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義経千本桜(=よしつねせんぼんざくら)
河連法眼館の場(=かわつらほうげんやかたのば)
四の切(=しのきり)
(前提)
源氏と平家が合戦を繰り広げていた時代。
彗星のごとく現れた軍事の天才・源義経は、そのたぐい稀なる才能で源氏軍を率い、終には平家を討ち滅ぼしました。
しかし勝利を得た源氏の総大将・源頼朝は、弟義経の実力と名声に恐怖心を抱きはじめます。
そんな折、義経は後白河法皇より朝廷の家宝「初音の鼓」を授かりました。
朝廷の真意はこうです。
正当な日本の支配者である朝廷をないがしろにし、権勢を欲しいままにする平家。
それを憎んだ朝廷は平家討伐を図る源氏方に力を貸しましたが、いざ権力を手にした源氏は朝廷を軽んじはじめたのです。
怒った後白河法皇は源氏の統領・源頼朝を討とうと考えました。
頼朝を討たせた以上は、その男が次の統領です。
朝廷を敬う心が篤く、用心深い頼朝も油断をして身近に近づける人物。
時流に乗った権力者に取って代わる実力と人気を備えた人物―――そして、源義経が選ばれたのです。
義経に授けられた「初音の鼓」には、「(鼓を)打て」という行為に掛けて「(頼朝を)討て」という謎かけ、いうなれば暗黙の指令が込められていました。
朝廷の真意を察した義経は、あえて鼓を受け取りました。
「絶対に(鼓を)打たない」(=頼朝を討たない)と誓い、また他の誰にも討たせないということを示したのです。
しかし、恐怖に怯える頼朝は義経の真意を誤解しました。
反逆の疑いをかけられた義経。潔白を証明しようにも、兄は聞く耳を持ってはくれません。
恐怖が生み出す誤解とすれ違いから、義経は実の兄から命を狙われる羽目に陥ってしまったのです。
時の権力者を敵にまわした義経は、命を守る為、ひとまず京の都から身を隠さざるをえなくなりました。
一足先にも保証のない旅に、愛しい静御前を伴っていくのは危険すぎます。
悲しい別れの時、義経は静御前に自分の身代わりとして家宝の「初音の鼓」を託しました。
その時です!
頼朝の放った追っ手が、静御前を襲いました。
愛しい女を人質に、義経を誘き出そうとの魂胆です。
女の身では屈強な武士たちに敵うはずもありません。しかし義経が飛び出せば、罠に掛かった獣さながらに捕らえられてしまう―――
絶体絶命のその時、義経の家来・佐藤忠信が駆けつけ、窮地の静御前を救い出しました。
義経はその働きに感謝し、自分の名である「源九郎」の名を与え、自分の命とも思う静御前を守るよう命じたのです。
【河連法眼館の場】
月日は経ち、ここは河連法眼の館。
河連法眼は、幼少の頃の義経を守り育てた剣客(通称「鞍馬山の天狗」)の弟子。
師に託された義経のことを命に代えても守り抜く心構えですが、頼朝の厳しい追及の手は近在まで伸びてきています。
相手は時の権力者、もし踏み込まれたなら自分一人が死を賭して戦ったとしても無駄なこと。どこまでも隠し通し、追求の手が緩んだ隙を見て東国に落ちのびさせることしか義経に生きる道はないのです。
また、義経を匿っていることが分かったなら、一族郎党にまで罪が及ぶことは必定。敵は頼朝であり、また罪の発覚を恐れる身内でもあります。
家の中に、たとえ針の穴ほどの油断があっても義経を守り抜くことはできないのです。
河連法眼の不安は、妻飛鳥。
飛鳥は貞淑で誠実な妻ですが、不安はその出生。彼女は平家にゆかりの家の出なのです。
万が一とは思えども、源氏に煮え湯を飲まされた平家の恨みは今もくすぶりつづけている―――
河連法眼はじめ近在の武士たちが鎌倉方(=頼朝)の呼び出しを受け、義経が近在に匿われているらしい、見つけ次第差し出すようにとの厳命を受けました。
いよいよ包囲が狭まってきた。
身を切られるような思いの河連法眼は苦渋の表情で帰宅します。
そして、不安顔で出迎える妻飛鳥に向かってこう言い放ちました。
「ここまで包囲がきつくては、義経を守りきることはもう出来まい。一族郎党が罪を受ける前に、義経を鎌倉方へ引き渡そうと思う」と。
驚いた飛鳥。夫の気性をよくよくわきまえていれば、そのようなことを考えるはずがないことは明白なのです。では、夫のこの言葉は一体どういうことなのか・・・
そこではっと思い当たったのは、自分の出生のこと。
夫は、自分から義経公の居所が漏れるかも知れないと疑っているのだと気付きます。
自分が信用ならぬゆえ、夫が志を遂げられないのだと知った飛鳥は、やおら脇差を抜き放つと自害しようとしたのです。
その行動を素早く押し留めた河連法眼は、妻が出生を乗り越えて義経公に忠誠を誓う心を目の当たりにし、自分の疑いが晴れたことを告げます。
夫の言葉を耳にした飛鳥は、ほっと胸を撫で下ろすのでした。
兄の追及はやまないものの、信頼できる隠れ家を得た義経の元へあの佐藤忠信が訪ねてきました。
義経は喜び、預けた静御前はと問い掛けるのですが・・・
佐藤忠信は怪訝な顔。義経の言葉の意味が分かりません。
忠信は母親の病を理由に故郷へ戻って以来、義経に会うのは今日が初めてのことだと言うのです。
それを聞いた義経の心に疑惑が駆け巡ります。
忘れようもない静御前との涙の別れ、そして忠信に静御前を預けたことに疑う余地などないのです。
それを、これほどしらじらしく嘘をつく―――では、自分の命とも思う静御前は一体どうしたというのだ!
褒美欲しさに兄側に引き渡したとでも、鎌倉への忠義立てに殺して見せたとでも・・・この男も、自分を裏切ったというのか!?
義経は声を高くして佐藤忠信を罵り、付き従う家来の亀井六郎と駿河次郎を呼びつけ取調べさせようとします。
忠信が引き立てられようとするまさにそのとき、再び伝令が客人の到着を告げます。
「静御前と、供をする佐藤忠信が到着した」というのです!
息せき切って駆け込んできた静御前は義経との再会を果たし、涙ながらに喜びあいます。
供をしてきた忠信はと問われた静御前は、次の間に控えているとのこと。
それを聞いた亀井六郎は、もう一人の忠信を捕らえるのだと次の間へ駆け込んで行きました。
しかし、静御前が座を見渡すと、なんと当の忠信が困惑顔で座っているではありませんか。
その場にいる忠信に「ずうっと一緒に旅をしてきたのに、抜け駆けをして先にお目通りするなんて」と怒ってみせる静御前。
訳がわからないのは義経と忠信。
静御前と先ほどまで一緒にいたというからには、ここにいる忠信ではないことは明白。
義経にそう言われ、静御前が改めて忠信を見ると、確かに顔は同じだけれど、着ている着物が先ほどとは違う・・・
駆け戻ってきた亀井六郎は、次の間にも、どこにも佐藤忠信は居なかったと告げます。
静御前の供をしてきたもうひとりの「忠信」は、煙のように消えてしまったらしいのです。
なんとも不思議なこの事態―――
なにか心当たりはないかと問われた静御前は、不思議な事を言い出しました。
静御前が義経公から預かった「初音の鼓」を打つと、忠信は必ず現れるのだと言うのです。
話を聞けば、旅の途中、静御前が慰めに鼓を打ち鳴らしふと気付くと必ず忠信がそばにいる。
しかも鼓の音を聞く様子がただ事ではなく、どこか酒に酔ったような不自然さで擦り寄ってくるのだと。
それも一度二度の偶然ではない・・・さすがに薄気味悪く感じていたところ、吉野山で忠信とはぐれてしまった。
静御前が試しに鼓を打つと、消えていた忠信はすぐに戻ってきたというのです。
その場にいた佐藤忠信は、亀井六郎と駿河次郎に引き立てられ、奥へ下がっていきました。
義経公は静御前に刀を与え、この不審な「もう一人の忠信」の詮議をするよう命じたのです。
夜もふけて―――
静御前は一人、鼓を打ち鳴らします。
すると、どこからともなく忠信が現れたのです。
先ほどの佐藤忠信と顔は同じ。けれど、行動の端々に奇妙な雰囲気が漂う忠信が。
鼓を打てばそれに反応する忠信。不審の目で見れば、明らかに怪しい・・・
静御前は懐刀を抜き、やおら忠信に斬りかかりました。
驚いて飛び退る忠信。殺される覚えはないと叫ぶ忠信に、静御前はとっさの機転で「白拍子舞の稽古だ」と誤魔化します。
そして、再び鼓をならしてみる―――やはり、はっきりと不自然な行動。
怪しいと確信した静御前は、次は本気で刀を振りかざします。
なぜと叫ぶ忠信に、静御前は今日起こった不審を語ったのです。
供をしてきたお前と、もうひとり。忠信は二人いるのだ!
それを聞いた忠信は、はっと身構えますが、静御前の顔を観て言い逃れが出来ないことを悟った様子。
後じさりし、聞いてくださいと語りだした話は―――
静御前が預かった「初音の鼓」は、古代、あまりに続く干ばつに困り果てた朝廷が呪術的な目的でつくったものでした。
狐は陰の生物。
陰は雨雲を呼び雨を降らせるという言い伝えにのっとり、千年の時を生き、魔力を身につけた白狐を捕らえて皮をはぎ、鼓をつくったのです。
その、皮をはがれた白狐こそ、私の両親なのです。
話を聞いた静御前は驚き、震え声で叫びます。
「それではお前は狐じゃな!」
正体を見破られた忠信は、すわこれまで、とばかりに変身を解き狐の姿に戻りました。
子狐が必死になって語りだした、ことの顛末とは―――
頑是無い子供の時分に親に死に別れてしまった子狐は、親狐を慕う心を抑えきれません。
そばにいたい、孝行したいとの思いが極まり、両親の皮が張られた初音の鼓を恋い慕っていました。
けれども朝廷の家宝である鼓は宮殿の奥深くに保管されていました。
いくら神通力を持った狐といえども、八百万の神に守られた内裏へ近づく機会は与えられなかったのです。
しかし。
事情により義経公の手に渡った鼓は、静御前に託されました。
鼓を見守っていた子狐は、静御前が敵方に襲われている場面に遭遇。慌てて人の姿に化け、これを狐の神通力で追い払いました。
このとき化けた人の姿こそ、以前見知った佐藤忠信の姿形だったのです。
以来、子狐は鼓を守り、それを持つ静御前を守ってきました。
けれど、ことが発覚した以上、本物の忠信に迷惑がかかる。あなたはもう古巣に帰りなさいと鼓に張られた両親が諭すというのです。
はじめは恐ろしく思っていた静御前も、話を聞くうち、だんだんと・・・その思いが胸に響いて心を動かされていきます。
刀を納めた静御前がふすま越しに声をかけると、そこですべてを聞いていた義経公が現れます。
子狐は恐れ多さに打ち震え、涙と身を裂かれる思いを振り切って去っていくのです。
義経公は両親の愛を知りません。
親と慕う実の兄からは疎まれ、殺されようとしている自分。
それに引きかえ、子狐の親を思う心。死してなお、子狐を思う親狐の心・・・
逃げてしまった狐を呼び戻そうと、静御前が鼓を打ちますが音が鳴りません。
親狐は、親心で子狐を呼ぼうとはしないのです。
もう、駄目なのか・・・思った時に、子狐がおずおずと現れます。
義経公は、子狐の孝行に免じて、家宝の鼓を与えます。
恐れおののく子狐は鼓を受け取ろうとしません。そんな子狐に、静御前は嬉しそうに鼓を与えるのです。
嬉しさのあまり鼓に戯れ、両親の皮に頬擦りして涙を流す子狐。
ふいに鼓がひとりでに鳴り出しました。それは、狐の両親が子狐に語りかける言葉であるらしく・・・
その言葉に耳を寄せていた子狐の表情が引き締まり、きりりとした口調でこう言いました。
「義経公を狙う追っ手が迫っている。私が神通力で蹴散らしてみせよう」と。
頼朝の追っ手である法師たちが、狐の通力に引き寄せられてやってきました。
敵を神通力できりきり舞いさせ、体よくあしらって鮮やかに蹴散らした子狐。
そ
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