文花座

歌舞伎、宝塚歌劇団、劇団四季・・・大好きな舞台の感想をつらつらと♪

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『マリー・アントワネット』 シュテファン・ツワイク/作 高橋禎二/訳 秋山英夫/訳
Yahoo!ブックス: http://books.yahoo.co.jp/book_detail/AAA54878/

マリー・アントワネットの犯した罪とは、何なのか。

彼女の性格上の美点と欠点、その立場、夫王の存在、そして周囲が彼女の生きる場所として築き上げた環境――そのひとつひとつが、それこそ「ガールズトーク」ばりの明け透けさで語り尽くされ、三分の一ほど読みすすんだ時には紙面にはっきりと「彼女」が浮かび上がってくるのです。
まことに愛すべき。スケールの小さな。「女らしさ」という言葉のもつ美点と罪を一緒くたに集めた、綺麗な、かわいそうな、まことに興味深い、唯一無二の「本物のプリンセス」。
ああ、彼女ならそう思うな。
ああ、彼女ならそれを選ぶな。
行動のひとつひとつを吟味するなら、いくつかの選択肢の中から「それ」を選んだことに(思慮の浅さを指摘できるにせよ)明確な誤りであるとか、悪意を感じることはないんです。
もちろん、歴史を俯瞰できる人間が下す評価とは別の意味で。
そして、その行動そのものが、表明する意思の一つ一つが、彼女の対社会的な「人格」をつくりあげていく。
その方向がすこしずつすこしずつ、悪い方向にカーブしていくのがはっきりわかる。

彼女は(少なくとも初期においては)フランス革命の真の意味を理解し得なかった、と作者は言い、その理由としてこう述べています。
革命の初期段階、リーダー格として王家へたてついた者たちは、疎まれ冷遇されていた貴族たちである。疎まれるには相応のわけがある−ある者は猛禽類の瞳を以って王位を狙い、ある者は賭博・借金に身を持ち崩し−もちろん王妃も、その人物たちを信用置くにあたわざる者と評価するのは当然のこと。
時を同じくして、王家に不満を募らせる国民達の怒りは個々の胸に高まる。しかし彼らは非力で、思想も行動の指針も持たない。
貴族は民衆の熱情と「正義」の衣を借りたがり、民衆は貴族の「雲の上(=王家)へ梯子をかける権利」を渇望する。
それぞれの真情は異なれど、憎むべき、倒すべき敵が一緒ならそれは仲間なのではないか!
かくして王妃が目にしたのは、とるに足らぬ、卑怯な、不埒な、信ずるに値せぬ存在たちが喚き散らす「王室批判」「権利の主張」の大合唱だった―――

ここで、私たちがもう女友達のごとくその性格を知り尽くした「彼女」はどう思うか?
非常に感覚的な、人間そのものに対する好悪のはっきりとした、実に素直な彼女なら・・・
答えはおのずから明らかだ。形のいい鼻をつんと上向けて、不快気に言い放つだろう。
笑止千万!馬鹿をお言いでない。

その反応に、彼女の人格的矛盾は一切ない。ある意味、正しくもあるだろう。
その反面、真に見るべきものは、聞くべき声は、そっぽを向いた彼女には届かなかった。
知らぬこと、気付かぬこと、無知、無理解。他の誰が陥ったとしても、結局はその人間ひとりの運命で片がつくべき罪である――ただ、彼女は王妃であるがゆえに。

上巻はここまでで終わっています。
ラストにフェルゼン伯との友情(「愛情」という言葉から現代的な軽々しさを除くなら、そちらのほうがふさわしい)が描かれているのが、まさに本書から下巻へ続く道に一輪の薔薇を落としてゆく風情。

しかし、改めて・・・
史実を歴史書としての正確さで書きとめた本書を読むと、池田理代子さんの名作『ベルサイユのばら』は、さまざまなエピソード(デュ・バリー夫人との確執、首飾り事件etc)を実に忠実に、しかも巧みに、見事な手腕で盛り込んでいるなぁ!と感じずにいられません。

本書そのものが著された時代の息吹、さらに翻訳文学らしい装飾過多な美文&クラシカルな言い回しも含め、なんとも時代がかった雰囲気にも惹き込まれます。

この内容、ベルばらファン&宝塚ファンには絶妙のツボ、ピンポイントでしょう!
好奇心をくすぐられること間違いなし!です(>▽<)

下巻では、マリー・アントワネットを「真の王妃」へと変える、過酷な運命が・・・

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