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歌舞伎、宝塚歌劇団、劇団四季・・・大好きな舞台の感想をつらつらと♪

歌舞伎演目解説

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慶安太平記(=けいあんたいへいき)

――初めての方はその1からお読みください――
その1【江戸城外濠端の場】http://blogs.yahoo.co.jp/hana_yukiyanagi/39543595.html

【丸橋忠弥住居の場】

「忠弥殿はいらっしゃるのであろう、すぐさまここへ呼んで下され!」
「申し訳もございません、夫はただいま・・・あの・・・」
男二人に怒気荒く迫られ、おろおろと戸惑っているのは丸橋忠弥の妻・せつ。
こちらは本郷御茶ノ水の丸橋忠弥宅、男たちは忠弥を訪ねてやってきた幕府転覆計画の同志・駒飼五郎平と勝田弥三郎です。
その怒りの原因はというならば、江戸城襲撃の決行日が間近に迫り、江戸のそこここに潜伏している同志たちの緊張も最高潮に達しているにも関わらず、総大将である丸橋忠弥からはいかなる指示も発せられないことへの不安からくるものでした。
その上、彼について聞こえてくる噂といえば耳を疑うようなものばかり―――
両名はしびれをきらした同志一同を代表し、行動の指示を求めて自宅に乗り込んできたのです。

しかし、自宅にいるのは分かっている忠弥が出てこない。
「体調不良で臥せっている」という女房の弁解など、聞くまでもなく単なる二日酔いに過ぎないことはバレバレなのです。
今にも襖を蹴破って奥へ乗り込もうとする二人の勢いを、もはやせつの細腕ではどうしようもなくなったとき、奥から忠弥が現われました。
座敷に転がり込むように現われた忠弥は、だらしのない着物の乱れもそのままに、へらへらと弁解をはじめます。
いや〜悪かった悪かった、すぐに出てこられなかったのは、訪ねてきたのが借金取りと思ったからだ。槍を取っては怖いものなしのこの忠弥、しかし借金取りは怖い、怖い!
まったく笑えないギャグに一人で大笑いするその姿は、両名はあっけに取られて押し黙り、せつは赤面してうつむくことしかできないほどにみっともないものであったのです。

しかし、いくらこのざまとはいえ、忠弥は由比正雪が信頼し、計画の核とも言える江戸城襲撃の総大将と定めた人物です。
大事決行が間近に迫ったこの時期に、同志の分裂だけは避けたい両名は怒りと軽蔑の思いを押し殺し、忠弥に指示を仰ぎますが、そのありさまはのれんに腕押しのたとえそのもの。
ついには「指示をくれというならくれてやろう。お前ら、すぐに帰れ!」と暴言を吐くなり、酔いが誘った睡魔に負けて、二人の目の前で高いびきをかきはじめたのです。
事ここに及んで堪忍袋の緒が切れた二人は座を蹴り、とりなしに追いすがるせつを乱暴に振り払って帰って行きました。

(どうしよう、これでは旦那様の面目は丸つぶれ・・・)
しかし、両名の至極もっともな怒りを宥めるすべもなく、進退窮まって振り返れば、必死にかばい立てしようとしている自分の夫はこのだらしない有様です。
―――旦那様は、もう駄目なのだろうか。
人が人として、武士が武士として美しく生きる道を切り開くのだと、その理想の旗手であったはずの人がなぜ・・・・もう、夫の心が、分からない。
ふと悲しくなるような思いを押し殺し、座敷で眠りこける夫の寝冷えを気遣って布団を整えてあげるせつ。
とそこへ、せつの実父・藤四郎が忠弥宅を訪ねてやってきました。

藤四郎は弓師(=武器商人)として物堅い商いを行う真面目な人物です。
身分こそ商人ではありますが、仕事柄、武家とは深い交流と親交を持っており、人物の性質としても武士の精神に似通った要素を持っています。
武家への憧れもありましたろうか、一人娘のせつを嫁がせるならぜひとも武士のもとへ、と願った藤四郎は、浪人といえども槍道場を構える武芸者ならばと忠弥を見込み、彼女を嫁入りさせたのです。
(しかし、この選択は正解とは言い難かった)
苦々しい思いで娘の家を訪ねた父の目的は、借金の返済を求めるためのものでした。
浪人(=主君を持たない武士。いわば失業者)である娘婿に「槍術の腕前を買われ、紀州家から剣術指南役としての仕官(=就職)の誘いを受けたのだが、仕官に必要な支度金が整えられない」と相談された藤四郎。
娘の夫が超名門・紀州家のお抱えとなれば・・・!
話を聞いた藤四郎はすぐさま四方に借金をし、200両(=約1200万円)を整えて忠弥に渡しました。
しかし、金を受け取った忠弥は一向に仕官をする気配もありません。
あまつさえ、借金と共に誓った禁酒の約束はまったく守られていない様子・・・方々からの借金返済の要求を受けても、当の忠弥からは金を返そうという気配すらないのです。
いわば騙された格好の藤四郎は、複雑な怒りを胸に抱いて忠弥宅を訪ねてきたのでした。

忠弥宅に着き、放心状態でぼんやりしている娘に声をかけてふと見ると、昼日中から座敷にごろりと寝転んでいる娘婿の姿。
「体でも悪いのか」と聞いても、言葉もなく俯くばかりの娘。
やはり例によっての二日酔い・・・ため息をつき、今日もまた言わずもがなの説教をするために娘婿に相対する羽目になりました。
さすがに女房の父ともなると無視もできない忠弥はしぶしぶ起き上がってかしこまりますが、父が心を込めての説教も馬の耳に念仏。
禁酒の誓いを破ったことを詰れば「それではお約束の期間を3倍に伸ばしましょう、寝ている間は酒を絶ちますからお約束は叶いますな」などとふざけた詭弁でのらりくらり。
ついには説教の最中にこくりこくりと船をこぎだし、いぎたなく眠りこけてしまいました。

父と娘の心に絶望が広がります。
激怒した父は娘を即刻連れ帰ろうとし、せつは慌てて抗います。
しかし事ここに及んで実家にも多大な迷惑をかけ、それでも離縁を拒むなど、父が許さないことは明白です。
そして自分自身の夫への信頼も・・・
忠弥殿から三行半(=離縁状)を頂きます、二人だけで話をさせて、と願う娘の心に藤四郎は情けをかけ、次の間へ下がって待つこととなりました。

父もいなくなり、座敷には忠弥とせつの二人―――
忠弥の寝顔をじいっと見つめ、悲しく揺り起こすせつ。気持ちよく寝ていたところを起こされた忠弥は、せつの心など見えぬげに、寝起きの不機嫌さで文句をたれます。
せつは泣き出さんばかりの一大決心で平伏し、忠弥に離婚を願い出たのです。
さすがに酔いも吹っ飛んだ忠弥の顔に動揺が走ります。
「離縁するというのか、俺と?」
「はい」
悲しみと絶望に震えるせつの背中に、酔いの醒めた忠弥の声がはっきりと断じました。

「よし!・・・せつ、離縁はしないぞ!」と。

―――その3へ続く―――

慶安太平記(=けいあんたいへいき)

(前提)

家康以来、徳川家直系の将軍職継承も三代を数えていた時代。
江戸幕府の基礎は固まりつつありましたが、諸大名の中にはいまだ戦国の夢を捨てきれぬ野心の火種が消えてはいませんでした。
そこで、三代将軍家光は江戸幕府の基礎を磐石のものとするため、幕府に対する脅威を取り除く目的で数々の大改革を断行したのです。
貿易によって一部の大名が莫大な財力を得ることを恐れたことも一因である『鎖国令』。
江戸表から遠方にあり、監視の眼の届きにくい地方大名の財力を磨耗させ、江戸に人質を取る『参勤交代』。
そして、幕府に対する不安因子を持った諸大名の取り潰し―――
それでなくとも大坂の合戦を最後に戦の絶えた世の中には浪人があふれ出ていたところに加えてのこの改革は、全国に40万人近い失業者を生みました。
幕府が不動の安定をみせ、平和が保たれるのと同時に、職と共に武士の矜持を奪われた者たちの間には、権力に頭を押さえつけられた恨みが鬱屈していたのです。

そんな中、三代将軍・家光が働き盛りの若さで没し、幼少の四代将軍・家綱が将軍職を継ぎました。
幼い将軍に実務が取れるはずもなく、もはや将軍職は飾り物―――ご利益とてない偶像崇拝など、もはや何の意味があるというのか。
このまま現状に甘んじていては、武士が武士として誇り高く生きる道は断たれてしまう!
武士たちの危機感と不満を受け、高名な軍学者・由比正雪が立ち上がりました。
権力に驕った幕府への批判と、失業武士たちの怒りをバックボーンに江戸幕府転覆を目的とした一大テロリズム計画を立ち上げたのです。
その計画とはこうです。
駿河にて由比正雪が浪人を指揮し、徳川家康が駿河の久能山に遺したと伝えられる財産を強奪。駿府城を乗っ取ります。
それに呼応し、江戸では別部隊が小石川にある幕府の火薬庫を襲撃、奪った武器弾薬で江戸城を攻撃します。
同時に大坂その他の各都市で同士が一斉蜂起、一気に幕府転覆を図るというものでした。
これが世に言う『慶安事件』です。

こちらは江戸表。
浪人・丸橋忠弥は、本郷御茶ノ水に宝蔵院流槍術の道場を構え、道場主として生計を立てていました。
槍の腕は人後に落ちぬ名手なのですが、無類の酒好きが玉にキズ。日々だらしなく飲んだくれている有様ですから道場はまったくはやらず、家計は常に火の車です。
妻・せつの実家から借金を繰り返してはそのほとんどが酒に消えてしまうという自堕落な生活を送っています。
しかしこの忠弥。
実は由比正雪の懐刀として、このテロリズム計画の最重要項目「江戸城攻撃」の総大将を任されている人物であったのです。

【江戸城外濠端の場】

時は慶安四年。場所は江戸城外濠端。
お濠の向うに江戸城の威容を望むその場所に一軒の茶屋が建っており、城へ伺候している主人の下城を待たされている中間たちが暇をつぶして酒を飲んでいます。
世の中不景気だよなぁ。お濠の向うの将軍様はご立派な城に住んで左団扇だろうが、お濠のこっちはぎりぎりに締め上げられて、酒を飲むのもままならねぇや!
酒の酔いも手伝って、愚痴っぽいクダを巻く3人。
とそこへ、みすぼらしい赤合羽に饅頭笠のいでたち、足元もおぼつかないほどに酔った浪人・丸橋忠弥が現われました。
忠弥は茶屋に腰を落ち着けるなり、酒豪ぶりを思わせる大量の酒を注文。
茶屋の主人が気を利かせて、小さなお猪口ではなく大ぶりの茶碗を持ってきた対応に気をよくした忠弥は、酔いの気の大きさからか、酒を運んできた茶屋の店主に気前よく酒を振舞います。
それを見た中間たち、(いいカモだ)とばかり、浪人者におべっかを使って擦り寄ります。
案の定自分たちにも酒を振舞ってもらい、懐勘定とご相談のしみったれたちびちび酒から一転、たっぷりと飲ませてもらっていい気分。
旨いタダ酒のお返しとばかりに口々に忠弥を褒めそやします。
このせちがれぇ世の中に、旦那のように痛快に気前のいいお方がいらしたとは!
いいねいいね、旦那のような大人物に天下をとらせてぇものだ!
「なにぃ、天下を取らせてぇ、だ?」
中間の軽口に、忠弥はまんざらでもない大笑い。
っと、何時までも遊んじゃいられねぇや。殿の下城に遅参仕ってはお飯の食い上げ!
中間たちは、浪人者の気の変わらぬうち・・・とそそくさ立ち去って行きました。

さらにぐいぐいと酒をあおる忠弥はついに店の酒を飲みつくしますが、まだ飲み足りません。
そこで店主に酒と肴を買って来いと命じますが、浪人者のみすぼらしい姿に(もしや飲み逃げしやしまいか)の不安を隠せない店主はぐずぐず。
それと察した忠弥は懐から小判を取り出し、店主に与えます。
小判を受け取った店主は安心し、すぐさま酒肴の調達に駆け出して行きました。
(中間たちにはタダ酒、茶屋の店主には小判・・・与えてやりゃぁ喜びやがる。人たぁ無邪気なものだなぁ)
人なんざ、満たされれば笑うのだ。簡単なもんだ。それを幕府の能といやぁ奪うばかり―――

店主の去った茶屋に一人残った忠弥。
酒もなし、酔いの回った頭ではすることもなし、続きの酒が来るまではと床机の上にごろりと横になります。
いい気分で寝ているそこへ、野良犬が寄ってきました。
酒の甘いにおいに誘われて、寝ている忠弥の口元をぺろぺろ舐める犬。突然のディープキッス(?)に驚いて飛び起きるなり、たちの悪い酔っ払いは、今度は犬に絡みだします。
「なにぃ、ワン、だぁ?おいおめぇ、モーと鳴いてみろ。鳴いてみやがれ!」
命令も聞かず(←当たり前。)きゃんきゃん騒ぐ犬にむかっ腹をたてた忠弥は、そばに転がる石を犬に向かって投げつけました。
投げた石のひとつがお濠に向かって逸れ、水音。そして尾を引き沈んでいくかすかな音・・・
(はっ)
武術を極めた忠弥の鋭敏な聴覚には、水を巻き込んで水底にたどり着く石の音が聞こえたのです。
(これで濠の深さが測れる!)
近く実行される予定の江戸城襲撃、その際に城の防御機構である濠の深さがわかっていることは大きな利点になります。
濠に石を投げ込むという不敬行為を、前後不覚と他人には見える酒の酔いと犬の所為に隠し、忠弥は白昼堂々のスパイ行為をはじめたのです。

いつしか、ばらばらと雨が降り出していました。
犬を追い、さらに場所を替えて濠に石を投げ込む忠弥。
あたりに人影のないことに油断し、かすかな水音に神経を凝らしていたその時―――
江戸城から下城してきた松平伊豆守が通りかかったのです。
伊豆守は、雨の中傘も差さずに堀端で耳をすます忠弥に不審を抱き、音もなく近づくと、すっと傘を差しかけました。
突然雨が途絶えたことに気付いた忠弥がはっと見上げると、そこには賢しげな面構えに不審をちらつかせた松平伊豆守の顔。
忠弥は咄嗟に大酔いの姿をとり、松平伊豆守の追求に「犬の所為」と言い逃れをします。
酔っ払いの馬鹿げた繰り言、見れば確かに、事実として忠弥は腰も定まらぬほどに酔っているのです。
松平伊豆守は不審を解き、忠弥を解き放ちました。

しかし、松平伊豆守の鋭い勘になにか引っかかることがあったのでしょう。
再び去ろうとする忠弥を呼び戻し、名を問いました。
「忠・・・忠兵衛、でございます」
忠弥という実名を隠し、とっさに偽名で答える忠弥。
「用はない。行け」
松平伊豆守の許しにへこへこと頭を下げつつ引き下がる忠弥。
そして、声も手も届かぬ場所まで離れるなり、松平伊豆守の威張った態度を声高に罵り、真意を見抜けぬ節穴振りに痛快な軽蔑の笑いを浮かべて去っていくのでした。

遠ざかっていくその後姿を、じっと見つめる松平伊豆守―――
その鋭敏な才知は、かすかな不審をそこに嗅ぎ取ってでもいるかのように。

―――【丸橋忠弥住居の場】に続く―――

東海道四谷怪談(=とうかいどうよつやかいだん)

【浅草観世音額堂の場】

塩冶家に仕える武士・民谷伊右衛門は、藩主・塩冶判官が引き起こした刃傷事件(=殺人未遂事件)によってにわかに起こった御家断絶の大騒動に紛れ、藩の御用金を着服しました。
その事実が妻・お岩の父親である四谷左門の知るところとなり、その浅ましい不忠に腹を立てた左門は、有無を言わさず伊右衛門とお岩を離縁させたのです。
そのときすでに、お岩のお腹には伊右衛門の子が宿っていました。

手に職もない武士が禄を離れ(=失業し)、頼るあてもないとなれば経済的に追い詰められるのは時間の問題。
四谷左門も例外ではなく、娘のお袖(=お岩の妹)を物売りの店番として勤めさせていましたが、ついに窮し、お袖は今晩よりお金で体を売る商売に身を落とさねばならなくなりました。

左門も恥を忍び、道に立って物乞いをしようとしたところ、その場を縄張りとする浮浪者たちに取り囲まれます。
そこへかつての娘婿・民谷伊右衛門が現れ、浮浪者たちに金を与えてその場を収めました。

左門が屈辱に耐え、礼を言って立ち去ろうとするのを、伊右衛門が留めます。
伊右衛門は、仲睦まじく暮らしていたものを訳も話さず一方的に離縁させられたと、お岩との復縁を願いますが左門は聞く耳をもちません。
せめて理由をと追いすがる伊右衛門に、左門は御用金着服の事実をつかんでいることを告げ怒りもあらわに立ち去りました。

(子までなした妻との仲を裂く元凶、さらに御用金着服の事実までをも掴まれている―――)
伊右衛門の心に、左門殺害の決意が固まりました。

物売り家業に身を落としたお袖には、常から言い寄る男がいました。
直助権兵衛。もと塩冶家中の武士に仕える下僕であり、今は薬売り商人として身を立てています。
直助は、かつて恋焦がれつつも高嶺の花とあきらめていたお袖が今は零落し、金に窮していることに付け込んで言い寄りますが、お袖には佐藤与茂七という許婚の存在があります。
また、落ちぶれたとて武家の子女のプライド、お袖は直助の思いをぴしゃりとはねつけます。

しかし、お袖が今夜より金で売り買いされる商売女と知った直助は、手引き婆に金を握らせ、思いを遂げる手はずをつけました。

夜―――女を売る商売宿。
指名を受け、おずおずと部屋に入ったお袖を待っていたのはなんと直助!
四谷のお嬢様時代を知る知り合い、それも最前言い寄られた時には「身の程を知れ」と高飛車に撥ねつけた男に、この浅ましい姿を見あらわされたお袖は驚愕しますが、直助はへりくだって宥め、懐から大金を取り出します。
かつては同じお家に仕えたもの同士、用立てたこの金子でお袖様をお助けできればと――
直助の忠義面に、世慣れぬお袖はこの金を好意で貸してもらえるものと思い込み、それを受け取ります。
しかし、直助はお袖を金で買ったつもり。
そのまま寝間に引き込まれ、ここが瀬戸際の大ピンチに!

そのとき、一人の男が商売宿を訪れました。
引き手婆に若い美女と触れ込まれ、男もお袖を指名します。
とんでもないダブルブッキングですが、そこでひるまないのがやり手の手腕。引き手婆は、今まさにコトに及ぼうと逸る直助の元から言葉巧みにお袖を連れ出し、新たな客の元へと連れてきました。
覆いをかけ、光をさえぎった行灯(=あかり)をめぐって、顔を見せろ、いやそれはご勘弁ください・・・と遣り合っているうち、不意にするりと覆いが外れ、照らされた光の中で見合わせた顔は――
「あっ女房!」
「だんなさま!」
なんと、男は御家断絶の騒動以来行方知れずになっていたお袖の許婚・佐藤与茂七であったのです!
女房何故に!?(怒)
恥ずかしい・・・ってそういえばあなたも何でこんなところに!?(怒×2)
と夫婦が痴話げんかを繰り広げるうち、だまされたと知った直助が怒鳴り込んできました。
直助は、四谷家に用立てた金を盾に与茂七からお袖を取り返そうとしますが、いまや頼りになる夫とめぐり合えたお袖は金を突き返し、与茂七と二人、直助を散々に辱めます。

やがて、店の屋号の入った提灯を下げて立ち去った与茂七。
その姿を、憎悪に燃える目で見守る直助の姿がありました。

――その2へ続く――

『貞操花鳥羽恋塚(=みさおのはなとばのこいづか)』

――初めての方はその1からお読みください――

その1【祇園社境内の場】→http://blogs.yahoo.co.jp/hana_yukiyanagi/19007081.html
その2【三井寺の場】→http://blogs.yahoo.co.jp/hana_yukiyanagi/19007404.html
その3【源三位頼政館の場】→http://blogs.yahoo.co.jp/hana_yukiyanagi/19007794.html
その4【(続き)源三位頼政館の場】→http://blogs.yahoo.co.jp/hana_yukiyanagi/19008023.html
その5【讃州松山屏風ヶ浦の場】→http://blogs.yahoo.co.jp/hana_yukiyanagi/19008294.html
その6【讃州松山屏風ヶ浦 崇徳院御在所の場】→当記事
その7【高尾神護寺の場】→今しばらくお待ちくださいm(__)m


【讃州松山屏風ヶ浦 崇徳院御在所の場】

海風になぶられ、いまにも崩れそうなみすぼらしい庵。
これこそが、かつて都で最高の栄華と尊敬を得ていた崇徳院の現在の住まいなのです。
あばら家の脇には、ひょろりと伸びた一本の松。その枝に、先ほど崖の上から落としてしまった書状入りの魚かごがぶら下がっています。

あばら家の一室からは低い念仏の声がもれてきますが、その念仏は常のものではありません。
平家への怨念に煮えたぎる心が望むのは、仏の救いなどではない―――
崇徳院は、魔道へ落ち天狗となって世に祟るための修行に自らの身を捧げていたのでした。

屏風ヶ浦へ、一艘の小船が近づいてきました。
乗っているのは崇徳院の愛人・待宵の侍従。胸には、崇徳院との間に授かった我が子・重仁親王を大切に抱いています。
途中までは瀧口靱負常久と同道してきたのですが、うっかりとはぐれてしまってからは旅慣れぬ女一人。
目指す場所も定かではない中で、運を天に任せ、ただ闇雲に夫の面影を追い求めて命懸けの旅を続けてきたのでした。

屏風ヶ浦でおろされた待宵の侍従が周囲を見渡すと、そこに一軒のあばら家が。
折りしも日が翳ってきています。
(この家で、一夜の宿を借りよう)待宵の侍従は家の中に声を掛けました。
内から返って来た返事の声に、侍従は息を呑みます。
その声の主こそ、捜し求め、再会を願いつづけた崇徳院その人であったのです!
(懐かしい、愛しい崇徳院さま!)
しかし、その変わり果てた雰囲気に異常なものを感じたのは女の勘ででもあったのでしょうか。
待宵の侍従は溢れ出す思いをとっさに堪えました。
胸に抱いた幼子を松の木に引っかかっていた魚かごの中に隠し、待宵の侍従は崇徳院と対面します。
崇徳院は、目の前にいるのが子までなした仲の女であることにすら気付かぬ様子。
侍従は一夜の宿を求めますが、崇徳院は「男の一人住まいであるから」と頑なに拒み、ついには背を向けて家の中に去ってしまいました。
突き放され呆然とたたずむ待宵の侍従。そこへ折悪しく雨が降り出しました。
雨に難儀する女を見かねた崇徳院は、一夜の宿は貸せないが雨宿りだけでもと女を家に招きいれます。

招き入れられた家の中を見て、待宵の侍従は目を瞠ります。
清らかであるべき祭壇には無残に殺された獣たちの死骸がぶら下がり、生臭い血の匂いが一面にたちこめているのです。
不気味に押し黙る崇徳院に、待宵の侍従は必死の思いで身の上話を聞かせます。
愛する人から贈られたのだと、思い出の歌の下の句「われてもすえにあわんとぞおもふ」を詠じる待宵。
それを聞いた崇徳院の口から「せをはやみいわにせかるるたきがはの」という上の句が滑りでました。
(様々な障害に今は否応なく分かたれたとしても、末は必ず一緒になろう―――)
二人しか知るよしのない、とこしえの愛を詠った一首。
それを口の端に上せたのを聞いた待宵の侍従は、崇徳院の心にまだ愛の温もりが残っていることを確信しました。
精神は狂気に犯されていたとしても、人間らしい愛情がわずかにでも残っているならば、自分と、二人の間に授かった息子とで崇徳院の魂を救えると信じたのです。
名乗りをあげて縋りつく待宵の侍従に戸惑い、拒絶する崇徳院。
父子の対面をさせたなら情も動くだろうと、待宵の侍従は魚かごに隠した幼子を連れてきました。
幼子のあどけない姿に、さすがの崇徳院も心揺らぎます。
しかし、思いを断ち切るように母子を振り払い、雨のそぼ降る外へとたたき出したのです。

家の外に追い出され、幼子を胸に抱いて呆然とくず折れる待宵の侍従。
そこへ、崖上から駆けつけてきた瀧口靱負常久が現われました。
待宵の侍従から、母子に対する崇徳院の無残な仕打ちを聞いた瀧口靱負常久は、心痛めてとりなしを約束します。
―――しかし、その時すでにこの家の周りは平家の軍勢に取り囲まれていたのです。
軍勢は家の外にたたずむ二人を押し包み、あっと思う間もなく、幼子は平家の手に奪いとられてしまいました。
「崇徳院を引き渡す手引きをするか、さもなくば、この若宮を死なせるか!」
二人に向かって残酷な二者択一を迫る平家の軍勢。
その時です。
進退窮まった二人の目の前で、いずこからか飛んできた小刀が幼子の体に突き刺さったのです!小さな体に突き立った刀は、一瞬で若宮の命を奪いました。
狂ったように死んだ子をかき抱く待宵の侍従に、家の中から声がかかります。
「その子を殺したのは私だ」と。
家の中から現われたのは崇徳院。驚愕する一同に向かって語りだした顛末は―――

魔界に入るための修行として毎日自らの血で写経をし、千日のあいだ毎日一つの命を奪う行を繰り返してきた。
殺戮に明け暮れた日々の果て、今日こそが、満願成就の千日目。
最後に奪う命を狙っていたところ、現われたのは血を分けた我が子。
さすがに我が子を手にかけるには忍びなく、一度は突き放してはみたものの・・・
やはり、魔神は残酷にも、息子を殺す舞台を整えたのだ。
息子の命を留めに、これで修行は満願成就!

そう高らかに叫ぶなり、崇徳院は刀を振るい、待宵の侍従の胸にあった息子の首をばっさりと切り落としたのです!
悲鳴をあげ、転がる首を引き寄せる待宵の侍従。

傍らの瀧口靱負常久に気付いた崇徳院は、写経の一巻はどうなったと聞きただします。
平宗盛の横槍で奉納を許されなかったと聞かされ、また平清盛から発せられた崇徳院殺害の命令書を目にした崇徳院の怒りは最高潮に!
数珠を引きちぎり、経文を破り捨てて魔道に身を投じた崇徳院は、ついに魔神と化しました。
怒りは天を狂わせ、地を揺るがせ、館を根こそぎなぎ倒します。

待宵の侍従はもはやこれまでと、首のない我が子を抱いたまま、崖から身を躍らせました。

天狗と化した崇徳院は、館を取り囲む平家の男たちをなぶり殺しに殺し尽くし、嵐を呼び雷鳴を轟かせて猛り狂います。
「この恨み、消えることなどありはしない!」
平家を呪い、この世のすべてを呪い、天に浮き上がって彼方へと飛び去っていくのでした。

――その7へ続く――

その1【祇園社境内の場】→http://blogs.yahoo.co.jp/hana_yukiyanagi/19007081.html
その2【三井寺の場】→http://blogs.yahoo.co.jp/hana_yukiyanagi/19007404.html
その3【源三位頼政館の場】→http://blogs.yahoo.co.jp/hana_yukiyanagi/19007794.html
その4【(続き)源三位頼政館の場】→http://blogs.yahoo.co.jp/hana_yukiyanagi/19008023.html
その5【讃州松山屏風ヶ浦の場】→http://blogs.yahoo.co.jp/hana_yukiyanagi/19008294.html
その6【讃州松山屏風ヶ浦 崇徳院御在所の場】→当記事
その7【高尾神護寺の場】→今しばらくお待ちくださいm(__)m

『貞操花鳥羽恋塚(=みさおのはなとばのこいづか)』

――初めての方はその1からお読みください――

その1【祇園社境内の場】→http://blogs.yahoo.co.jp/hana_yukiyanagi/19007081.html
その2【三井寺の場】→http://blogs.yahoo.co.jp/hana_yukiyanagi/19007404.html
その3【源三位頼政館の場】→http://blogs.yahoo.co.jp/hana_yukiyanagi/19007794.html
その4【(続き)源三位頼政館の場】→http://blogs.yahoo.co.jp/hana_yukiyanagi/19008023.html
その5【讃州松山屏風ヶ浦の場】→当記事
その6【讃州松山屏風ヶ浦 崇徳院御在所の場】→http://blogs.yahoo.co.jp/hana_yukiyanagi/19008879.html
その7【高尾神護寺の場】→今しばらくお待ちくださいm(__)m

【讃州松山屏風ヶ浦の場】

ここは讃州松山の屏風ヶ浦。
朝廷の権力争いから保元の乱を起し、失敗して流罪となった崇徳院の住まう僻地です。
切りたった断崖の上で、男たちが一通の書状をめぐって揉み合っていました。
片方は平家方の使者。もう一方は、祇園社へ写経を納めに遣わされ、今この地へ戻った崇徳院の家来・瀧口靱負常久。
書状は平清盛から讃州一円に住まう平家一門へ宛てたもので、『不穏な動きのある崇徳院を殺せ』との命令書でした。
これが平家一門の手に渡っては、崇徳院の命はありません。瀧口靱負常久は決死の覚悟で書状を奪い取り、使者達を蹴散らしました。そして、その場に置き去りにされていた魚かごの中に書状を隠します。
しかし、舞い戻ってきた使者達と再び乱闘となり、書状は魚かごごと崖下へ落下してしまったのです。
使者たちの言葉から、崖の真下に崇徳院の住まう庵があることを知った瀧口靱負常久は慌てふためき、崖下へ向けて駆け出していきました。

――その6へ続く――

その1【祇園社境内の場】→http://blogs.yahoo.co.jp/hana_yukiyanagi/19007081.html
その2【三井寺の場】→http://blogs.yahoo.co.jp/hana_yukiyanagi/19007404.html
その3【源三位頼政館の場】→http://blogs.yahoo.co.jp/hana_yukiyanagi/19007794.html
その4【(続き)源三位頼政館の場】→http://blogs.yahoo.co.jp/hana_yukiyanagi/19008023.html
その5【讃州松山屏風ヶ浦の場】→当記事
その6【讃州松山屏風ヶ浦 崇徳院御在所の場】→http://blogs.yahoo.co.jp/hana_yukiyanagi/19008879.html
その7【高尾神護寺の場】→今しばらくお待ちくださいm(__)m

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