文花座

歌舞伎、宝塚歌劇団、劇団四季・・・大好きな舞台の感想をつらつらと♪

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【第10回テキスト 義太夫原文】
後に娘は、気もいそいそ、「日頃の願ひが叶ふたも、天神様や観音様、第一は親のお蔭。エエこんな事なら今朝あたり、髪も結ふて置かふもの。鉄漿の付け様挨拶もどふ言ふてよかろやら」覚束鱠拵へも、祝ふ大根の友白髪、末菜刀と気も勇み、手元も軽ふちよきちよき、ちよき、切つても、切れぬ恋衣や、元の白地をなまなかに、お染は思ひ久松が、あとを慕うて野崎村堤伝ひにやうやうと、梅を目当てに軒のつま。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【原文】
後に娘は、気もいそいそ、「日頃の願ひが叶ふたも、天神様や観音様、第一は親のお蔭。

【解説】
夢にまで見た久松さんとの結婚が、今、現実に!
お光はそわそわ!うきうき♪どきどき!わくわく♪・・・幸せにつながる擬音語はぜんぶひっくるめたキブンで浮き足立ちます。
嬉しさのあまり、そりゃひとり言も出るってもんで。
「願いが叶った!神様仏様、みんなみんなありがとうございます!でもやっぱり一番はお父さんお母さんのおかげだわ!」
興奮状態で口走る本心でも、お光ちゃんは何より先に「感謝!」なんですよね。無意識にも信心と孝行心が滲みでる様子は健気で素朴。彼女、ホントいい子なんですよねぇ。

【原文】
エエこんな事なら今朝あたり、髪も結ふて置かふもの。

【解説】
「あーっそうだ、髪の毛乱れてないかなぁ!あぁんもう、こんなことになるってわかってたら、今朝にでも綺麗にお手入れしておいたのに!」
ちょっとぶつくさ、照れ隠し。事前に知ってたらセルフブライダルエステ、やったのに・・・

【原文】
鉄漿の付け様、挨拶も、どふ言ふてよかろやら」

【解説】
鉄漿(=かね)とはお歯黒のこと。当時、既婚女性は歯を黒く染める風習がありました。娘時分はなんにもせず真っ白にしていた歯に、これからはお歯黒しなきゃいけない。えーっお歯黒ってどうやるんだろ?何しろケッコンは初めてです。わかんない!
今までは、義理の兄さんだった久松さん・・・でも今日からは旦那様。きゃー彼のことなんて呼べばいいの?どうやって喋ったらいいの?なに言おう!わかんない!
わかんな〜〜〜い!

【原文】
覚束鱠拵へも、祝ふ大根の友白髪、末菜刀と気も勇み、手元も軽ふちよきちよき、ちよき、切つても、切れぬ恋衣や、元の白地をなまなかに、お染は思ひ久松が、

【解説】
「覚束鱠〜」以下、お光の逸る心のリズムをそのままに、言葉遊びの連想ゲームでポンポンとリズムよく言葉がつながっていきます。
覚束(=おぼつか)な(い)」の「な」に引っ掛けて今調理している「膾(=なます)」、「膾」を作るために細切りにした大根の、長細い白さから「白髪」を連想、「共白髪」は夫婦がともに白髪になるまで――老人になるまで末永く一緒に、の祝い言葉。末永く、の「なが」を「菜刀(ながたな)」=菜きり包丁と掛けて、刀からの連想で「切る」「ちょきちょきちょき」切ろうとしても思い切ることのできないのは「恋心」。こころと衣(=ころも)を引っ掛けて、衣からの連想で「元の白地」=まだ染める前の白生地のままであればさておき、まっさらな(心を)、(恋心に)「染め」てしまったからには・・・言葉遊びの連想が「お染」という女の子の名を導き出しました。
「お染は思い久(しい=なじみが深い)松が」、で、彼女にとってひとかたならぬ想い人=「久松」の言葉が導き出されます。

【原文】
あとを慕うて野崎村堤伝ひにやうやうと、梅を目当てに軒のつま。

【解説】
田舎へ追放された久松の後を慕って、奉公先の社長令嬢・油屋お染さんが、この野崎村までやってきたのです。
野崎村の堤伝いに進んできて、ようやっと、さっき村人に「久松さんの家は、門先に梅が咲いているのが目印だよ」と教えてもらったその梅を探し当ててここにたどり着いたのでした。

―その11に続く―

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【第9回テキスト 義太夫原文】
おみつは親の気をかねて、答へなければ久松擦り寄り、「この身の手詰は遁れても、この御暮らしで余程の銀、後でお前の御難義には」
「ハテ俺ぢやとて相応のかくまひはせまいものか。始末してためたあの銀は、黒谷の方丈へ上げる冥加銀気遣ひしやんな。まんざらあればかりでもないわいの。
改めて言ふではなけれど、末はわが身と一つにする約束で、このおみつは婆が連れ子、あれも否でもないそふなり、折もあらば親方殿へ暇の事を願はふてみやうと、これがほんの儲け重宝、もふ大坂へ去なしはせぬぞよ。
早却なれど日柄もよし、今日祝言の盃さすぞ。なんとおみつよ、嬉しいか、アノマア嬉しそふな顔わいやいハヽヽハヽ。
われらは又頭を丸め参り下向に打ちかゝらふと、頼み寺へ願ふて袈裟も衣もちやんと請けておいたてや。
幸ひ餅はついてあり、酒も組重も、正月前で用意はしてある。サアサア早ふ拵らや」と、薮から棒を突つかけた、親の詞に吐胸の久松、知らぬ娘は嬉しいやら、又恥づかしき殿設け、顔は上気の茜裏袂くはへるおぼこさを見るにつけても今更に否応ならぬ親の前、急に思案も出の口の壁にいの字を垣一重。
裏の病架に咳嗽く声、「ホンニこちらのことに取込んで、定めて婆が淋しからふ。
久しぶりで久松にも逢はして、この事を聞かしたら薬より効目がよい。ハテ俯いてばかりゐずと、おみつよ、鱠も刻んでおけ。久松おぢや」と、先に立ち悦び勇む親の気を、知つて破らぬ間似合紙、襖引き立て、入りにける。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【原文】
おみつは親の気をかねて、答へなければ久松擦り寄り、「この身の手詰は遁れても、この御暮らしで余程の銀、後でお前の御難義には」

【解説】
店への弁償に大金を差し出し、ひとまずの危機は脱したものの・・・ふたりの胸に不安が広がります。
(お父さんはこのお金を、いったいどうやって工面したというのか――)
あれほどの大金、貧乏所帯にあるはずもないのです。
悪いほうへの想像ばかりが膨らんで、お光は父親に問うことができません。沈黙に耐えかねた久松が久作に擦り寄って問いかけます。
「私のトラブルは解決して頂きましたけれど、この・・・貧しいお暮らしであれほどの大金を失っては、今後、お父さんに大変な思いをさせてしまうのじゃないですか」

【原文】
「ハテ俺ぢやとて相応のかくまひはせまいものか。始末してためたあの銀は、黒谷の方丈へ上げる冥加銀気遣ひしやんな。まんざらあればかりでもないわいの。

【解説】
久松の心配に応える久作の台詞。
「なにを言うかと思えば、子供のくせに余計な心配をしなさんな。いくら頼りなく見える俺だとて、自分の息子をかばってやるのにこれぐらいのことできないでどうするものか」
そして、お金の出処は?という暗黙の質問に答えます。
「あのお金は、節約してコツコツ貯めたへそくりだよ。(黒谷の方丈=)お寺さんへのお布施にしてありがたい念仏でも唱えてもらおうと思っていたが、まぁそんなことせずとも死にゃしない。いわば余分の金さ。」
そして、心配する二人の気を引き立てようとでもするかのように。
「なぁに、あれでへそくり全部ってことはない。まだあるから心配には及ばないよ」
たぶん、嘘。でも、こう言われた上でなお心配することは、父親の甲斐性を否定するようなもの・・・
息子と娘は、その優しさの前に、ただただ黙って胸の中で手を合わせるしかありません。

【原文】
改めて言ふではなけれど、末はわが身と一つにする約束で、このおみつは婆が連れ子、あれも否でもないそふなり、折もあらば親方殿へ暇の事を願はふてみやうと、これがほんの儲け重宝、もふ大坂へ去なしはせぬぞよ。

【解説】
久作の台詞が続きます。久松に向かって。
「改めて言うまでもないことだが」
末(=将来)は「わが」身と一つにする・・・ここの「わが」が「わが(娘)=お光」のことを指しているなら「お光」と「一つにする=一緒にする、夫婦にする」約束で、ってことで文意はスムーズにつながるんですが、一人称で「わが」って言ったら自分(=久作)のことを指してる可能性のほうが高いのかなぁ?
自分(=久作)と一つにする、同じものにする、といったら「家を譲って跡を継がせる」という意味になるのかな。どっちでしょう?誰か教えて(←いいかげん(^^;)

「このお光は婆が連れ子」
前出のことですが、この家の人間関係、お光ちゃんはお母さんの連れ子です。今のお父さん=久作とは血のつながりはないんですね。

「あれ(=お光)も久松との結婚を嫌がってはいないようだ。いい時をみはからって久松の勤務先へ相談し、そちらを退職させてもらって、家へ戻ってきてもらうつもりでいたら、(向うから帰してよこした。)こりゃ都合のいい、手間がはぶけてラッキーってもんだ。久松、もう大坂へは行かせないぞ」
「行かせないぞ」って言い方、戻る必要も義理もない、久松の進退の主導権はこちらだと言わんばかり。彼の気持ちを引き立てて楽に思わせてやろうとの配慮ですよね、優しいお父さんだよなぁ。

【原文】
早却なれど日柄もよし、今日祝言の盃さすぞ。なんとおみつよ、嬉しいか、アノマア嬉しそふな顔わいやいハハハハハハ。

【解説】
久松はもうこちらから願って退職させてもらうことに決まった。家では許嫁の娘がまさに結婚適齢期、準備万端!それならば・・・
「急ではあるが、日柄もいい(=大安か友引?)善は急げだ、今日、結婚式をするぞ!」
急も急、お光はビックリ!長年の夢が一気に現実になり、喜びを抑えていろってほうが無理です。
嬉しさが表情に溢れてしまうのを「アノマア嬉しそふな顔わいやい」とからかわれてしまいます。

【原文】
われらは又頭を丸め参り下向に打ちかからふと、頼み寺へ願ふて袈裟も衣もちやんと請けておいたてや。

【解説】
我ら、とは久作(=お父さん)とその妻(=お母さん)のこと。
「頭を丸め」=仏門に入り「参り下向に」=仏教修行に「打ちかかろふ」=とりかかろう・・・ということですけれども、まぁここは正式に出家するというほどじゃなく、隠居して念仏三昧の生活に入ろう、程度の意味でしょう。
常々「そろそろ・・・」と思っていたから、そこは根回しよく(笑)もうお寺にお願いして、袈裟や衣といった仏道修行のための服もちゃんと貰ってあるんだ♪と言います。

すでにこの家に準備されていた袈裟、衣。
実は後に、重要な小道具として使用されることになりますが・・・それはまた、後の話。

【原文】
幸ひ餅はついてあり、酒も組重も、正月前で用意はしてある。サアサア早ふ拵らや」と、

【解説】
ちょうどラッキーにも、今はお正月前。普段はないお餅も、お酒も、組重(=かさねた重箱。つまりおせち料理)のごちそうも準備できている・・・コレを全部、結婚式のお祝いに転用しちゃえばいいじゃないか!ってワケです。
そして、お光にさぁ祝言の準備をしなさい、と告げるのです。

【原文】
薮から棒を突つかけた、親の詞に吐胸の久松、知らぬ娘は嬉しいやら、又恥づかしき殿設け、顔は上気の茜裏袂くはへるおぼこさを見るにつけても今更に否応ならぬ親の前、急に思案も出の口の壁にいの字を垣一重。

【解説】
この急展開、晴天の霹靂、藪から棒とはまさにこのこと!
親(=久作)の言葉に久松は「あっまずい」と思う、けれど咄嗟の反論も出てこない。胸を突かれてハッとするのです。彼には、義理と恋慕に縛られた複雑な事情がある・・・
何も知らないお光は、ただただ夢が叶った!とその喜びと驚きばかりです。嬉しくもまた恥ずかしい「結婚」・・・顔は真っ赤、まるで着物の裏地に使う茜色みたい。袂で口元をおおって恥ずかしがるおぼこさ(=純情、無邪気、可憐)といったら!
久松とて、ともに育った兄妹分、彼女が憎いわけなどないのです。むしろ愛しい、傷つけたくはない。しかし・・・久松は思考フリーズ状態で、ただただぐっと押し黙るばかり。

【原文】
裏の病架に咳嗽く声、「ホンニこちらのことに取込んで、定めて婆が淋しからふ。
久しぶりで久松にも逢はして、この事を聞かしたら薬より効目がよい。ハテ俯いてばかりゐずと、おみつよ、鱠も刻んでおけ。久松おぢや」と、先に立ち悦び勇む親の気を、知つて破らぬ間似合紙、襖引き立て、入りにける。

【解説】
ト、そこに奥の病室から咳をする声がし、一同は病気で臥せっている婆(=お母さん)の存在に心つきます。
お光と久松が結婚して、この家で新しい生活が始まる!この家族にとって、これ以上に喜ばしいことなんてないのです。早速に知らせて嬉しがらせてやろう、どんな薬より元気が出るにちがいない!と久作は浮き立ちます。
照れ恥ずかしがって俯くばかりのお光を、一人にして落ち着かせてもやろうと、久作は「婚姻料理の膾を作っておきなさい」と命じ、久松を連れて奥へ入っていこうとします。
久松は、といえば・・・胸は憂鬱に沈んでいますが、若い二人の幸せばかりを願ってこれほど喜んでいる親の気持ちを傷つけることもできません。
間似合紙(=まにあいがみ)とは襖紙(=ふすまがみ)のこと。襖の紙の部分は傷つきやすく破れやすいため、触れぬよう注意を払って扱うべきものです。親の心をそれにたとえて。
そして、久作と久松は奥の病室へ。お光は一人、残されました。

――「その10」 http://blogs.yahoo.co.jp/hana_yukiyanagi/57000841.html に続く――

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《焼け跡からの復活》

目の前で歌い踊る、現役のジェンヌたちを見つめる二人のリュータン。

紫吹リュータンは、「未来」を見ていた。
唄い踊る後輩たちを目を細めて見つめる姿はまるで母が娘を誇るような幸福感に満ち、彼女自身は自分の居場所をはっきりと次のステップに乗せているようでした。
彼女を抱くようにして寄り添う影山先生も心底明るく、晴れやかに笑っていた。
本当に見ている方が照れてしまうようなラブラブぶりで、困っちゃうほど(笑)
現役ジェンヌ達の群舞と、宝塚を見守る父と母のような二人の姿、その背後には焼け野原を染め替えるような華やかな背景が見えるようでした。
宝塚は不死鳥のようによみがえり、日本は力強く復興していくのだと、そんな未来を予感させるものなど何一つないこの焼け野原にあって、はっきりと信じさせてくれるようでした。
まさに、夢を描いて華やかな幕切れでした。

湖月リュータンは、今、このとき終わった「青春」を見ていた。
自分のすべてだったものが体から切り離されていく現実を、寂しく、切なく、そして静かな晴れやかさとともに見ていた。
パワフルで男前ないつもどおりの「リュータン」と、無防備な放心状態にある素の彼女が入れかわり、立ちかわり――そんな彼女に寄り添う影山先生の気配は、凪いだ海のようでした。
静かに、しかし確かな腕で彼女を支え、彼女がまたいつもの笑顔で振り返るのをただ待っている。そんな男に見えました。
一個の人間の愛のすべて、情熱の、青春のすべてを呑み込んで・・・時代が去る。人が去る。けれど、宝塚は、続く。永遠に―――
そのことの、言いようのない悲しさ。例えようもない晴れがましさ、誇らしさ。
現役ジェンヌの群舞が生命をきらめかせればきらめかせるほどに、その対比が胸に染むようで、ひたすらに清々しく、切なかったのです。

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《タッチー×速水中尉 別れのデュエット》

タッチー:「愛している、死なせたくない」
速水中尉:「愛している、死にたくはない」
これ、死にたくはないという言葉を「残したくはない」――(愛する人を一人だけ)残して逝きたくはない、の意味――に変えたらもっと素敵な掛け合いになるのじゃないかなぁ。
日本語としては不十分だけれども、ミュージカルの中で歌われるのだから、タッチーを見つめる眼に相応の演技を加えるだけで充分な説得力を持つと思う。
それに「死にたくはない」が自分ひとりのことを指しているのに対し「残したくはない」であればタッチーと自分との関係を歌うことになるわけですし。

《速水中尉との別れ》

行かないで、私のために死なないでと必死に翻意を促すタッチー。
あの、ちょっとかすれた声で必死に叫ぶ彩輝タッチーの情熱を正面から浴びる速水中尉の気配が、なんというか・・・叫ばれるほど嘆かれるほど、その言葉の意味が消えていって「愛されている」ということだけを全身に浴びているようだったんです。
そしてそのことで、速水中尉の覚悟が決まっていくような感じがしたんです。
緊張とか、恐怖とか、絶望とか、そういうのが消えて、タッチーに今これほどに「愛されている」事実に護られて、死ぬ勇気をもらったというか・・・
どのきっかけというのじゃなく、すうっと魂が入っていくように、彼に落ち着きというか、本来の温かさみたいなものが戻ってきて、彼が本当の彼らしい気配を取り戻していくような感じがしました。
泣き叫ぶタッチーの激情を、速水中尉がちょっと困ったようになだめる感じが優しくて。そして別れ際、彼はこう言います。
「私が生きて帰ったとしてもあなたは舞台を選んだと思いますよ」
この言葉にほんのわずか、ほんのわずか、嫉妬じゃないですけれど・・・悔しさみたいなものが滲んでいたのが、少年っぽくて、人間っぽくて、いいなと思いました。

―いよいよ(やっと(^^;)ラスト!「その7」に続く―

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《影山先生の「生きる意味」》

湖月リュータンの激しい、一途な、あまりに誠実な告白を聞きながら、顔を背けた影山先生@石井さんが・・・もう、ぼろぼろぼろぼろ、涙を流しているんですよ。本当に、泣いている。
悲しんでいるわけじゃない、情けないわけでもない、理性が説明をつける以前に涙ばっかりが流れて混乱しているようなぐちゃぐちゃの表情で、大の男が泣いている。
あぁ彼は今、許されているのだなぁと感じました。
彼女から浴びせかけられる怒声の一つ一つが告げている、「生きていていいのだ」と。
でも、その啓示を与える女神たる湖月リュータン自身にはまったく神様らしい余裕もなくて(笑)不器用な怒りを借りた無邪気一途なんですよね。
でもその隙というのが、無自覚ゆえに、不器用ゆえに・・・こんなこと言ったら彼女はきっと怒るだろうけれど、かわいいんです。心底かわいい。

「影山先生が司令官、嶺野白雪は、上等兵や!」

この台詞、紫吹リュータンはくすぐったがるような甘い声音でおどけてみせました。
この台詞をそのまま「愛の告白」と言い換えていいぐらいに、情熱的で、一途で、体当たりの愛情がとにかくとにかくキュートだった。
(世界を敵に廻したってこの私が傍におるんや、私は先生にぴったりくっついて離れない!ねぇセンセ、千人力やろ!)
言葉が口を出た瞬間から「事実」にすりかわっていって、自分自身の言葉に未来を認識して驚きながら「そうやったんや!!」と気付いていくみたいなノリで、彼女は影山先生を鮮やかに復活させる。そして、ちゃっかりその世界に自分をも住まわせる(笑)
そのとき、彼女はもう信じちゃってるんです。願望を現実と認識してものすごい早い段階で全力で信じちゃって、全力で喜んじゃってる。もう手がつけられないぐらいに(笑)
はっきりいっておめでたい!実にオメデタイ、妄想族の親玉です。
でもあそこまで無邪気に、強烈な一途さで「信じられたら」・・・強くなれることに、根拠など要らないでしょう。

湖月リュータンは同じ台詞を「覚悟」として言いました。敬礼してみせる仕草もまさに真剣そのもの。
どこまでも傍らに、の覚悟は、誠実な戦友となる宣言のように響きました。

《トモの死》

「リュータンさん、セリに!」

湖月リュータンへそう言うトモの表情、その口調・・・いつも護り引っ張ってくれる「男性」の、その大らかさゆえに抜け落ちてしまうちょっとした失敗、一番そばにいる自分だからこそ気付くことのできるそれに(私がついていなきゃ駄目なんだから)と母性本能をくすぐられて甘く嬉しく怒っている、その可愛らしさ。
なんというか・・・トモの生涯というのは、本当に純粋に「タカラヅカ」しかなかったんですよね。その短さゆえ、その一途さゆえ、それは片手落ちの人生には違いないのだけれど、彼女はそこに人生を凝縮させて生きてきた。
だから、彼女にとっての「ただ一人の男」はリュータンだったんだなぁと―――イヤ、穿った考えは野暮というものですよ。現実世界での彼女は野心家で精神的には男前で、おそらく相手役であるリュータンへも、上下関係に支配されたプロ意識で向き合っていたに違いないと思わせる凛々しさと潔癖さがありました。現実にもリュータンに叶わぬ恋をしていた、などという複雑なニュアンスはまったくないんです。
でも、それなら、彼女の女の子らしい甘やかな感情はどこにそのはけ口を求めていたのか・・・それが、「舞台に立つ男役リュータン」であったのだって。
虚構の愛、作りものの恋、それに生身の自分のすべてを捧げつくしたトモ。そんなトモの「リアル」を、生身の男ではないリュータンはその「男役像」の中で受け止めつくしたのだって。このちょっぴり素直になりきれない女の子をたっぷりと甘えさせ、恋させてきたのだって。

―「その6」へ続く♪―
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