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沓手鳥・不如帰・時鳥・杜鵑・子規(=ほととぎす)
【意味】
ホトトギス科の鳥。その特性から「血を吐く」という意味の隠語として使われる
【『沓手鳥』お喋り♪】
今月歌舞伎座で上演されている『沓手鳥孤城落月(=ほととぎすこじょうのらくげつ)』。
かつて天下を睥睨した豊臣家が、今まさに滅びへ向かって一直線に転げ落ちていくあのドラマに「孤城落月」という言葉は大変似つかわしく思えますけれど・・・
頭にくっついている「ホトトギス」っていうのは?
なにゆえトリですのん?
―――と子供電話相談室にニセ声で電話したくなった人、多いのじゃありますまいか。
(↑いや・・・んなことしようとするのはあなただけだよ(^^;)
ホトトギスは、夏に甲高い声で鳴くあの鳥のこと。
そしてホトトギスには、その特性から「血を吐く」、「血に啼く(=なく)」という凄絶な文学的ニュアンスがかぶせられているのです。
由来はさまざまにあるようですが、まず第一にはその鳴き声。
ほととぎすの鳴声は「帛(=きぬ)を裂くが如し」と言われます。
織り目の詰まった絹を勢いよく裂いた時の音って、聞いたことあります?
人の心の一番不快なところに触る声というか、ぞっとするような・・・元がお蚕という生き物ゆえだからでしょうか、ただの布が、引き裂かれるというそのときに、まるで生き物の様な甲高い悲鳴をあげるのですよね。
蚕の悲鳴にも似たその声と並び称されるホトトギスの声は、咽喉が裂けんばかりの壮絶な甲高さを持っています。
何かに突き動かされるように叫び続けるその鳴きかたと相まって、かつての人々はそこに逃れがたい苦しみに鳴く(=泣く)思いを感じ取ったようです。
また、鳴く姿にも特色があります。
ホトトギスは鳴くとき、口を大きく開けます。そのことで、くちばしの奥に真っ赤な喉までが見通せるのです。
それがまるで悲痛な叫びに咽喉に血を滲ませているようにも見えます。
これらのことから「鳴いて血を吐く」「血に啼く(=なく)」という隠れた意味が生まれました。
また、これらの特色に想を得たと思われるこんな昔話もあります。
昔、仲睦まじく二人で暮らす兄弟がいました。
しかし兄は病を得、ついには目が見えなくなってしまったのです。
盲目の兄を家に残し、弟は日々山を駆け巡っては、目にいいという山芋を取ってきて兄に食べさせていました。
一番いいところは兄に譲り、自分は端っこばかりを食べていたのです。
しかし、弟の思いとはうらはらに、来る日も来る日も暗闇に閉ざされ続ける兄の心はひねくれてゆきました。
そして「自分の目が見えないのをいいことに、弟は隠れて美味しいものばかりを食べているにちがいない」と思い込んだのです。
誤解が恨みに変質してゆき、ついに兄は弟を殺し、恨みをこめてその腹を裂きました。
すると突然、兄の眼が見えるようになったのです。
そして切り裂いた弟の腹の中に見たものは、自分が食べていたものとは格段の差の粗末なものばかりでした。
事実を悟った兄は弟に泣いて詫びますが、当然のことながら奪った命は戻ってはこないのです。
兄は狂ったように泣いて泣いて、咽喉が裂けるばかりに泣き叫び・・・そして倒れ臥しました。
いつしかその体から魂が抜け出し、一羽の小さな鳥になったのです。
その鳥こそが、ホトトギス―――
ホトトギスの鳴き声が「オトトコイシ(=弟恋し)」と聞こえるのはそのためだといいます。
弟殺しの神罰を受けた兄ホトトギスは、毎日過酷な試練を課せられることとなりました。
弟を殺した罪で一日に八千八声、喉から血が出るまで叫ばなくてはならないのです。
また、子供を産んでも自分で育てることを許されず、別の鳥に里子に出さなければならなくなりました。
託卵(=他の鳥の巣に卵を産み付けて自分では育てない)の習性は、愛を営むことを許されないためであるといいます。
これらのことから、心に余りある悲しみや屈辱、神罰に血を吐く思いで苦しむことが「ホトトギス」という名に託されることになりました。
かつての栄華。そして今は落ちかかる城にたたずむ秀頼公、淀の方・・・・
ホトトギスに思いを託したこの物語。
夏の小鳥に名を借りた美しくのどけき響きに、壮絶なドラマを秘めているということなのでしょう。
★【江戸&歌舞伎コトバ事典】 50音順目次★ はこちらから↓
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