文花座

歌舞伎、宝塚歌劇団、劇団四季・・・大好きな舞台の感想をつらつらと♪

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ずーっと迷っていました、チケットのないこの舞台を諦めようか、諦められるか、いや違う「諦めていいのか」。
朝、家を飛び出して立ちっぱなしの約五時間。
今となっては、この舞台の記憶がない明日がくるだなんて、信じられないことでした。

人には二回の死があるのだって聞きます。
一度目の死は「肉体の死」。
否応なく、あと数十年もしたら仁左衛門丈の肉体はこの世に亡くなっているのでしょう。
でも彼に二回目の死は訪れない。
二度目の死は「その存在が忘れ去られること」なのだそうです。
人々の記憶から、今日の舞台が消えることなんてありえないのだから!
かの皇帝が探し求めたっていう『不老不死』の妙薬を、仁左衛門丈は手に入れたということか(*≧m≦*)

仁左衛門丈の与兵衛が見事だったこと、そのこと自体よりも凄みのある価値というのは、この「舞台」が素晴らしかったということなんです。
お吉役の孝太郎丈、両親を演じた歌六丈、秀太郎丈をはじめとして、出演者の誰もが・・・出演者だけじゃない、道具も音もなにもかも、舞台の空気を操るすべてのものが、素晴らしいまでの緊張感と、温度と、熱を感じさせて、ただの一度も私たちの「夢」が破れなかったことなんです。
メインの意匠だけじゃなく、すべてが緻密に織られた西陣織のような、その一本に最高の価値がある帯みたいだったんです。

舞台に常式幕が引かれた後も、拍手の圧力が幕を押して、揺らして、いつまでも幕を死なせませんでした。
この舞台の幕内に仁左衛門丈の存在を押し込めて、決して逃しはしたくないとでもいいたげに。
観客がこの一幕を終わらせなかったんです。
一度幕が開きました。幕が引かれた時の光景そのまま、凄惨な殺人現場がそこに。
舞台をほのかに明るませていたライトが消え、闇がお吉の死体を呑み込んで無に返してしまいました。

ただひたすらな拍手が10分ほども続いたでしょうか。
あの幕切れをご存知の方はご承知でしょうが、カーテンコールはありえませんでした。
でも、もしかしたら仁左衛門丈は、観客の心に応えられなかったとお思いだろうか?
私たちは松嶋屋にこの拍手が聞こえていれば満足です。
感謝を拍手に変えて、仁左衛門丈に思うさま浴びせたかっただけなのですから。

仁左衛門与兵衛は、駆け込んだ花道からそのまま、獄門へ向かって一直線に韋駄天走り、そしてもう帰ってはこないのでしょう。
繊細で大胆でこの上なく魅力的な松嶋屋の一世一代「女殺油地獄」、これにて幕と相成りました。

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