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歌舞伎、宝塚歌劇団、劇団四季・・・大好きな舞台の感想をつらつらと♪

歌舞伎Book Review

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『中村勘太郎』

著者: 中村勘太郎/著 操上和美/写真
発行所: 朝日新聞出版
YahooブックスURL: http://books.yahoo.co.jp/book_detail/31210439

中村勘太郎さんの写真集、一通りページを繰って何より強く感じたのは、その「静かさ」でした。
イヤ、彼はその芸質としても素質としても、非常に高い身体能力を生かした、弾けるような躍動感で魅せてくれる役者さんです。
フィルムに撮影された「形」そのものは、若い勢いに溢れています。でも、なんというか、その写真から受ける印象は、非常にナイーブで、繊細で、でも、強靭で・・・猛々しさのすぐ後ろで「哀しく飢えている」感覚というのを、ものすごく強く感じるのです。
この写真集、「歌舞伎役者さんの写真集」と聞いて想像するようなショットは入ってないです。非常に前衛的というか、一見、ショッキングでもある。
次のページを開くたびに驚きましたよ。一瞬、ちょっと笑っちゃいそうにも、照れくさいようでもあった。でもね、なんというか、次第にこちらの心が凪ぐんですね。そして、ぽかっぽかっと水面に浮かぶ泡みたいにイメージが膨らんで、いつか、「中村勘太郎」という人の内面方向に、スーッと吸い込まれる。そして最後に残った印象が「静かさ」でした。
たぶん、このお写真を撮った方は、中村勘太郎の内面を撮りたかったんだと思います。

多分、彼が闘っている相手というのは、外から来る敵じゃない。
内側に、すっごい厳しい「誰か」がいて、苛烈な「何か」を要求していて、それに、今の中村勘太郎は存分に応えることができなくて、常に飢えている。
届かないなら諦めればいいものを、彼は恐ろしいほどまっすぐに「届かないもの」から目を離さない。その誠実が、愚直なまでの一途さというのが、非常に寂しい、哀しいような・・・そう、「尊いような」、そんな印象を生むのでしょう。
飢えに対して、人はそれを敵として戦うか、その哀しみを慰め慈しむか、であろうと思いますけれど、今、彼はその両方を以って「飢え」に相対している感じがします。
でも、これがすっごい不思議なのだけれども、勘太郎さんのあの年齢なら、慈しみは本当の意味のそれには到らずに、単なる敗北、逃げであろうはずなのに、彼は、その本当の意味をもう、知っているのではないのかと感じさせられる。
宗教的な意味で言うのじゃありませんけれど、勘太郎さんって・・・精神世界において、なんというか、非常に徳の高い、イヤ、高くなり得る人なんじゃないかなぁって気がします。

巻末にインタビューが載っているのですが、そこから感じる彼の人柄というのが、私が彼の芸から感じる印象と非常に似通っているように思われるんです。
内面の葛藤が、その充実が、そのまま芸に変わるというのなら・・・中村勘太郎さんの舞台、これからがますます楽しみだと、嬉しい期待を感じさせる写真集でした。

『玉緒の「着物」の喜び』

著者:中村玉緒/著
発行所:光文社
YahooブックスURL: http://books.yahoo.co.jp/book_detail/30674965

ご存知・中村玉緒さんが「着物」というファクターを通してさまざまに語る、このご本。

着物を着るのは、女性が着物を着て現われることを「男はん、喜ばはりますえ」がその理由。
言葉面だけだと男性への媚びのように聞こえるかもしれませんけれど、違うんですよ。
玉緒さんは「男はん」をすごいかわいいものに思っていて、喜ばせてあげることが嬉しいの。
自分自身の心遣いやガンバリで、好きな人が嬉しがることが嬉しいの。
そして自分も綺麗なもの纏って、嬉しいの(笑)
そうやって互いに笑顔になっていく。そこに何の理屈も衒いもなくて、チンケなプライドやらご大層な信念やら、そんなん知〜らんがな、と飄々としている風情。

その感覚は「男はん」だけに向けられたものじゃなくて誰にでも。特に若い人に向ける感覚なんかすごく素敵。
大人って、自分自身だって間違ったり恥かいたりの若さ全開!紆余曲折を経て大人になったんだけど、そういう過程を経て得心した「正しいこと(と、彼らが信じていること)」を今は知ってるから、今の若者がかつて自分自身もやってた(そして忘れてる)右往左往を見てはもどかしがったり、ものを知らぬと馬鹿にしたり、それが目新しければ拒否反応に大騒ぎしたり、上から目線、教師目線。
玉緒さんにはそれがないんだなぁ。感覚がニュートラルだし、新しさへの面白がりがあって、若者感覚が分かるといっても決しておもねってるわけじゃない。
一つ一つを厳密に分析すればほんのちょっぴりのズルかったり、ちょっぴりの嘘だったり、我慢、辛抱、他人に押し付けられれば即座に拒否!否定!なこととても、それが廻って幸せとか喜びに跳ね返ってくるならご愛嬌、人生あったかくするテクニック、とあの笑顔で言われればなんとも素直に頷ける気がする。
正直、本を読んでいて、あぁこういうふうに接してもらい、教えてもらえれば、すごい素直に話を聞けるなぁと感心(って言葉も変か)したりして。

天下の成駒屋の嬢さん(トウサン)として。
幼さと「女」の萌えいずる気配の入り混じる、若き銀幕スターとして。
魂ごとほれ込んだ男はん――旦那様・勝新太郎さんの妻として、母として、女性として・・・
着物の美しさ強さに包まれた女一代の景色というのがね、なんというか、キラキラした万華鏡のよう。
その絢爛、谷崎の景色の如く!
今、どんなにお金があろうと豊かであろうと、こうも人生を絢爛に飾ることは無理だろうなぁ。

するする読める、着物のご本。
お着物、着てみます?あなたが綺麗にならはると、あなたの大切な男はん、喜ばはりますえ(^^)

『夢の江戸歌舞伎 絵本』

著者:服部幸雄/文 一ノ関圭/絵
発行所:岩波書店
YahooブックスURL: http://books.yahoo.co.jp/book_detail/30824638

これね、素晴らしく面白いです!!膨らむ空想に、絢爛舞台の花が咲く♪
・・・っと、しょっぱなから興奮してしまいましたっ(^▽^>
「芝居が生みだされ、華やかな舞台が果てるまで」の過程を、江戸時代の歌舞伎をその活気ごと切りとってきたかのような緻密でマニアックなイラストで綴っていくこのご本。
舟乗り込みから道具作り、稽古風景、本番前の楽屋の華やかかつ、下世話な混沌。
大スペクタクルにあっと驚く本舞台!興奮のるつぼと化した客席、宴の果てた夜の芝居町・・・・

これの何が面白いって、画面にビッシリと描かれた「人間」の姿です。
浮世絵なんかでご覧になったことがないかなぁ、建物をスパッと切ったような構図で全体を見せている絵の中にたむろする役者、観客、裏方、職人etc。
喧騒も、気取った台詞もなにもかも、耳には聞こえ目の前で動き出しそう。
少し前に流行った『ウォーリーを探せ』ってご本ありましたでしょ?イメージはあんな感じです。
芝居が作られていく経緯という主題ももちろん面白い、でも無数にたむろするだれかれもが生き生きとしていて、もういくら眺めても飽きないんです。
本を握って離さない子供の気持ちが分かるなぁ、ページをめくる度ごとに心底ワクワク、無邪気に嬉しいこの面白さ!

巻末には、江戸歌舞伎の風俗や技術、慣習についての解説が丁寧に記されていてこちらもとても興味深いです。

このご本、文字通りの絵本なのですけれども、大人がこそ見るべきだって思います。
緻密で本格派で、遊び心たっぷり。
実はね、以前、ちょっと評論チックなお堅い本を読んでいたとき、学者さんの口から、おおよそ不釣合いなこのご本のタイトルが出てきたんです。
『本当の歌舞伎を求めるなら「絵本 夢の江戸歌舞伎」みたいな小屋を造っちまえばいいのに』(←こんな伝法口調じゃないですけど(^^;イメージ)って。
歌舞伎の本質とかを突っ込んで考える学者さんをして、憧れた舞台。
もちろん無知無学な私とて、生理的に興奮するような憧れの舞台!

夢のカブキが、ココにあります。

『猿之助夢見る姿 スーパー歌舞伎『新・三国志』のできるまで』

著者:海田悠/撮影 伊達なつめ/取材・文
発行所:中央公論新社
YahooブックスURL: http://books.yahoo.co.jp/book_detail/31100827

澤瀉屋一門がスーパー歌舞伎『新・三国志』を作り上げていく姿を、企画段階から世界が徐々に形を整えていく稽古風景、そして本舞台までを追いかけた写真&関係者の証言で綴ったご本です。
強烈に印象的だったのが、公演を映した一枚、役者さんの後ろに写り込んだ客席の姿でした。
そこにいる誰もが強烈に楽しんでいて、ただの一人たりとも平常心を保ってないのが良くわかる。
この舞台がいかに熱を孕んだものだったか、この観客達が劇場に何を求めに来ていたのか、そして欲しいものをたたきつけるように与えてもらっているその嬉しさが、満ち足りた喜びが本当に良くわかる。

なんていうか、猿之助丈の―この一門の偉大さは、この舞台の芸術性とか演劇価値とかじゃなくて・・・観客が欲しがるものを、喉から手が出るほど欲しているものを死に物狂いで与えたことだって、そんな風に感じました。

『半ズボンをはいた播磨屋』

著者:二代目 中村吉右衛門/著
発行所:淡交社
YahooブックスURL: http://books.yahoo.co.jp/book_detail/18820767

吉右衛門丈ご自身が回想する、ちびっこが少年に、青年に、そして今へと続く日々の記憶を綴ったご本です。

祖父・初代吉右衛門丈、実父・松本白鸚丈、兄・幸四郎丈、それぞれに抜きん出た人々との関わりが生む記憶は・・・なんてったってぶつかる相手が強過ぎる!
少年の柔な心は、常なる打ち身ねんざ打撲傷、スパッ!と切られた裂傷やら、無傷安穏とはいかない道のり。
いばら生い茂る芸の道、悲壮を供に駆け抜ける・・・なぁぁんてお涙頂戴は、吉右衛門丈には似合いません。
苦しささえもちょっぴりおちょくり、劣等感の手もそのまま引いて、次男坊の鷹揚ともの悲しさを道連れにぐいぐいと道を歩んでいらした次第が、時に可笑しく、懐かしく描き出されます。
そしてなにより。
幼きから青年時代に至る吉右衛門丈の世界を護っていた、愛情分だけ体温の高い「ばあばあ」の人肌のぬくもりが、全てに行き渡っているのがこのご本を優しいものにしている気がします。

吉右衛門丈を取り巻いていた過去の人々、現在の人々(ご家族エピソード、笑顔必至!奥様、娘さん、そのキャラ素敵ですっ!会話絶妙です!)、吉右衛門丈の歴史を形作ったエピソードの数々。
それらが不思議なくらい芸風と結びついて、今ここに見えるのが、面白いぐらいです。

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