郎新三率いるこの舞台、このお役の役作りの上での本質、といったほうがより正解かな?)
なんというか、強いのです。
少女の風貌からなんともいえないアクがにじみ出る。エゴの匂いがする。性の気配がする。
高麗蔵さんのお熊は「髪結新三」で描かれているだけで完結するキャラクターじゃなくて、今そのもの、そして未来、死ぬまで生きる人間としてのリアルさを持っていました。
綺麗な顔立ちに濃厚に浮かぶ自我の強さ。お嬢さんらしい、自分の意志に対する正直さ。そして、そのためには恩や義理やしがらみを、最後は軽いステップで飛び越えそうな、リアルなしたたかさ。

人身御供といわんばかりの結婚に泣く姿は少女らしい可憐ぶりで、こちらの同情を呼ばずにおかない。容姿の綺麗さもその感情に追い討ちをかけて。
承知しないと母は死ぬとまで言われて同意の返事をする、なんてかわいそうな不幸な少女なんだろう―――
そして、一人になったとき、愛しい男がやってくる・・・
「一緒に逃げて。駆け落ちしましょう」
なんといったらいいんだろ。泣いてすがるお熊に、想いに殉じるピュアさとか、若い恋人達の未来を暗示する儚さとか、「そうしなければ死ぬ」と言った母親に対する責任感とか、そういうの、ないんです。
いや、ないとは言わないな。女の武器として、その不幸を全部味方につけている!
好きな男の前に身を投げ出して甘えて、涙と色気にお主といい仲になった責任もしっかりちらつかせて、決断を下す感情のアンテナを巧みに探すその、したたかな生命力。
少女の仮面の下で、相手の隙を狙って獲物をとらまえようとする視線の鋭さ。
若い男女の泣き場が、その裏になんともいえないぐらい皮肉なスリリングさをもっていて、これがなんとも、強烈に面白かったんです!

お熊がかどわかされたのは犬にかまれた事故じゃない。
小さなワルが周囲を巧いこと利用したつもりでいて、ちょっと上手のワルに騙され、さらに上手のワルに助けられ、なんにもない空間に小判の雨を降らせたっていう、皮肉で痛快なピカレスクというわけなんです。

《手代忠七@中村福助さん》

こいつもねー、ワルかった!こんな色気とエゴにまみれた忠七、初体験です!
いままで観た忠七はお熊同様、若い恋人の悲劇の範疇から出たことなかったんです。
それが、この忠七さん。あのワガママ娘をゾッコンに惚れさせて、一段上から手玉にとるような余裕を持っているんですもの。
お熊に「結婚を承知したんですって」と言うところなんぞ、その拗ねたような口ぶりにほれられている自信が漲って、ホントいけ好かない!!(笑)
お熊の若さと美貌、そして自分に惚れこんで身を投げ出してくるところというのは忠七にとっても魅力というもので、失うには惜しい。けれど、ごたごたは御免。そんな色男の気配が濃厚で、でも表面は手代のつつましさを隠れ蓑にしているもんだから、あのお熊お嬢さんさえもが必死になってご機嫌をとらないといけない力関係を保ってる。

いやなやつ〜〜〜〜!!!

しかし、それでいてなんとも魅力的なのがね、福助忠七のニクイところ!
新三に髪を整えられながらかどわかしをそそのかされるところで、なんというか、自分の立場を守りながら、道義を味方につけて、かつ、お熊を手に入れる・・・その条件が整っていくのを、忠義な手代の隠れ蓑をしっかり着込んだ外面を崩さずに、用心深く、疑り深く、じっくりと検討している感じ・・・・
そして、頭で勝ったつもりがやすやすと騙されている、そのマヌケさ加減もある意味色男のかわいらしさというもので。
利口づらした色男に、一枚上手の悪の鉄槌!なんとも痛快じゃありませんか。

――わるいやつら、さらに続々!その2に続く――


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