文花座

歌舞伎、宝塚歌劇団、劇団四季・・・大好きな舞台の感想をつらつらと♪

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【公演データ】
公演名:坂田藤十郎襲名披露 寿初春大歌舞伎 夜の部
『関三奴』
会場:歌舞伎座
観劇日:2006年1月7日

【主な配役】(敬称略)
奴:中村橋之助
奴:市川染五郎

面白い趣向たっぷりの楽しい踊りでした(^▽^)
おおっ♪と思ったのが、お二人が投げ渡し合う毛槍(←キャッチボールならぬキャッチ槍みたいな感じね。子供は真似してはいけませんっ)がある一度だけ客席方向に逸れてしまったんです。槍の部分がほとんど客席に行っちゃうほど。
それを、毛の先を掴むなり、見事な鮮やかさで手元に引き戻した染五郎丈の手際がカッコよかった!

橋之助丈の荒事師っぽい感じと染五郎丈の優男ふう、それぞれにお似合いで、姿の綺麗なお二人ですもの並んだ姿は眼福でした(^^♪
でも・・・ナマイキをお許しくださいませっ、面白いと感じたのは趣向。踊りそのものじゃありません。
踊りそのものには不可はなくとも可もなかったと思います。

【公演データ】
公演名:坂田藤十郎襲名披露 寿初春大歌舞伎 夜の部
『島の千歳』
会場:歌舞伎座
観劇日:2006年1月7日

【主な配役】(敬称略)
千歳:中村福助

厳かな能舞台こそが似合いそうな格調高い拵えの千歳が、晴れやかにひらけた自然の中で踊っている・・・
なんかね、格調高さがわずかに破れたところから覗く艶めかしさというのは、逆にあからさまな艶めかしさより艶めかしいものだなぁって思いました。
品位の中にありながらも、女であることを最大限に謳歌するような福助丈の踊りぶりが華やかで魅力的で、あでやかな花のようでした!
というか、福助丈綺麗すぎ!!

公演名:坂田藤十郎襲名披露 寿初春大歌舞伎 夜の部
『伽羅先代萩 御殿 床下』
会場:歌舞伎座
観劇日:2006年1月7日

【主な配役】(敬称略)
乳母政岡:坂田藤十郎
栄御前:片岡秀太郎
松島:中村扇雀
千松:中村虎之介 ※初舞台
澄の江:中村壱太郎
沖の井:中村魁春
八汐:中村梅玉

仁木弾正:松本幸四郎
荒獅子男之助:中村吉右衛門

惚れ惚れするほどに強い「政岡」でした、胸の底からの溜息がでるような。
でも政岡は男じゃないのですよね、ものすごく女なんですよ。藤十郎丈の政岡は、頼りがいと同時にか弱い女の頼りなさもあって。
幼い千松ちゃんが、鶴千代ぎみが、あれほどまでの空腹を強要されながら、なぜこれほど素直に政岡の言う事を聞くんだろうって思った時に、政岡を護りたいからだって思いました。
幼くとも二人の「男」が護りたい「女」、絶望させたくない、傷つけたくない、そういう政岡であったのです。
幼い者達には見せない不安や懸命さがいじらしくて、見た目は堂々と頼りがいのある風貌が一瞬ものすごく若いように見えた瞬間がありました。

床下の鼠さんが凄かった!!動きがリアルで、でも巨大で気持ち悪かった(誉めてます、最大限の褒め言葉!!)
男之助@吉右衛門丈の豪快な力強さ、瞳の一途さがすごい素敵!
そして、弾正@幸四郎丈の暗い不気味さになんともいえないような凄み。
幕にゆらゆら揺れる影を映しての花道の引っ込み、遠ざかれば遠ざかるほどに幕に映る影が巨大になっていくさまが・・・・この敵の大きさを感じさせてどこまでも恐ろしかったです。
政岡、敵は強いよ・・・でもあなたも強い!負けないで!!って、手に汗握る思いでそう思ったことを覚えています。

【公演データ】
公演名:坂田藤十郎襲名披露 寿初春大歌舞伎 夜の部
『坂田藤十郎襲名披露 口上』
会場:歌舞伎座
観劇日:2006年1月7日

【主な配役】(敬称略)
坂田藤十郎 他

舞台は上方の老舗大店。
見事な手腕で店をきりもりしてきた大旦那を大黒柱に、順調な成長を続けてきた商売。息子達もそれぞれに立派に育ち、傍から見れば羨ましいような一家です。

元気元気な男盛りの大旦那(^^)でも息子達、そして回りはこう思ってます。
大働きしてくれた親爺さまももう七十歳。ここいらで子に代を譲り・・・イヤイヤ、もちろん、隠居だなどと押し込める気は毛頭ない。
大旦那じゃなきゃつとまらない仕事は第一線で任せたいし、いつだって出てきてもらって、好きなように指導もしてもらいたいし相談にも乗ってもらいたい。
肩の荷をちょいとおろして、今までの苦労の分の楽をしてもらいたいんですよ――――
なーんて思っていたら。
「オイお前ら、もう私がいなくてもこの家は大丈夫だな?じゃ、私は自由にさせてもらうよ」
『ええっ、どういうことですおとっぁん!?』
「独立するんだ♪」
『えええ!?その歳で!?』
「(ムッ)年がどうした。私ぁまだやりたいことがあるんだよ」
『あ・・・いや、お若いことは重々承知・・・あの、でもぅ、今からわざわざまた苦労なさらなくとも・・・今だって充分なお仕事なさっているじゃないですか・・・』
「ここは狭い!いまの立場は私にゃ狭い。もっと広い世界で私にはやりたいことがあるんだよ。もう段取りはつけてあるんだ(^^♪
松竹堂のナガヤマさん、いいじゃねぇかやれやれ!!って後押ししてくれてんだよ」
『ええっ!!いっいつの間にっ!?』
「いいか、お前たち。私とお前達は今から商売敵だぞ、手加減はしない。
でもまぁいつでも助けてやるから相談に来いや!わっははは、じゃぁそういうことだからな!あとは頑張れ!!」
―――と家を出て行く親爺さま。
呆然とする息子達にニコニコしながら「しょーがないわよー。お父さんこういうひとだから〜。まーどうにかなるでしょ〜。あんたたちも頑張りなさいよ〜」と一緒に出て行っちゃう母親。扇をぱたぱたしながら。

『えっ、ええっ、親爺さまぁ!?お袋さまぁぁぁ!!マジですかぁぁ〜(T^T)』
残された息子ふたり・・・と孫たち。
呆然自失から醒めてみれば、現に大黒柱はそこにはいない。
(嘆いていてもはじまらぬ)
「やるぞ、弟・・・覚悟はいいか」
「兄さん・・・この身代、潰すわけにはいきますまい!」

・・・みたいなね(笑)
なんか、翫雀丈扇雀丈のご挨拶を聞いていて、こんなストーリーが思い浮かびました。
藤十郎丈襲名がどんなニュアンスを持ったものなのか、なんとなく分かったような。
上方歌舞伎の大名跡・山城屋が復活するということ。
西の名家・成駒屋の代が変わるということ。
山が動いた、という感じがしました。

シルバーパワー・・・なんていったらお若い藤十郎丈に怒られそうですけれども、人間70でゼロからものをはじめることができるんだなぁ!って、リクツじゃなくその事実に目から鱗でした。

江戸前の小気味いい「ヤマシロヤッ!」じゃなくって、期待一杯に長―く膨らませたような「ヤマシロヤァー!」の大音声がなんともいい雰囲気でした(^^)

【公演データ】
公演名:坂田藤十郎襲名披露 寿初春大歌舞伎 夜の部
『玩辞楼十二曲の内 藤十郎の恋』
会場:歌舞伎座
観劇日:2006年1月7日

【主な配役】(敬称略)
坂田藤十郎:中村扇雀
若太夫:中村歌六
丹波屋主人:大谷友右衛門
澤村長十郎:片岡芦燕
宗清女房 お梶:中村時蔵

藤十郎丈が生涯を捧げると仰った『和事』というものが実はなんなのか、私は正直良く分かっていなかったのです。
私にとって藤十郎襲名披露の幕開きにこの芝居を観て、「あっこういうことなんじゃないか」と思った和事の本質みたいなものがありました。
今まで観てきた歌舞伎って、その「芯」の部分がスコーンと竹を割ったかのような直線であることが多かったなって思うんです。もちろんその「真っ直ぐさ」は人間の本質じゃないから無理もする、感情も殺す、人間の生き様として正解かと問われれば一概には頷けないにしても、美学の筋が通っている。
だからある種の爽やかさがあるし、その感情に添うて生きる人間の心には「不気味さ」がないのです。
でも、今回のこの芝居はなんとも胸にわだかまるような不気味さがあった。
その不気味さこそ、言い換えれば人間らしさということでもあるような気がするのです。
人間は曲線で出来ている、だから曲線の間に淫靡な闇も生まれるし、筋道だたない狡さや残酷も潜む。
そういう闇から一切目を逸らさずに、ある意味観察者のような冷静さでそれを描ききるという芝居。
和事が描くのは「人間」なんだって、「ドラマ」主体じゃなくてそのドラマを切り回す人間そのものなんだって感じたんです。

直感のような理解でしたし、もちろん間違っているかもしれませんが。
扇雀丈の藤十郎、時蔵丈のお梶、どちらもさらりとした透明感があって、表向きは普通に生きている人間そのものでした。
けれど一人は死に、一人は直接は手を下さない殺人者になった。
和事は怖い。手触りは柔らかくて温かいけれど、究極の本質が怖い芝居だって思いました。
その分、とても面白い芝居だとも。

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