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【舞踊ストーリー】
今日は年に一度の「放生会」(=ほうじょうえ、ほうじょうや)。
捕らえられた生き物を放し、その命を助けるという仏教由来の善行が行われる八幡様のお祭りです。
江戸の遊郭・吉原に、愛玩用の小鳥を売る「鳥売り」の男女が現れました。
二人は、華やかな衣装を身を包んだ芸人風の拵え。
肩に担いでいるのは綾に編んだ美しい鳥かご、中では愛らしい小鳥がさえずっています。
二人の男女は吉原の大通りに陣取って、「鳥売り」商売を始めました。
捕らえられたいきもの達と、人の世が編んだ籠の中で生きる吉原遊女。
どこか似ているこの有様を面白おかしい謡の文句に乗せ、囃す美声も華やかに、舞う姿もまた面白く。
人々の足も止まるが道理というもの(^^)
今日この日は「放生会」。
捕らえられたか弱い小鳥が、仏の慈悲で大空に、再び舞い上がることを許された一日かぎりの奇跡の日。
金で縛られた籠の鳥、吉原遊女が解き放たれるは一年に盆と正月たった二度。
これをも俗に「放生会」と呼びならわします。
連日連夜の不夜城吉原。
遊女が居並ぶ格子越し、道行く人はにやにやと、まるで籠の小鳥の品定め。
鳥かごの中の小鳥(=遊女)たちとて同じこと。
ぴいちくぱあちく若い嬌声も姦しく、こちらこそが殿方の男振りを見定めているのを御存じかしら。
今日この日は放生会。
二人は持参した鳥かごの入口を開け、中の小鳥を大空へと解き放ちます。
飛び去る小鳥を愛しげに見やる二人。
そこへ「鳥刺し」の男が現れました。
「鳥刺し」とは、長い棒の先に‘とりもち‘(=べたべたした粘着物)をつけて小鳥を捕らえるのを生業とした職業のことです。
捕らえた小鳥は貴人のペットとして売り払うか、武士の娯楽‘鷹狩‘の道具として諸侯に飼われる鷹の活餌とするか、はたまた人々の食料として料理屋へ引き渡すか――――
小鳥の命は小金の重さという「鳥刺し」の出現に、楽しく謡い踊っていた「鳥売り」の男女の顔色が変わりました。
「鳥売り」男女、実は夫婦つがいの‘雀の精‘であったのです!
正体を現し、いたいけな鳥に変身した二人を「鳥刺し」は容赦なく捕らえようとします。
しかし、夫婦のつがいはお互いを庇い合い、助け合いながらむしろ鳥刺しに訴えかけるように飛び回るのです。
そんな二羽の姿をみていた鳥刺しの心に、慈悲の心が湧きあがります。
小さな命を小金に換えるこの仕事。
浅ましいとはいったとて、これもひとえに生きるため。自分は鳥刺し業を手放すことはできはしない。
しかし、今日のこの日は「放生会」ではないか。
心安めと笑われようが、今日一日だけは小鳥の命を空に放とう―――
仏の心を胸に宿した鳥刺しに、二羽の小鳥はそっと近づきその傍らに寄り添うのでした。
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