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―初めての方は「その1」からお読み下さいm(__)m
「その1」 http://blogs.yahoo.co.jp/hana_yukiyanagi/56890171.html
「その2」 http://blogs.yahoo.co.jp/hana_yukiyanagi/56890252.html
「その3」 http://blogs.yahoo.co.jp/hana_yukiyanagi/56910925.html
「その4」 http://blogs.yahoo.co.jp/hana_yukiyanagi/56927139.html
《影山先生の「生きる意味」》
湖月リュータンの激しい、一途な、あまりに誠実な告白を聞きながら、顔を背けた影山先生@石井さんが・・・もう、ぼろぼろぼろぼろ、涙を流しているんですよ。本当に、泣いている。
悲しんでいるわけじゃない、情けないわけでもない、理性が説明をつける以前に涙ばっかりが流れて混乱しているようなぐちゃぐちゃの表情で、大の男が泣いている。
あぁ彼は今、許されているのだなぁと感じました。
彼女から浴びせかけられる怒声の一つ一つが告げている、「生きていていいのだ」と。
でも、その啓示を与える女神たる湖月リュータン自身にはまったく神様らしい余裕もなくて(笑)不器用な怒りを借りた無邪気一途なんですよね。
でもその隙というのが、無自覚ゆえに、不器用ゆえに・・・こんなこと言ったら彼女はきっと怒るだろうけれど、かわいいんです。心底かわいい。
「影山先生が司令官、嶺野白雪は、上等兵や!」
この台詞、紫吹リュータンはくすぐったがるような甘い声音でおどけてみせました。
この台詞をそのまま「愛の告白」と言い換えていいぐらいに、情熱的で、一途で、体当たりの愛情がとにかくとにかくキュートだった。
(世界を敵に廻したってこの私が傍におるんや、私は先生にぴったりくっついて離れない!ねぇセンセ、千人力やろ!)
言葉が口を出た瞬間から「事実」にすりかわっていって、自分自身の言葉に未来を認識して驚きながら「そうやったんや!!」と気付いていくみたいなノリで、彼女は影山先生を鮮やかに復活させる。そして、ちゃっかりその世界に自分をも住まわせる(笑)
そのとき、彼女はもう信じちゃってるんです。願望を現実と認識してものすごい早い段階で全力で信じちゃって、全力で喜んじゃってる。もう手がつけられないぐらいに(笑)
はっきりいっておめでたい!実にオメデタイ、妄想族の親玉です。
でもあそこまで無邪気に、強烈な一途さで「信じられたら」・・・強くなれることに、根拠など要らないでしょう。
湖月リュータンは同じ台詞を「覚悟」として言いました。敬礼してみせる仕草もまさに真剣そのもの。
どこまでも傍らに、の覚悟は、誠実な戦友となる宣言のように響きました。
《トモの死》
「リュータンさん、セリに!」
湖月リュータンへそう言うトモの表情、その口調・・・いつも護り引っ張ってくれる「男性」の、その大らかさゆえに抜け落ちてしまうちょっとした失敗、一番そばにいる自分だからこそ気付くことのできるそれに(私がついていなきゃ駄目なんだから)と母性本能をくすぐられて甘く嬉しく怒っている、その可愛らしさ。
なんというか・・・トモの生涯というのは、本当に純粋に「タカラヅカ」しかなかったんですよね。その短さゆえ、その一途さゆえ、それは片手落ちの人生には違いないのだけれど、彼女はそこに人生を凝縮させて生きてきた。
だから、彼女にとっての「ただ一人の男」はリュータンだったんだなぁと―――イヤ、穿った考えは野暮というものですよ。現実世界での彼女は野心家で精神的には男前で、おそらく相手役であるリュータンへも、上下関係に支配されたプロ意識で向き合っていたに違いないと思わせる凛々しさと潔癖さがありました。現実にもリュータンに叶わぬ恋をしていた、などという複雑なニュアンスはまったくないんです。
でも、それなら、彼女の女の子らしい甘やかな感情はどこにそのはけ口を求めていたのか・・・それが、「舞台に立つ男役リュータン」であったのだって。
虚構の愛、作りものの恋、それに生身の自分のすべてを捧げつくしたトモ。そんなトモの「リアル」を、生身の男ではないリュータンはその「男役像」の中で受け止めつくしたのだって。このちょっぴり素直になりきれない女の子をたっぷりと甘えさせ、恋させてきたのだって。
―「その6」へ続く♪―
http://blogs.yahoo.co.jp/hana_yukiyanagi/56965623.html
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