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【公演データ】
公演名:二月大歌舞伎 昼の部
会場:歌舞伎座
観劇日:2005年2月19日
【主な配役】(敬称略)
青山播磨:中村梅玉
腰元お菊:中村時蔵
腰元お仙:中村扇雀
柴田十太夫:坂東弥十郎
奴権次:片岡亀蔵 他
《毎度毎度なんですけど(笑)》
地下鉄東銀座駅に降り立ち、歌舞伎座前出口の階段を登る・・・
このときの、なんともいえない嬉しさというのはなんなのでしょう(^^)
去年の5月に歌舞伎の魅力に目覚めてしまってから、歌舞伎座通いも実に数十回目。
これだけ通えば慣れて来そうなものですけれど、歌舞伎座が近づいてくるというだけでいまだにお腹の底がざわざわざわっと落ち着かない。
嬉しい!嬉しい!って、体の中が叫んでる(笑)
地下鉄階段の頂上が明るくひらけていて、登る足もついつい早足になります。
登りきって左を見れば・・・
銀座の町並みの中で明らかに異質なくせに、どーんと腰を据えて憚らない白塗りの壁、提灯の赤、幔幕の江戸紫、積み上げられた酒樽。
来たぞー、歌舞伎座!
《「憂い」が着物を着ているような・・・》
一幕目は梅玉丈×時蔵丈の『番町皿屋敷』。
柴田十太夫@弥十郎丈に先導されて、腰元お仙@扇雀丈と腰元お菊@時蔵丈が現れます。
登場したお菊の姿を見たとき、はっとしました。お菊の存在感がひどく薄く見えたのです。
とても、変な表現になってしまうのですが・・・
二人とも、「女の体に衣装をつけている」姿は同じ。
けれども、お仙には「着物を着た女」というあたりまえの安定感がある傍らで、お菊は着物のなかの女の体がひどく頼りないような、抜け落ちてしまいそうな不思議な「薄さ」があったんです。
感情が極まった女が頭の中に思いを凝り固め、その一点だけにすべてを傾けている時―――肉体というものを置き去りにしてしまったように、ひどく頼りなく、透明に見えることがあります。
そんな感じといったらいいのかしら。
もちろん白塗りのお化粧のせいでもあるでしょうが、内側から放たれるようなお菊の「白さ」が妙に心に残って・・・・
「憂い」が人の形になって着物を着ているような、奇妙に「薄い」雰囲気を纏ったお菊でした。
《ああっ!もう駄目だっ!》
青山播磨@梅玉丈の心に不安が募り、お菊は身を揉んで逡巡します。
この場面は広い舞台に時蔵丈がたった一人。
お菊@時蔵丈の、歌舞伎座全体の視線を一身に集めた心理描写だけの一人芝居―――
言わずもがな、視線は時蔵丈お一人に集中し・・・心の声が拡声器にかかったような独り言の台詞を聞き、心の滲むわずかな動きをじっと見つめていると、こちらの心までもがお菊の心に寄り添ってきてしまっていたんですね。
お菊の心が「皿を割る」行為に現れた瞬間まで、お皿を割ることは必然に感じられていました。
お菊の頭の中と同じに。
そこに現れたお仙の姿を見た瞬間、私は心底「ああっ!!」と驚いたんです。
あの瞬間、観客の私までもが「どうしよう!!」って一瞬混乱したんですよ。
お仙が現実を引き連れてやって来たときに、お皿を割る行為が「想いを測る手段」じゃなく「割れば死罪の家宝を割った、奉公人の主家への裏切り」という事実であることに気付かされて・・・
お菊の心に寄り添っていた私の心が引き剥がされた瞬間、あまりに愚かな行為に走ったお菊を見下ろして「ああっ、駄目だ、この人破滅してしまう!!」という冷静な驚きが走りました。
もちろん、お菊はお仙に見られたことに気付いてはいない。観客だけが気付いている。
事態が不気味に歪みだしたことに不安を覚えながら、物語は一気に走り始めました。
《温かい視線》
皿を割ってしまったことを告白された播磨は驚きますが、割ったのは他ならぬお菊。
悪意のない不注意であったと詫びられてみれば、心に遺恨は残りません。
播磨はお菊に、割れた皿を井戸に捨てるように命じます。
播磨の心を試す賭けに勝ったお菊は幸せの絶頂。いそいそとその命に従います。
このときの、播磨の視線・・・皿を捨てに行くお菊の姿をずううっと見つめているんですね。
梅玉丈って、感情をあからさまに見せたり、華やかに演出することが少ない方のように思います。このときも、表情はほとんど変化していなかったくらい。
でもその視線に、恋人のわずかな行為までもがすべて愛しいと思う心がふんわりと伝わって来、微笑ましいくらい純粋な恋の喜びが感じられて。
芝居臭くないだけに、実のこもった温もりが雰囲気を染めるようで(^^)
お菊・播磨カップルのすがすがしい愛情深さが垣間見え、後の展開を知りながらも「どうか、どうかこのまま・・・」と思わせられてしまいました。
《清水にたゆたう美しい花嫁》
そんな私の願いもむなしく(涙)お菊の裏切りは明るみに出ます。
初めは皿を割った罪に怯え、命乞いをするお菊が自分の本当の罪を知った時・・・
死の恐怖にがたがたと震える体がわずかな慄きに変わり、そして静かな心で播磨の刃を受け入れていく変化が鮮やかでした。
お菊の遺体は井戸に投げ入れられ、播磨はその井戸の淵に足をかけて決まります。
袂に腕を掻い込んで大きく決まった姿は、本当に絵のように綺麗なものでした。
その時・・・なぜか、私の頭に浮かんだのは井戸に沈んだお菊の姿でした。
本当に、ふいに浮かんだんです。
冷たい清水の中に沈められたお菊の、美しい白顔、黒髪の後れ毛、華やかな衣装が金魚の尾のように揺らめいて、すべてが透明な水の中に静かにたゆたっている―――
理由はよく分かりません。
その想像は、凄惨なようでいて、グロテスクなようでいて、この上なく美しいようにも思えました。
愛する女を斬り殺し、破滅に向かって駆け出していく青山播磨@梅玉丈の「あぁ、もう、この人自分を大切にすることなんかないのだろうな」という感じ、その透明な絶望がねぇ(><)
播磨に続いて駆けて行く亀蔵丈の悲しくやるせない表情が忘れられないものでした。
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