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『雨』 小糠雨

小糠雨・・・細かくけぶるように降る雨
 
 
 
1日半寝腐っていた定宿のベッドからやっと起きだし、窓からどんよりと曇った空を見上げた。雨はまだ落ちてきていないが、湿度がものすごく高いのを肌で感じた。
「兄さん・・・」
心配そうに弟が声をかける。悪いことをしたな、と反省も込めて無理にでも笑ってみる。
「だいじょうぶ。・・・それより、腹減った。まだ降ってないし、食べたらちょっと出てくる。」
明るく言ったつもりだが、アルフォンスをごまかすには無理があるようだ。
「・・・大佐のところ、行くの?」
「・・・・・・・いや」
行ってみればすっきりするかもしれないが、これっきりになる可能性もある。情けないことにすっきりするのが怖いのだ。でもこのままも嫌だ。部屋の入り口近くに立てかけてある傘が目に入った。
「かさ・・・返しに行かないとな。中尉にも心配かけちゃっただろうし。」
出かける大義名分に傘を使ってしまった。
 
食欲は無いが朝食を腹に少し詰め込み、傘を持って出た。相変わらず湿気を含んだ空気は気持ちが悪い。司令部にすすんで行きたいわけでもないが、部屋に籠ってもどうにもならない。
立ち止まるのは停滞でなく、後退と同意だ。なにかせずにはいられない、と気ばかり急く。
 
ぶらぶらと街中を散策し、川沿いのベンチに腰掛けた。都市を流れる大きな河川らしく、遊歩道なども整備され、お天気に恵まれれば多くの市民の憩いの場所であろう。あいにくどんよりな天気のせいで人影はまばらだ。
ここ最近の雨で濁った川面をぼんやりと眺めていた。頭を使わないでなにも考えなくていい時間が欲しかった。
「・・・ふぅっ・・・・・」
ため息をついてみるが今日の天気と一緒で一向に晴れあがってこない。晴れあがってこないばかりか、先日の雨の中で投げかけられたロイの言葉ばかり頭の中で繰り返される。
わからない。他人だから解らないのは当然だろうが、今までロイの本心を見たことがない。大人で、冷静で、軍人で・・・そして野心家で。そんな上辺しか知らなかった。そして、「そんなもん」としか思われてなかった・・・
自虐的なマイナス思考ループでなおもため息が出る。
こりゃだめだな、と意を決して司令部に向かおうと立ち上がった時、頬を鋭い痛みが走った。
「っ?!」
思わず頬を手で触るとしたたかに濡れた。少しばかり出血したようだ。でもなぜ?と周りを見回すとベンチの傍に立っている柳の枝が垂れ下がっていた。風でなびいた枝がエドワードの頬を傷つけたようだ。葉のない柳の枝がゆらゆらと揺れている。
「・・・こいつかぁ・・」
くいっと引っ張ってみると弾力があるが、どうやら老木のようだ。
 
「坊主、若いのにため息なんかつくんじゃない。」
突然すぐそばで声が聞こえた。ぎょっ?!として声の方を見るとすぐ隣に老人が座っていた。
年の頃は70歳を超えているだろうか。肌に艶はあるものの、長く垂れ下がった白い顎髭がいくぶんもっと老齢に見える。小ざっぱりとしているものの、まるでイシュバールの武僧のような古めかしい衣服を身にまとっている。あまりの突然な出現にエドワードは言葉が出てこない。
いつの間に、ここにいた?
「ま、若いうちはたくさん悩んで考えて間違えて経験値を積むものだ。」
口をぱくぱくさせて驚いているエドワードは完全に無視されてしゃべり続ける。
「間違うってのは大事だぞ。それが違うんだってのに気付くからな。それを二度とやらなきゃいいことだ。」
「じ・・・・・じーさん!いつから、そこにいた?」
やっと声がでた。
「ん?坊主がため息ついたあたりからかな?・・・おや?」
皺くちゃな顔をしてにっこりと笑いかける。
「血が出ているぞ。」
エドワードの顔を覗き込んでくる。頬を手で触ってみると指先が赤くなった。
「あ?・・ああ、大丈夫だよ、このくらい。それより・・・」
覗きこんでくる老人の顔は不思議なことにエドワードの驚きを取り払った。
「・・・間違うって、大事?」
おずおずとさっきの言葉を聞き返す。
「人はよく間違いをする。言葉だったり、行動だったり、態度だったり、正しいものなんて滅多にない。だからみんな苦しい。だが苦しいからこそ、いろいろ模索してみるんじゃ。」
「・・・うん。そうだよな。」
「失敗は必ず糧になる。人は別の道を探す。ラスボスだって簡単に倒せたらつまらんだろ?」
老人の言葉にエドワードが思わずぷっと吹き出した。
「うん。そうだと思う。」
エドワードに少し笑みが戻った。面白いことをいうじーさんだ、ともっとよく話を聞こうと上体を前のめりにするとポケットの銀時計の鎖がしゃり、と音を立てた。
「・・・坊主、お前さん、軍人か?」
軍服を着ていないのに、銀の鎖だけで軍人と解るのは関係者かもしれない、と思いポケットに手を入れる。
「ああ、そうだよ。軍人っていうか、国家錬金術師だ。有事になれば軍人の扱いになる。」
銀時計をポケットから取り出して見せると老人は眉をひそめる。しばしの沈黙があった。
「・・・その年で軍人になるには、それなりの訳があるんだろう。」
当たり前の事だが老人の言葉には重みがある。
「軍人ってことは、最前線に立つことも覚悟の上、なんだな。」
老人が眉をひそめたまま聞いてくる。覚悟、とあらためて聞かれて銀の蓋を見つめる。
「そういうこともあるかもな。でもラスボス倒すにはこの銀時計は必要なんだよ。」
国家錬金術師になった時点で軍属になるのは承服している。当然戦地に赴くことも覚悟している。
たぶんエドワードの後見人も本来の目的のために軍人になったのであって、戦場で最前線に立つことを目的にしていないはずだ。
「それまでは、どんな目に会ったって、生き延びてやるよ。」
自分に言い聞かせるように拳を握る。その握った拳を見ていると、ますますロイに浴びせられた言葉の意味がわからなくなった。
どうして上を目指して本質を変えてやると言っている者がわざわざ遠回りになるような、激情にまかせた行動に出たのか。
考えながら、力なく拳が膝に下りた。
 
「ん?」
エドワードから力が抜けて行くのが老人にもわかったようだ。
「・・・なぁ、じーさん」
初めて会ったばかりの老人に言っていいかと少し迷うが、知らないからこそ公平な意見が聞けるんじゃないかと微かな希望を持った。
「オレの、世話になってる人の事なんだけど・・・聞いてもらえるかな?」
本当はもっと深い繋がりがあると思っていたがそれは自分だけの思い込みだったのかもと言葉を濁した。
老人は穏やかに笑って頷いた。
「・・・そいつは、野心家で、目的のためならなんでもするし、多少の犠牲も厭わないようなヤツなんだけど、そんなヤツがわざわざ自分に不利になるような事をしちまったんだ。どうしてかって聞いても関係ないって言って教えてくれないんだよ。ま、オレが聞いたところでどうなるものじゃないからさ・・・」
老人は黙って聞いている。
「わけを聞いても教えてくれないんだ。関係ないって言われても・・・そ、そりゃあ関係ないかもしれないけど、オレはもっとそいつのことに関わりたいっていうか・・・関われると思ってたから・・・」
だんだん言葉に勢いがなくなってきて、情けなくてうつむいてしまった。泣きそうになるのはなんとか堪えた。
 
大佐にとってオレはどういう存在だったんだろうか。ただの上司と部下だったのか、成人するまでの後見人か、オレの勝手な思い込みだけで、特別だと勘違いしてただけだったのか。
 
「坊主。」
黙って聞いていた老人がエドワードの様子をうかがう。
「・・・そいつが、回り道だと言ったのか?」
ロイからそのような単語は聞いていない。うつむいたまま首を横に振る。
「じゃあ、わからんだろう。」
本人に確かめたわけではないので老人の言うことはもっともだ。
「坊主が勝手に回り道だと思ってるだけだ。もしくは・・・」
老人が一瞬言葉を呑みこんだ。
「・・・もしくは?」
エドワードが前のめりになる。
「言わないだけか。」
老人は下手な希望を持たせてくれるような言い方はしない。だがそれが真実かもしれない。
エドワードに多少落胆の色が見えた。
「すまんな。だがな、本人しかわからんのだよ。言わない方がいいという時もある。相手を思いやってウソを言う時もある。そいつとの今までの信頼関係にもよるだろうな。」
発せられた言葉の裏にある真実。それを読み取るにはまだ経験値が足りないのかもしれない。
「坊主若いんじゃからいろいろ考えてみることだ。このじじいの年になると、どう老いぼれるかしか考えんぞ。」
老人の言葉に実感がわかないが、いずれどう終わるかは考える時もくるだろう。下手な希望なんぞを持たせない答えになにかしら好感が持てた。でも絶望ばかりでもない。ポジティブな考えも浮かびそうな気もしてきた。
老人も穏やかな表情で好々爺とした雰囲気を醸し出す。初めて会ったというのに、なぜか心が落ち着いてきた。
 
「じーさん、家族は?」
さっきより張りがもどった声に老人も少し安堵した。
「ああ!たくさんいるさ!全国各地にな。」
半分おどけて見せて、得意げに言う。
「ははは・・・全国各地にか・・・そりゃあ豪勢だな。」
つられてエドワードもつい笑ってしまった。
「ま、そのおかげで安心して老いぼれられるんだがな。」
安心・・・次の世代につながる命が繋がるのは確かに安心かもしれない。それなら、これから先、オレは誰かに安心を残すのだろうか。アルフォンスなら誰かと安心を手に入れるかもしれない。その前に体を取り戻すことが大前提だ。やはり止まったままでいるわけにはいかない。
「降ってきたな。」
老人が空を仰ぐ。泣きだしそうだった雲からとうとう細かい雨粒が落ちてきた。エドワードも空を見上げると顔に霧が当たる。
手に持っていた軍から借りた傘をさして老人に手渡す。
「いや、いいぞ、このくらいの雨。」
「いいから使えよ。じじいなんだから。雨に濡れていいわけねーだろ?絶対あとから腰やら関節にくるから!」
半ば傘を押しつけて立ち上がる。
「坊主、帰るのか?だったら傘いるだろうがっ!」
「いいんだよ、オレじじいじゃねーから、このくらいの霧雨なら若者は走って帰る。また来るから。」
赤いコートのフードをかぶり、手を振って走り去った。
また、この老人と話がしたかった。いや、誰かに、話を聞いてもらいたかったのかもしれない。
 
 
 
 
 
村雨に続く

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