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小・中・高とエスカレートの私立校は、受験戦争の苦労は可愛そうだと気遣ってくれた親心のたまものだ。
おかげさまで歪んだ競争に巻き込まれることもなく、12年間の学生時代に波風を感じたことはほとんどなかった。
高校は、制服が可愛いことで有名な女子高。
駅で仲間と屯するのが誇らしかったことを覚えている。
女子大生時代は恋に遊びに、テスト前はそれなりに勉強もして、日々を誠実に過ごしてきた。
大人の大好きな説教の文句―――若いときには苦労すべきだとか、自分を鍛えるべきだとか―――そんな人生の厳しさに立ち向かうことを、別に避けたわけじゃない。
私の人生には、そんなもの「なかったのだ」。
3年前、大学時代からずっと付き合ってきた同級生と結婚した。
彼は空気みたいにさらりとした人で、いい意味での個人主義が徹底していた。
そんな彼といるのは「個人の尊重」という名の奔放な自由があって、とても楽だった。
いつからだろう、彼の奔放さを「無責任」と感じるようになったのは?
理由は明らかだ。子供のせいだ。
結婚一年目で授かった子供に、彼は並一通りに喜んでくれた。
私だって、優しい夫と天使みたいな子供とのホームドラマみたいな生活に、夢は際限なく膨らんでいたのだ。
しかし、十月十日して産まれてきたものは、天使なんかじゃなかった。
甲高く身勝手な、いらつく心に一番引っかかる音波で泣く。
夜寝ない、寝ないだけならまだしも泣き喚く。
こちらの都合も考えず、どうやったって泣き止んでなどくれないのだ。
「よしよし、いい子、いい子・・・ママの心理状況って、子供に伝わるものなのよ」
なんでお義母さんが抱くと泣き止むの?
お義母さんの、あの、勝ち誇った顔!
「子供はかわいいなぁ」
そりゃ機嫌のいいときだけよ。あなたのカワイイは、ぬいぐるみに対するものなの。
「黙らせろ、明日早いんだよ!」
あたしだって寝てない!
いつも二人だけで暗い家に残される。彼は明るい外に出かけていく。
ふと見た鏡の中には、化粧気のない所帯やつれした顔。
あたしは、まだ25なのに!
大学時代の友人。フルメイクの自分の顔。バイトを入れまくってやっとの思いで手に入れたバック―――
(バイトができる自由さえ、なんと贅沢なこと)
この子さえいなければ。
最初はちょっとたたくぐらいだったのだ。わだかまった心のはけ口。
私がこの子に支払う代償に比べたら、たいしたことはないはずだと思う。
泣き喚く時の猿みたいな顔(醜い)
お義母さんの目(これだからオジョウサンは)
父親になったあの人の本心(子供ぐらい自由にできないのか)
(―――ツカエナイ奴)
この子さえいなければ!
子供が、私の行為になすすべなく泣き喚くとすっとした。
けれど、すぐに罪悪感が沸いた。
罪悪感は私自身の尊厳を奪っていくようで、それをさせるこの子が、その存在そのものがムカツクのだ。
夫の浮気に気付いた日、私は子供を平手で打った。おもちゃを片付けないのだもの!
子供は吹っ飛び頭を打った。
やりのこした用を済ませに台所へ立ち、わずかに凪いだ心で戻ってみると、あの子はそのままの姿勢でもう冷たくなっていた。
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